【アーネスト・ヘミングウェイ】タフで男らしい文豪の隠された真の姿とは!?
1954年にノーベル文学賞を受賞した『老人と海』をはじめ、文学史に偉大な足跡を残したヘミングウェイ。その豪快な生きざまに憧れる人も多く、没後62年を経た今も多岐にわたる影響を感じることができる。この文豪をモーリーはどう見ている!?
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- アメリカ偉人伝! vol.17
1959年の撮影と思われるアーネスト・ヘミングウェイ。すでに心身の病に侵されていて、執筆活動は滞りがちになっていた。それでもやはり、“サファリスタイル”に身を包み、洋上で船を操る勇ましい姿は、彼のイメージそのものといえる
ヘミングウェイはアメリカ文学の父とされ、その影響の輪は非常に広い。アメリカの文学を欧州の影響から切り離すという重要な働きをしました。彼以前にはホーソーンやメルヴィルといった作家がいたけど、修辞法(レトリック)が多くて、文章ひとつあたりがとても長い。いわゆる英国風です。
それに対してノーを突きつけたのが、ヘミングウェイらロストジェネレーションの作家たち。彼らは第一次世界大戦に出兵した青年で、戦争で青春を奪われた世代。その中から簡潔で力強い文体が出てきます。ヘミングウェイは協力者のアドバイスもあり、パンチのように短く、情緒や装飾性を排除した、筋肉質な表現を打ち立てます。加えて、それまではタブーとされていた悪い言葉を使った。“クソ野郎”とか“畜生”みたいな言葉を、セリフだけではなく述懐にも入れる。これこそ日常で話されるアメリカ英語じゃないかとなりました。
彼は1920年代の“黄金のパリ”を経験しました。資金源は、最初の妻になった裕福なお嬢さん。彼はそうした女性から女性へ、まるで綱渡りのように渡っていくんです。また、彼は生涯を通じて、自ら危険なことに突進していきました。まるで拳で殴り合い、生きる手応えを感じるボクサーのよう。おそらく第一次世界大戦のトラウマだったと思います。理由もなく大量の若者が死んでいくのを見て、生きることの意味に執着した。彼は仲間たちに対しても猛然と敵意をむき出しました。自分が一番じゃないと気が済まないという、脅迫観念のようなものを感じます。お世話になった人のことを小説の中で悪く書く。しかも本人にわかるようにね。そういういびつなコミュニケーションを生涯とり続けるんです。
ヘミングウェイはアメリカに戻った頃から、自己演出が強くなります。他人に見てほしいイメージを打ち出し、そのとおり破天荒に振るまう。今でいう迷惑系ユーチューバーです。’50年代には、未成年の娘と燃えるような恋をする、私小説に近い作品を書きますが、この作品は酷評され、もうダメだとまでいわれます。ところが、血を流しても戦うのがヘミングウェイ。最後の力を振り絞って書いたのが『老人と海』でした。『老人と海』には何度も“高貴な獣”という表現が出てきます。人間のほうが頭はいい。でも力が強く、高貴さを備えているのは野獣だと。要するに「手つかずの自然と戦う男らしい俺」ということ。これにアメリカの主に男性の文学者が心酔しました。
現代の視点でヘミングウェイを見ると、立場の保証された白人の金持ち男性、あるいは玉の輿に乗った自由人が、管理された大自然と戦っているんです。そして先住民や素朴な漁師に憧れはするけれど、彼らの苦しみは味わうことがない。要はロマンのテーマパークです。その嘘を糊塗するために大酒を飲んだり、素手で殴りあったりする。よく見たら、小さな半径の中で、小さなドラマを繰り返しただけにも見える。それを哀れと見るか、素晴らしいと見るかです。現代の視点ではそう見えるけど、同世代の人々は熱狂した。自分たちの声を与えてくれたと称賛し、妄想も含めたアメリカのアイデンティティになっていく。アメリカとはこういう使命をもつ国なのだという、人々の期待感を彼が形にしたんです。
こうしたことを知ったうえでなお、ヘミングウェイがなぜあれほど人の心を震わせるのかは、小説を読めばわかります。そこが文学の不思議なところですよね。今の日本って、頑張りたくても頑張れないことが多いし、しょんぼりすることも多い。でも、彼の作品からなんらかのメッセージを嗅ぎ取ることができるかも。文学の中で彼が見出した究極の自己肯定から得られるものは小さくありません。特に中高生は、ヘミングウェイに酔ってみるのもアリじゃないかな。世界に出ていくきっかけになるかもしれません。
ヘミングウェイ!?
豪快に釣りを楽しむ姿は、ヘミングウェイの代名詞だ。1959年撮影
1941年に撮影された、ヘミングウェイと3番めの妻であるマーサ・ゲルホーン。この写真のカメラマンは、あのロバート・キャパ。マーサはジャーナリスト、従軍記者として非常に優秀で、戦争報道を変えたといわれている
1960年にスペインで撮影された、闘牛士アントニオ・オルドネスとの写真。オルドネスは、トップ闘牛士だったルイス・ミゲルの妹の夫。最晩年のヘミングウェイは2人を取材し、ルポを『ライフ』誌に掲載した
ヘミングウェイは生涯に4人の妻を迎えているが、3番めの妻のマーサ・ゲルホーンだけが、自らの意思で彼のもとを去った。従軍記者として戦地に赴くのを、ヘミングウェイが妨害したという。彼女は最後に「もう十分だ」と彼に伝えた。
ヘミングウェイも受賞したノーベル賞が開催間近!
毎年、12月10日にスウェーデンで授賞式が行われるノーベル賞。ヘミングウェイは1954年に文学賞を受賞しているが、航空機事故で重傷を負い、授賞式には参加できなかった。昨年の文学賞はフランスの作家、アニー・エルノーに贈られた。今年はどうなる!?(雑誌掲載時)
※10月5日、2023年のノーベル文学賞に、ノルウェーの劇作家ヨン・フォッセが選ばれたことが発表された。
教えてくれたのは
[モーリー・ロバートソン]
Morley Robertson
1963年、NY生まれ。日米双方の教育を受け、東京大学とハーバード大学に現役合格。現在はタレント、国際ジャーナリスト、音楽家、DJとして各方面で幅広く活動している。最近はモーション・グラフィックスなどの映像加工にハマり中。
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足を洗った世界なのでもう考えないことに!
「20年前だったら80くらいかもしれません。今は反省するところもあり、この世界からは足を洗ったので、もう考えないようにしています。なので、測定不能です!」
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雑誌『Safari』11月号 P260~261掲載
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text : Kunihiko Nonaka(OUTSIDERS Inc.)
photo by AFLO