アートを愛する個性派アーバンサーファー! ジャック・ヒル
LAのダウンタウン近くに暮らし、毎回サーフィンする際はビーチまでドライブ、というアーバンサーファーのジャック。都会暮らしを逆手にとり、特定のサーフポイントにとらわれることなくあらゆるポイントで楽しむフリースピリットの持ち主だ。また、ボードもウェットスーツも自作、というDIYスタイルも注目を集めている。そんな個性派サーファーのルーツに迫ろう。
今月のサーファー
ジャック・ヒル
[JACK HILL]
南カリフォルニアには、海沿いに暮らすサーファーもいれば、海から離れた都市部に暮らし、波乗りのたびにどこかのビーチへ繰り出すアーバンサーファーもいる。今回紹介するジャックは、後者のタイプだ。LAのど真ん中で都会暮らしを満喫しつつも、波さえよければあらゆるビーチに乗りこんで思いっきりサーフィンを楽しむスタイルだ。
そんな彼も、波乗りをはじめた幼少期は腕を磨くため、かなり努力を重ねたそう。当時、ジャックが住んでいたロングビーチは大きな港があるものの、波は立たないので隣街のシールビーチが彼の練習場となっていた。そこでサーファーの父の手ほどきを受けながら、パドルの練習をしていたそうだ。
「はじめてボードの上に立った感想? 実は覚えていないんだよ。最初の波はもちろん、100本めに乗ったときの記憶も曖昧なほど、その瞬間だけにフォーカスしているみたいなんだ」
1本1本の波に集中しているせいか、過去の波に関して全くといっていいほど記憶がないよう。
「当時は波に慣れるのにとにかく必死で、毎回もがいていたことは鮮明に覚えているけどね(笑)」
そんな控えめなコメントをする彼だが、負けず嫌いな性格は彼を毎日海へ連れ出し、一歩一歩着実にスキルを身につけていった。シールビーチからさらに足を延ばして、クルマで20分ほどのハンティントンビーチやその周辺のサーフスポットでも父と一緒に波乗りを楽しんだそう。
「もがいた時期はあったけれど、今振り返ると、毎回海に入るたびに波乗りのスキルは上達していたと思う。いつも僕より上手なサーファーを見つけて、彼らと一緒にサーフィンすることで自分のレベルを上げていったんだ」
10代後半にもなると、コンテストに参加するほどの腕前に。何度か挑戦したものの、サーファー仲間と競うことが自分には合っていないことを痛感。ファンサーフィンを選んだ。そんな彼が憧れたサーフヒーローは、ミッキー・ドラ、ナット・ヤング、ウェイン・リンチという個性的なレジェンドばかり。彼らの影響もあってジャックはクラシックスタイルにこだわりを持つサーファーへと育っていった。
ジャックがデザインしたウェットスーツ〈ブラックフット〉。ブラッグフラッグをはじめパンクロックに影響を受けたせいか黒×レッドでロックな印象
レコードやギターなどは、アート制作中の気分転換に必須
幼い頃からサーフィンと並行してジャックが夢中になっていたのが、スケッチやペインティング、粘土遊びなどのアート。制作時間は人より短く、仕上がりもほかに比べて優れていた。高校卒業後は、カレッジでアートを勉強してみたが性に合わず、数回学校を替えたそう。学校を転々としている間に“先生に教わるより独学のほうが合っている”と気づき、学校に通わず働きながら様々なことを学びはじめた。
「建築作業の補助からレストランのキッチン、ハワイのコーヒー農園でのファーミングまで、いろんな職種を経験してみたよ。そこで学べるものをできる限り吸収してみたんだ」
仕事が終わればたいてい海へ直行し、サーフィンを満喫。自宅では情熱の赴くままにアート制作に没頭した。そんな生活を送る中、ひょんなことからフラワーショップで働くことになったジャック。徐々に花の魅力に惹かれていき、やがてフラワーアレンジメントに興味を持つ。
「そこで、自分の手で制作してみたら“欠けていたパズルの1ピースが埋まった感覚”を覚えたんだ。フリーで活動しはじめると、ウェディングやカフェ、レストランなどからフラワーアレンジメントの依頼がくるようになったよ」
手先の器用な彼は、サーフボードも自らシェイプしている。
「市場にあるボードにお金を払うかわりに、自分で気に入ったものを納得いくように作りたかっただけ。だから、削ったボードを売ろうという気持ちはないんだ」
実は、学生時代隣街のシールビーチにある老舗サーフショップ〈ハーバーサーフボード〉でバイトしていた彼。そこで名シェイパーのリッチはじめ、カート・アウツブルガー、スティーブ・ファレウェルなどのシェイプ風景を見て技術を吸収していたのだそうだ。その後ヴェニスビーチ近くにある〈アンダーソン・サーフボード〉のもとでアシスタントを経験。
「アンダーソン本人はじめ、彼を支える名スタッフと働いていたときは、いつも集中して作業するように注意を払っていた。だって、彼らにとって僕は生徒のようなものだからね」
フラワーアレンジメントの制作風景。花材は北カリフォルニアに住んでいる友人が送ってくれた特別なもの
バンの内装も本人のDIY。ワードローブやベッド、デスクなども設置!
とにかくクリエイティブなジャックは、去年、新たにウェットスーツ制作プロジェクトをスタートした。日本の高品質ラバーを使用し、自らデザインしたウェットだ。ファクトリーから上がったサンプルを試したところ、以前よりも動きやすく、しかもライディングにスピードが加わりレベルアップを実感したそう。
「以前から大手のサーフブランドが作るウェットスーツに高額な値段がつくことに疑問を感じていたから、低予算で自分の納得できるウェットスーツが作れてとっても嬉しいんだ。デザインもシーズンごとに変えるつもり!」
〈ブラックフット〉というブランド名を冠し、オリジナルのウェットスーツブランドとして今年中にローンチするのが目標だ。 と、マルチな才能を開花させ続けているジャック。コロナウイルスの感染が拡大していった初期にはアパートを引き払い、身軽なバンライフも経験した。
「バン生活はロックダウンがはじまった頃にスタートさせたんだけど、世の中の劇的な変化を身近に感じたよ。この先どうなるのか今まで経験したことのない不安に満ちていたね」
そんな状況において、バンでの生活はサーフィンを積極的にできる最高の環境を提供してくれたのだそう。現在は、LAのダウンタウン近くのクラシックなアパートに拠点を構え、シティライフを満喫。海からは少し遠いが、その分、波次第で入るポイントを選べるフレキシブルな波乗りライフを楽しんでいる。常になにかをクリエイトしている彼には、アーバンサーファーという生き方が快適なのかもしれない。
お洒落なショップのような自宅の一角。本人が削ってペイントしたオリジナルボード&自作の絵の色合いもマッチ
この絵もジャック作。椅子には普段使う〈シュプリーム〉のスポーツバッグが。彼の部屋は必要なものしかないミニマルな空間
●ホームポイントはココ!
サーフライダービーチ[SURFRIDER BEACH]
特定のポイントを持たないジャックのお気に入りはココ。マリブピア脇の伝説のポイントで、リーフブレイクで安定して波が立ち小波でも乗り甲斐あり。有名シェイパーのランス・カーソンはじめ、数々の名サーファーを輩出した。
雑誌『Safari』4月号 P178~179掲載
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photo : Vitor Viana text : Momo Takahashi(Volition & Hope)