【スティーヴン・スピルバーグ】世界的巨匠が作品世界に込めた“ある視点”とは!?
数々の世界的大ヒット作品を手掛けてきた映画監督/プロデューサー、スティーヴン・スピルバーグ。思い出深い作品のひとつやふたつ、きっと誰にでもあるのでは?そんな映画史に残る巨匠について、モーリー流のアングルで紐といていこう。
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- アメリカ偉人伝! vol.9
2011年、ベルギーのブリュッセルで列車に乗り込む際、ファンに手を振るスピルバーグ。このとき、ベルギー王冠勲章コマンダー章を授与された。ほかにドイツ、フランス、英王室などからも叙勲されている
今回はスピルバーグのベースとなったふたつの要素、つまり母親の影響とユダヤ人であるということを中心にお話します。
彼の母親はピアニストで、父親は電気技師。典型的な中流家庭でした。スピルバーグの映画への情熱を後押ししたのが、この母親です。彼女の愛情と感性を吸収し、彼は才能を爆発させました。ただ、当時の女性は能力や才能があっても、専業主婦として埋もれることがほとんど。彼の母親も家庭の中で退屈して、最終的に夫の親友と駆け落ちしてしまう。父親は真面目な人だから息子にはいわず、自分の一存で離婚するとだけ伝えた。そりゃ父親を許さないよね。ずっと口をきかなかったんだけど、15年後にようやく真相を知ったそうです。両親や親子の関係がうまくいかなかった経験は、『E.T.』や『未知との遭遇』などに何度も出てきます。それが作品の隠し味になっていると本人が語っています。
彼の母親の世代は、ちょうど時代の結節点でした。戦後のアメリカは女性の就職率は上がったものの、職種は完全に決まっていました。お茶汲み、タイピング、秘書、図書館の司書。それでも働けるのは素晴らしいこととされ、戦後のハッピーな家族像の中で、中産階級の白人女性は経済・物質面で黄金期を迎えたといわれます。しかし実際は、かなりの女性たちが大学進学を志したにもかかわらず、専業主婦として家庭に押し込まれた。子供の世話とベッドメイク、そしてGEがスポンサーのテレビ番組。それで一生過ごしてくださいと。
まさにその'60年代、自分はもっとできたはずだと思っていたのがスピルバーグの母親です。退屈のあまり駆け落ちする。でも社会構造がそうだから、スピルバーグも母親を非難できない。行き場のない憤りだけが残りました。'60年代以降の社会の激動や価値観の変化を見た彼は、そこから「若い中産階級の家族がなんらかの試練に遭う」というモチーフを生み出します。家族の幸せは壊れやすく、その不安が作品のベースになる。そういう意味で、初期作品は純粋に個人の物語です。中産階級で育ったからこそ描けるアメリカですね。
そうした傾向が変化するのが『シンドラーのリスト』。彼はユダヤ系アメリカ人としてアリゾナの郊外で育ちました。ちょっとした豊かさの中にいて、ユダヤ系への差別はあるものの、さほど気にしなかったようです。戦後の豊かになった移民2世、3世は、ホロコーストを声高に語りません。左翼のユダヤ人は出ていけとなるから。スピルバーグも中産階級の白人として市民権を得るために、ユダヤ人らしさを隠した。みんなに合わせて明るくふるまうのが、彼らが幸せになる雛形だから。彼は“シンドラー”の映画化をしばらく躊躇したそうですが、それにはこうした背景があった。ただ、ホロコーストの体験者も少なくなり、歴史の風化を恐れたのでしょう。逃げてきたものに向き合い、以降は自身のアイデンティティを強く意識するようになります。
フェミニズムや反ユダヤを巡る歴史は、今話題の中絶禁止を巡る問題にも繫がってきます。望まない妊娠に対する中絶をキリスト教右派が問題にし、その手術をする医師がユダヤ人だとか、めちゃくちゃな話になっている。本当の問題は、出産によって女性の立場が固定され、子供とキャリアの二択を迫られる社会状況です。そこに対する女性たちの反乱が起きている。
「社会における女性の地位や家庭像」というのは、現代の大きなテーマ。実は、多くのスピルバーグ作品がそれを内包しています。だから各作品に出てくる家族像をチェックしながら観ると、新鮮かもしれません。特に公開当時を知らない若い世代は、彼がその時代のなにを描いていたのか見えるはず。彼の作品は陳腐化せず、永遠に残ります。映画の全盛期を知るためにも、少し振り返ってみるのもいいと思いますよ。
世に送り出してきた!
1982年公開のSF映画『E.T.』は、当時の映画史上最大の興行収入を記録する大ヒットとなった。批評家からの評価も高く、アカデミー賞4部門を受賞している
1993年公開のSF映画『ジュラシック・パーク』。シリーズ化され、現在まで6作品が製作された人気作品。ただしスピルバーグが監督したのは2作めまで
盟友関係も!
同業者のジョージ・ルーカスは、長年の親友にして最大のライバルだ。『インディ・ジョーンズ』シリーズを一緒に製作している。写真は1992年のオスカー賞授賞式
モーリーが「少し寂しい思いをした」と語るのが、2018年公開の『レディ・プレイヤー1』。「アナログのおじさんがデジタルの世界に手を突っ込んで迷走した感じ」とのこと。さて、あなたの評価はいかに!?
自身の原体験を丁寧に描いた物語!
自ら「この物語を語らずキャリアを終えるなんて、想像すらできない」と語る、スピルバーグの自伝的作品。両親との絆や葛藤、映画との出合いと成長を経て、夢を追う姿を描く。アカデミー賞最有力候補との呼び声も高い。
『フェイブルマンズ』
監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ
3月3日(金)より全国公開
©Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
教えてくれたのは
[モーリー・ロバートソン]
Morley Robertson
1963年、NY生まれ。日米双方の教育を受け、東京大学とハーバード大学に現役合格。現在はタレント、国際ジャーナリスト、音楽家として幅広く活動している。日本テレビの情報番組『スッキリ』の毎週木曜日にレギュラー出演中。
70/100
ハッピーな作品でみんなに好かれたい!?
「観た人に夢を与えるような、ハッピーな作品を作りたいですね。僕だったら“シンドラー”は作らないかも。でも同じ立場になってみないと、心境はわかりませんよね」
前回の“アメリカ偉人伝は”
◆【ホイットニー・ヒューストン】不世出の歌姫が後世に遺した大きな希望とは?
雑誌『Safari』3月号 P170~171掲載
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text : Kunihiko Nonaka(OUTSIDERS Inc.)
photo by AFLO