今月の サーファー「ライアン・ラブレース」
鋭い感性と研究を重ねて独自の世界を追求してきた若手シェイパーのライアン。トランジッション系のボードに特化し、今までの常識の枠からはみ出した彼の作品は、キラリと光るオリジナリティにあふれ、業界からも注目の的。多くのファンを魅了してやまないライアンのサーフヒストリーを紹介しよう。
●今月のサーファー
ライアン・ラブレース[RYAN LOVELACE]
南カリフォルニアの北、緑が生い茂る自然豊かなサンタバーバラ。この一帯は大小様々なサーフスポットが点在。多くのサーファーを魅了する有名スポットのリンコンまでもほど近いという立地だ。ここに約15年前から拠点を移し、独学でスタイルを築いた若手のボードビルダー、ライアン・ラブレース。カリフォルニアだけでなく、オーストラリア、日本をはじめ、国内外からオーダーが殺到する人気のシェイパーだ。もともとはシアトル出身のライアン。サーフィンを覚えたのは、幼い頃から休暇のたびに訪れる家族の別荘があるハワイだったそう。そこで父に教わりながら波乗りの楽しさを知っていったと語る。
「本気で波乗りに興奮したのはおそらく16歳くらいのこと。そこから徐々にカリフォルニアへ移住したいと思いはじめたんだ。もちろん毎日サーフィンするためにね」
そこから地元のシアトルで高校を卒業するまでお金を貯め、卒業後サンタバーバラのシティカレッジに進学。夢のカリフォルニアへの移住を果たす。カレッジではグラフィックアートとマーケティングを専攻。一方、プライベートではシアトル時代と違い、すぐに波乗りへ行ける理想の環境を手に入れたライアン。当然のごとくサーフィンに没頭する毎日を満喫していたそう。今でこそトランジッションボードの代名詞的存在となった彼だが、当時はまだロングボードでサーフィンのキャリアを積んでいた。波乗りの腕を磨くと同時に、より自分の理想に近いボードを求めてセルフでシェイプを試みるようになるまで、そう時間はかからなかった。
「その頃はサンタバーバラの波に適しつつ、自分の身長にもぴったりくるボードがなくて、試行錯誤しながら削りはじめたという感じかな」
ロングボードをある程度乗りこなせるようになると、波のサイズに合わせて短いボードも必要になってくる。けれど、いわゆるドライブ感やスピード感の楽しめるスラスターのショートボードにはなぜか興味がなかったのだとか。それよりも、ロングとショートの中間をいくトランジッション系のスタイルに惹かれたライアン。はじめて削ったのは6フィート台のワイドなフィッシュボードだったそうだ。
通常、師匠のところに弟子入りをしていろはを学ぶのが、一般的なシェイパーの世界。でも、はじめてのボードシェイプもそうだったけれど、実はライアンはこれまで特定のシェイパーについて教わることをしてきていない。すべて手探りで模索しながら自身のスタイルを確立してきたのだ。憧れの巨匠であるジョージ・グリーノーの複雑で特殊なコンセプトを理解し、自分で納得いくまでデザインを描き続けながら、その感覚を掴んでいったと語るライアン。さらに少しでも不明な点があると、本やインターネットを使って徹底的にリサーチした。
でも、なぜすべて自分の手で作ろうとするのか? それは風景画家である父の影響が大きいそうで、物心ついたときから、"欲しいものは自分で作る"という環境で育てられたのだという。だから、誰かに頼らずボードシェイプをはじめたのも、彼にとってはその延長でしかなかったのかもしれない。今でもシェイプからグラッシングまで、すべての工程において彼ひとりでこなしている。
「短い時間でより多くのボードをシェイプするというよりは、ひとつひとつ、すべての工程で納得いくものに仕上げたいんだ。ボード1本ずつと自分の関係性が希薄になってしまうのが嫌なのさ」
全工程を自分の手で手掛けてこそ、はじめて自分の製品だと言えるのだそうだ。
「自分はシェイパーというよりも、ボードビルダーという肩書のほうがしっくりくるね」
そんな彼のストイックなクラフツマンシップが詰まったボードは、サンタバーバラだけでなく、カリフォルニア中のサーフショップが注目するように。〈パタゴニア〉など名の知れたブランドともコラボレーションを果たした。その後、友人と3階建てのウエアハウスをリノベーションし、サーフショップ〈トリム〉をオープン。ライアンのボードだけでなくジェリー・ロペスなど、100%ハンドメイドのボードを扱った。残念ながらすでにショップはクローズしてしまったが、当時のお客たちは、今でもライアンのボードのリピーターとなっているそうだ。
ライアンの日常の様子を尋ねると、
「家とシェイプルーム、そして海を行き来するだけのシンプルなスタイルだよ」
と笑って答えてくれた。早朝に起きた後はすぐにシェイプルームに向かい、諸々の準備を済ませる。その後、波がよければ海へ向かうのだとか。そんな彼の後ろを常について歩き、心の友ともいえる存在なのが、15年ほど一緒に暮らしているという愛犬のハーディ。
「僕がシェイプしはじめたときからずっと一緒なんだ。仕事場だけでなく海でも一緒だよ」
そんな、マイペースなライアンの姿を温かく見守っているのは最愛の妻であるケイティ。時間が合えば一緒に波乗りを楽しみ、ピースフルな時間を穏やかに共有している。
「波がない日は自分のボートを出してワイフや愛犬、波乗り仲間と一緒に沖へ出てフィッシングを楽しむこともあるんだ」
そのボートも、実は彼が尊敬するジョージ・グリーノーのコンセプトを取り入れて改造したのだそう。どこまでもクラフツマンシップにあふれている彼。もの作りをしていること自体が自分の活力になっているのだと語る。
「これからも僕にボードを依頼してくれるひとりひとりにフィットした、今までにない唯一無二のボードを作っていきたいね」
そのボードのよし悪しは抱えたときの感触で判断するのだというライアン。1本1本のボードを、まるで我が子のように扱っているからこその感覚なのだろう。世界中のサーファーたちが、大切なボードを彼にまかせたいと思うその気持ちがわかった気がした。
ホームポイントはココ!
リンコン[RINCON]
サンタバーバラからクルマで20分ほどの場所に位置。ポイントブレイクで波質がよく、多くのエキスパートたちが押し寄せる名スポット。春夏シーズンは小さめの波だが、冬にはサイズがぐんと上がりオーバーヘッドも期待できる
まるでアートのような代表作たち。ヴィンテージのファブリックを敷いたボヘミアンシックなものから、グラフィックなデザインまで幅広い
シェイプし終わったボードに自身のサインを入れる
はじめて削ったボードを抱える若き日のライアン本人。今でも宝物だそう
無心でブランクスをシェイプするライアン。シェイプルームの壁は青や緑が多いが、彼は落ち着ける暖色系が好みなのだとか
自らの手でカスタムしたボートも、とてもお洒落。サンタバーバラの海に適した構造になっているのだそう
愛する妻のケイティと波乗りしている写真はデスクまわりの壁にさりげなくディスプレイ
雑誌『Safari』2月号 P204・205掲載
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photo : Yoshimasa Miyazaki(Seven Bros. Pictures) text : Momo Takahashi(Volition&Hope)