【マイルス・デイビス】ジャズの帝王が音楽にもたらした大変革とは!?
モダン・ジャズの帝王と呼ばれ、時代に沿った幅広い音楽性でファンを魅了したマイルス・デイビス。後の音楽シーンに多大な影響を及ぼし、多くの信奉者を生んだ彼のすごさは、いったいどんなところにあるのか。さて、モーリーはどう見ている?
- SERIES:
- アメリカ偉人伝! vol.30
1986年、ニューヨークの“リンカーン・センター”で行われた公演の様子がこちら。この頃のマイルスは還暦を迎えていて、TOTOやプリンスと共演するなど、ジャズ以外のジャンルのミュージシャンとも積極的に交流していた
僕は18歳の頃にメジャーデビューしているのですが、ある日、スタジオにハービー・ハンコックが遊びに来たことがありました。でも僕はジャズを知らなかったから、「あなたは誰?」と生意気な口をきいてしまった。その失敗が脳裏に焼きついて、以来なかなかハービーの音楽に近づけなかったんです。ところがコロナで家にいた時期、これまで避けてきた音楽を聴こうと思いたった。それでハービーの「カメレオン」を聴き、自分の機材で再現してみたんです。すると、すべての音がビバップの言語で和音として機能する。すごいと思いました。実はロック以降の音楽では、そうした系譜が途切れています。それでいろいろなロックを解析していくと、マイルスの『ビッチェズ・ブリュー』というアルバムに行き着くことがわかりました。
振り返ると、僕がこれまで避けてきた音楽は、すべてマイルスに行き着く。クインシー・ジョーンズやナイル・ロジャースを経由してね。シックの「グッド・タイムス」という曲も、いわゆる“ソー・ホワット”コードといわれるマイルスの手法が下地。「ソー・ホワット」という曲は、モーダルジャズというひとつの時代を作りました。それまでのジャズは和音が必ず4度進行で展開して解決するという、形式的なお約束が強い。雑なたとえだけど、フィギュアスケートに近いかな。技の採点基準が明確で、選択肢の少ない中で瞬間的に手を打っていく。それをぶち壊したのが「ソー・ホワット」です。妙な浮遊感やドライブ感があり、和音に制約されずに動きを出すという課題にドアを開きました。彼はすべてを理解したうえで変革をもたらしたんです。
マイルスは若い頃、ジュリアード音楽院で現代音楽を吸収しました。実際に白人の原理でジャズを再構築したような作品も作った。その後が「ソー・ホワット」ですね。ヨーロッパ的なものをジャズと融合し、黒人文化の中に限定されていたものを解き放った。ある意味、元祖フュージョンです。ジャズは長らく、社会にとってよくないものとされてきました。黒人が勝手にやるぶんにはいいが、白人がレコードを聴いて踊るのはダメ。そんな中でマイルスはスターになった。彼が〈フェラーリ〉を乗り回したのが'60年代初頭で、その後は急激にロックの時代がきます。社会状況が変わり、ジャズは淘汰され、年寄りが聴く音楽になってしまった。成熟した音楽理論ゆえに、白人の若者にはクラシックに聞こえたのかな。マイルスの客も次第に減っていきました。
それで彼はエレクトリックにいく。スライ・ストーンに影響を受け、その方向性をもう少し突きつめた。白人・黒人の融合バンド、エレキベースというフィールドに、マイルスがスッと入ってきたんです。これがヒットし、制作されたのが『ビッチェズ・ブリュー』。エレクトリック以降のマイルスは抽象画のように美しいけど、基本的にオチがなくて不可解。一方のハービーは、ジャズ初心者でも楽しめるものを作って大ヒットさせた。さらにマイルスが薬物の影響で引退している時期、ちょうど入れ替わるようにマイケル・ジャクソンの時代がきます。これらの音楽へのマイルスの影響は非常に大きく、現代にまで受け継がれています。
マイルスを誰に聴いてほしいかといえば、最新の音楽を楽しんでいる若い世代。その源泉を知ってもらいたい。つまり、僕と同じ轍を踏んじゃダメってことです。現代は音楽へのコミットが薄くなり、ノリやキャッチーさのほうが重視されています。ただ、元祖キャッチーはマイルス。今の音楽の様々な源泉であり、J-POPやアニソンにも影響しています。マイルスの曲を聴き、今の音楽と重ねたときに、考える機会が生まれるはず。曲を作る人や演奏者は特に、そういう体験をしておくと知識に芯が通ります。騙されたつもりで聴いてみてはどうでしょうか。
ルイ・マル監督の映画『死刑台のエレベーター』(1957年)の音楽を制作。ラッシュ・フィルムを見ながら即興演奏したという伝説が残っている
ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスらとともに演奏するマイルス。撮影日は不明だが、’50年代終盤と思われる
1981年に来日し、新宿西口広場(現在の都庁前)で野外ライブを行ったときの様子。後日NHKでも放映された。以降、およそ2年ごとに来日し、’90年には東京ドームで開催されたジョン・レノン追悼コンサートで「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」を演奏した
マイルスは人種差別を嫌悪しており、バンドメンバーにビル・エヴァンスをはじめ多くの白人ミュージシャンを起用した。そのことで激しい批判を受けることもあったが、「いいプレイをする奴なら、肌が緑色でも雇う」と発言したという。
エネルギーに満ちたフランス公演を収録!
9分半超の「ソー・ホワット」ほか、4時間に及ぶ未発表音源を収録。全5公演の記録。ハービー・ハンコックやロン・カーターなどのクインテットが熱い演奏を繰り広げる!
『マイルス・イン·フランスーマイルス・デイビス・クイ ンテット1963 / 64 ブートレグ・シリーズ Vol.8』
2024年11月8日発売、CD6枚組完全生産限定盤 1万2000円SICJ-334~339ソニー・ミュージックレーベルズ
教えてくれたのは
[モーリー・ロバートソン]
Morley Robertson
1963年、NY生まれ。東京大学とハーバード大学に現役合格。現在はタレント、国際ジャーナリスト、音楽家など幅広く活動中。最新著作『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)が発売中。
0/100
音楽的な偉大さからあえてのゼロ評価!
「あんな生き方はちょっと無理。薬物やDVは昭和の時代で終わらせないとダメですね。でも彼は本当に聴くべきだし、僕の0という評価の重みを感じてほしい!」
“アメリカ偉人伝”のラインナップ
◆【テイラー・スウィフト】Z世代に絶大な影響力をもつその理由とは!?
◆【バラク・オバマ】団結と分断を超えてアメリカ社会に残したものとは?
◆【ニール・アームストロング】人類初の偉業が見せてくれる現代の夢とは?
◆【フランシス・フォード・コッポラ】尽きない情熱で映画に携わる巨匠の業とは!?
◆【モハメド・アリ】伝説的ボクサーが名試合以外に残した価値とは!?
◆【ジョン・レノン】今も絶大な影響力をもつレジェンドの実像とは!?
◆【ジェームス・ブラウン】音楽史に輝くファンクの帝王の光と陰とは!?
◆【エイブラハム・リンカーン】アメリカ史に輝く偉大な大統領の意外な影響とは!?
◆【ビリー・アイリッシュ】今を象徴するアーティストの行き着く先とは!?
◆【ウディ・アレン】映画を変えたレジェンドの真実の姿とは!?
◆【ビル・ゲイツ】ITの新時代を拓き巨万の富を得た男の目指すものとは!?
◆【マーティン・ルーサー・キング・ジュニア】人種差別の解消に尽力した偉人の語られざる顔とは!?
◆【アーネスト・ヘミングウェイ】タフで男らしい文豪の隠された真の姿とは!?
◆【マーク・ザッカーバーグ】IT界を牽引する若き天才はどう世界を変えた!?
◆【マドンナ】お騒がせなポップの女王の正体とは!?
◆【クエンティン・タランティーノ】映画ファンの心を掴んだ男の本当のすごさとは!?
◆【カート・コバーン】カリスマの音楽はどのようにして生まれてきた!?
◆【マイケル・ジョーダン】バスケを愛しバスケに愛された男の時代性とは!?
◆【ボブ・ディラン】世界中の人々を魅了し続ける男の実像とは!?
◆【マイケル・ジャクソン】世界中に多大な影響を与えた真のすごさとは!?
◆【スティーヴン・スピルバーグ】世界的巨匠が作品世界に込めた“ある視点”とは!?
◆【ホイットニー・ヒューストン】不世出の歌姫が後世に遺した大きな希望とは?
◆【マリリン・モンロー】世界を魅了したセックスシンボルの光と影とは!?
◆【ウォルト・ディズニー】夢と希望の国を作り出した偉人が遺したものとは!?
◆【スティーブ・ジョブズ】カリスマの“魔法”は世界をどう変えたのか!?
◆【アンディ・ウォーホル】ポップアートの奇才はなにを企み、なにを夢見たか!?
◆【ジョン・F・ケネディ】第35代アメリカ合衆国大統領の真実の顔とは!?
◆【イーロン・マスク】壮大すぎる夢追い人は救世主かペテン師か!?
◆【エルヴィス・プレスリー】アメリカの光と影を映し出すロックの王様!
雑誌『Safari』12月号 P234〜235掲載
“アメリカ偉人伝!”の記事をもっと読みたい人はコチラ!
●雑誌・WEB『Safari』の公式TikTokは
こちらからアクセスしてみて!
text : Kunihiko Nonaka(OUTSIDERS Inc.)
photo by AFLO