パリ五輪でモンスター級の波に猛チャージした【稲葉玲王】! タヒチの海に挑んだ 日々が大きな自信に!
パリ五輪サーフィン日本代表として世界の強豪に挑み、ベスト8まで駆け上がった稲葉玲王。豪快なライディングが持ち味のトップサーファーが、オリンピアンとして戦った大会で得られた大切なものについて語ってくれた。
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- アスリートの分岐点! vol.49
REO INABA
TURNING POINT
2024年7月27日〜8月1日
パリ・オリンピック サーフィン男子
予選〜準々決勝
パリ五輪では日本勢で唯一、準々決勝まで進出。海外のトップ選手でさえ恐れをなすモンスターウェイブに果敢に挑む姿で世界に衝撃を与えた稲葉玲王。海外選手顔負けの豪快なサーフィンが持ち味で、他大会ではバックサイドで高さのあるエアリバースを披露したことも。幼少期からハワイのノースショアに通い、ビッグウェイブにチャージし続けてきた経験値の高さから、パリ五輪会場のタヒチ・チョープーでも戦える選手の1人として期待を集めていた。そんな稲葉にとってパリ五輪は、世界を見据えて戦ってきたサーファーとして「宝物のような経験ができた」大会になったという。
「日本代表として3人しか出られない中で、その3人に入れたということはすごく意味があることだと思いますし、東京五輪は地元開催だったのに出られなかった悔しさも含め、そこを実現できたことは自分の中で大きなことだと思っています。今、振り返ると大会自体が夢だったのかなと思うような不思議な感覚なのですが、世界チャンピオンと戦えたことはものすごい経験になりましたし、なによりも五輪までの過程でほかの大会では経験できないような貴重な時間を過ごせました。チョープーのような波は特殊な波なので、大会前に何度も通いました。通うたびに地元の人たちに少しずつ認められて波に乗れるようになり、波と波長が合うようになってきたところで自分が思っているような波に乗れたり。そのプロセスで得られたものの大きさを感じています。大きな波というのは、サーフィンがいくらうまくても乗れないもの。僕は小学生くらいからハワイの大きい波で練習してきたのですが、想像を絶するデカさの波に圧倒されて毎日ドキドキしながら精神を削られ、なかなか寝れなくなったりしたことも。五輪が終わってそういった日々を改めて思い出すと、精神的にギリギリのところで練習してきたことも本当によかったんだなって思えます」
パリ五輪では日本人最高位の5位入賞を果たしたが、最も心に残っているのは、世界王者のフィリペ ・トレドを破って準々決勝進出を果たしたラウンド3。大会3日めとなったこの日はチョープーの海が本領を発揮し、10フィート級の波が立ちはだかる強烈なコンディションの中で戦うことになった。立ち上がりは両者ともに慎重に波を選ぶ展開で、そこから稲葉が先陣を切ってテイクオフしたものの、チューブに潰されてワイプアウトしてサーフボードが真っ二つに。しかし、救助されてから再びミドルサイズのバレルに果敢に挑んで1本めをメイクし、3.17のポイントを獲得した。対するフィリペは、同じく1本めでサーフボードが折れてしまってから本来の力を発揮できず。そのあいだに5本をメイクした稲葉がトータル6.00でベスト8進出を決めた。
「1本めでワイプアウトしたときは本当に苦しくて、もう死ぬかもという感じもあったのですが、逆にアドレナリンが出たのか興奮状態になって、救助されたときはもう行くぞって気持ちになっていました。対戦した世界チャンピオンは大きい波がそれほど得意ではない選手で、海に入るときに顔が引きつっている印象だったので、1本めのデカい波が来たら行ってやろうと思っていました。大きい波はちょっとでも怖さが出ると乗れないものなので、そこはもう気合を入れて、死ぬ覚悟で1本決めてやろうという気持ちで乗った感じですね。恐怖心というのはもちろんあったのですが、この五輪を通じて思うのは、今までたくさんの大会に出てきた中で、サーフィンをやっている時間が一番楽しかったなという印象が強いですね。試合前とかも緊張やプレッシャーを全く感じず、本当にワクワクして一番いい波に乗りたいっていう気持ちだけで楽しめたというのがはじめての体験でした。相手は全員格上で失うものもないし、自分のすべてをぶつけるだけ。何度も通って練習をしてきたので狙った波に乗れれば勝てるという自信があったことも大きかったのかもしれません」
五輪という大きな舞台での戦いを終え、どんな未来を見据えているのだろうか。
「五輪でも戦えてまだいけるという自信はあるので、来年の世界ツアーはしっかりやってトップを目指したいという思いがまずひとつあります。一方で、日本で生まれ育って世界に出ていく日本人選手がもっと活躍してほしいという思いもあるので、五輪の経験も含めて日本のキッズに伝えるべきことを伝えて底上げできる存在になっていきたいと思います」
©アフロ
サーフィン選手
稲葉玲王
REO INABA
1997年、千葉県生まれ。当時最年少でプロデビューした13歳から、地元・一宮町を拠点に海外を転戦。WSLのチャンピオンシップツアー入りが近いサーファーの1人として期待を集め、2023年WSGエルサルバドル大会でアジア勢2位となり、パリ五輪代表に内定。
TAMURA’S NEW WORK
物語コーポレーション
「描いた作品は、できる限り自分の手で届けるようにしています。今回は現社長さんに直接お渡しできたのですが、この作品で団扇を作る際、もらった人が喜ぶような素材や作りにも徹底的にこだわる姿を見せていただき、その姿勢に多くの学びがありました」
バスケが繋いでくれたご縁
今回紹介する新作は、“焼肉きんぐ”などを全国展開する飲食チェーン、物語コーポレーションの創始者の数え100歳を祝う団扇を描き下ろした作品だ。
「現社長の発案で、創始者の小林きみゑさんを7体、息子で現社長の佳雄さん1体、末広がりの八福神として描いています。僕はカリカチュアの世界大会で優勝経験があるのですが、そこで突きつめたものを生かしつつ見る人が笑顔になるような作品になればという思いを込めました」
同社とは、バスケで繋がったという。
「同じ愛知県・豊橋が拠点のBリーグチーム、三遠ネオフェニックスとコラボ企画をやらせていただいているのですが、チームのサポート企業ということで繋がったご縁なんです。カリカチュアもそうですが、自分が歩んできた道が様々な形で繋がることで今があるということを実感すると同時に、だからこそひとつひとつの作品に気持ちを込めて描くことの大切さを改めて感じています」
アーティスト
田村 大
DAI TAMURA
1983年、東京都生まれ。2016年にアリゾナで開催された似顔絵の世界大会であるISCAカリカチュア世界大会で、総合優勝。アスリートを描いた作品がSNSで注目を集め、現在のフォロワーは10万人以上。その中にはNBA選手も名を連ねる。Instagram:@dai.tamura
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雑誌『Safari』11月号 P222〜224掲載
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illustration : Dai Tamura composition&text : Takumi Endo
photo by AFLO