『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(2023年)
俳優では芽が出ず大工を兼任
ルーカスとの出会いで運命のダイヤルが回りはじめる!
インディ・ジョーンズにふんしたハリソン・フォードを、2023年に目にすると想像していた人はそういないだろう。なにしろ、フォードは今年7月で81歳。アクション映画で主演を務めるには、常識的に厳しい年齢である。それでも新作『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』ではアクティブなインディ像を作り出しているのだから、恐れ入る。何より、フォードふんするインディが帰って来たことが、ファンとして素直に嬉しい。
振り返れば、フォードが“インディ・ジョーンズ”シリーズの1作目『レイダース 失われた聖櫃<アーク>』に主演してから42年が過ぎた。この間、ずっとハリウッドの第一線で活躍していることは驚きだ。ここ10年ほどは仕事のペースも落ちつき、バイプレイヤーとしての出演も少なくなかったが、それでもスターであることには変わりがないのは、新作を見れば明らか。そんなフォードの魅力を、彼のキャリアを振り返りながら検証してみよう。
『アメリカン・グラフィティ』(1973年)
1942年7月13日に米イリノイ州シカゴで生まれたフォードはウィスコンシン大学在学時に演技に興味を持つようになり、中退後にLAへ飛んで本格的に俳優を目指す。’64年にはスタジオと契約を結んだが、端役ばかりで芽が出ない。フランシス・フォード・コッポラ製作、ジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』(1973年)に出演するもブレイクには至らず。しかしコッポラは彼を気に入り、自身の監督作でしばしば役をあたえ、ルーカスとの交流は後に大きな実を結ぶ。
『スター・ウォーズ』(1977年)撮影時のオフショット
この頃のフォードは俳優業だけでは食べていけず、大工仕事で得た賃金を生活の足しにしていた。ハリウッドのスタジオにも大工仕事で出入りすることが多かったという。当時『スター・ウォーズ』の製作が始まったばかりで、ハン=ソロ役のキャスティングは難航していたが、不遜な顔つきや態度で仕事をしているフォードに目を留めたスタッフが、ルーカスに進言。かくしてフォードは、銀河のアウトサイダー、ハン=ソロ役を射止めた。
『地獄の黙示録』(1979年)
1977年に『スター・ウォーズ』が世界公開されるや、同作は記録的なヒットを飛ばし、それまで無名だった主要キャスト3人――マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、ハリソン・フォード――は、たちまち大スターとなる。このとき、ハミルとフィッシャーは、まだ20代の新米だったが、長い下積みを経験していたフォードは35歳になっていた。彼が先のふたりよりも充実したキャリアを築けたのは、成功に浮かれるほど若くなかったからかもしれない。コッポラに誘われて『地獄の黙示録』に参加した後も、彼は次々と舞い込むオファーを黙々とこなしていった。
「有名になりたいとは思っていなかった。ただ、俳優の仕事だけで暮らしていきたかっただけだ」――フォードはインタビューで、ことあるごとにそう語る。『スター・ウォーズ』のヒットのお陰で、彼は大工仕事を離れ、その夢をかなえることになった。フォードにセレブ意識がないことは、この発言からもわかるだろう。
『レイダース 失われた聖櫃<アーク>』(1981年)
続編『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980年)で、ロマンチックな要素を担ったことにより、フォードの人気さらに高まった。この波に乗り、主演を務めたのが『レイダース 失われた聖櫃<アーク>』(1981年)。プロデュースを担当したジョージ・ルーカスは当初、『スター・ウォーズ』シリーズが進行している最中に、彼を大作の主演に起用するのは気が進まなかったという。それでも主演の第一候補だったトム・セレックがスケジュールの都合で降板し、また監督のスティーヴン・スピルバーグが強く推薦したことでフォードは主演を務めることになった。
『レイダース~』の頃には、フォードは積極的に意見を述べ、アドリブで演技をすることもあり、スピルバーグもそれを推奨した。生命力と好奇心にあふれ、勝ち気で、頼り甲斐があるインディ・ジョーンズが映画の世界のアイコンとなったのは、そんなフォードの姿勢があったからこそ、だ。(後編に続く)
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