【中村 克】日本最速の“47秒台”で世界の背中が見えた!
日本競泳界を代表するスイマーの1人として、トビウオジャパンを牽引してきた中村 克。3度めのオリンピックに向けて闘志を燃やすスプリンターが、世界と戦うスタートポイントに立ったレースについて語る。
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- アスリートの分岐点! vol.41
KATSUMI NAKAMURA
TURNING POINT
2016年8月12日
リオデジャネイロ五輪
男子400mメドレーリレー予選
競泳における短距離の自由形は、長らく日本人が世界で勝てない種目とされてきた。そんな停滞ムードを打ち破ったのが、2016年のリオデジャネイロ五輪(以下リオ五輪)で日本代表に初選出された中村 克。この大会の4✕100mリレー予選レースの第1泳者として出場した中村は、日本人が届かないといわれてきた47秒台の記録をマーク。日本のスプリンターが世界レベルで戦えることを知らしめる結果を残した。そんな中村が分岐点として語ってくれた試合も、まさにこのリオ五輪でのレースだった。
「リオ五輪の何年も前から、日本人が到達できないであろうとされてきた47秒台の記録。それを、絶対に自分が更新するという気持ちで水泳と向き合ってきました。その目標を達成したことで、ようやく世界のライバルたちと肩を並べたと実感したのと同時に、本当の挑戦はここからはじまるんだなと強く感じたことを今でも覚えています」
日本競泳界の快挙となったこの記録は、緻密かつ過酷なトレーニングで築いた自信に裏打ちされたものだったという。
「トレーニングプラン自体は、五輪の何年も前から取り組んできたものでした。大会から逆算してこの時期にはこれくらいの状態で泳いでいなくてはならないという段階的な目標を設定し、達成していくごとに足りなかったことや好材料を洗い出しながら調整を繰り返し準備していたんです。そうした調整はリオ五輪の年まで行っていて、その年の4月に行われたオリンピック選考会でのタイムは48秒2という記録だったので、その時点では48秒を切るにはあと0.3足りませんでした。そこで前半と後半のラップタイムを確認したのですが、僕自身の持ち味は後半で、そのときも24秒8くらいで世界でもトップクラスのタイムで泳げていました。それに対して前半のタイムが明らかに遅かったので、足りない0.3を前半で補ったほうがやりやすいと考えていました。前半で速く泳いでも後半のスタミナに影響しないようにエネルギーを温存しながら泳ぐトレーニングをする。だから五輪の2週間前には確実に47秒台で泳げる確信を得ていたんです。僕はトップクラスの短距離選手の中では最大出力がそれほど高くないほうなのですが、その中でも速く泳ぐ技術を追求したことで得られた結果だったと思います」
結果を出した一方、世界レベルのスプリンターとして戦い続けるために不可欠ないくつかの課題も見つけたという。
「本番のレースではじめて47秒台で泳いだことで、それまでに経験したことのないダメージを身体に感じていました。そのダメージのリカバリーが、全くうまくいかなくて。その後のレースでも十分な記録を出していながらもフィジカル的な疲労感が抜けず、自分自身で納得のいく泳ぎができなくなっていました。五輪に限らず、国際大会ではリレー種目だけでなく、個人種目も含めると複数のレースに出場する必要があります。1本だけ速く泳ぐことができても、連戦となったときに高いレベルのパフォーマンスを出せない限り、世界で戦えないことを強く感じましたね。短距離の選手は一試合で出す出力が高いので、リオ五輪でも1発めのレースに向けてエネルギーになる筋グリコーゲンを筋肉に蓄えた状態にしていました。それでもレース後に体重がかなり減っていましたし、汗の量もすごくて。リオ五輪の後、コンディション的な調整がうまくいかないこともありましたが、そうした意味でもリカバリーや体重のコントロールが、勝ち続けるためには重要な要素になるという学びがありました」
リオ五輪の2年後となる2018年には100m自由形を47秒87で泳ぎ、自身の日本記録を更新。昨年7月の世界選手権では混合400mリレーで決勝に進出し、7位に入賞。アジア大会での400mメドレーリレーと400mフリーリレーで銅メダル獲得に貢献したが、その結果に本人は納得していないようだ。
「世界選手権が終わった段階ではパフォーマンスを落としすぎていて、このままではパリ五輪も怪しい状態。自分がやりたい水泳ってこうじゃないなという感覚もあり、トレーニング内容と環境を大きく変えました。五輪がそうさせているのかはわかりませんが、そこからカラダつきも変わり、充実した練習ができています。3月にパリ五輪の選考会がありますが、そこで代表権を勝ち取って、リレーで結果を出すのはもちろん、まだ五輪で泳いだことがない個人での決勝のレースを楽しみたいと思っています」
競泳選手
中村 克
KATSUMI NAKAMURA
1994年、東京都生まれ。早稲田大学4年時の2015年、100m自由形の日本新記録を樹立。翌年の日本選手権でも優勝し、リオ五輪400mリレーの代表に選出。2018年に100m自由形で、自らの日本記録を更新。イトマン東進所属。
TAMURA’S NEW WORK
コブクロ
ジャケットアートの記念ロゴも、田村が駅にあるスタンプをモチーフにして描いたもの。結成25周年ベストアルバム『ALL SEASONSBEST』は、ファンから愛され続けている名曲を、春、夏、秋、冬のテーマごとにコンパイルしたCD4枚組、全49曲入りの作品。初回限定盤は、田村作品のアクリルスタンドが付属する豪華ボックス仕様。
歌の力が伝わるような作品に
コブクロの黒田俊介と小渕健太郎の心に響くような歌声が、今にも聴こえてきそうなタッチで描いた作品。これは、結成25周年を迎えた彼らが3月20日にリリースするベストアルバム『ALL SEASONS BEST』のために、田村が描き下ろした記念すべきジャケットアートだ。
「コブクロはデビュー曲の『YELL~エール~』からずっと聴き続けてきたアーティストで、高校3年のときに地元のインストアライブを制服姿で聴いた思い出があります。黒田さんと小渕さんの歌にエールをもらいながら絵の道を突き進んできましたが、今回はお2人にエールを贈る気持ちで描かせていただきました」
小渕の配慮から、田村のよさを生かせる描き方を取り入れさせてくれたという。
「作品のベースとなる写真の撮影にも立ち合い、『轍- Street Stroke』を熱唱する姿も見せてもらいました。エールを贈るつもりが、またひとつ頑張る勇気をもらえたような貴重な体験でした」
アーティスト
田村 大
DAI TAMURA
1983年、東京都生まれ。2016年にアリゾナで開催された似顔絵の世界大会であるISCAカリカチュア世界大会で、総合優勝。アスリートを描いた作品がSNSで注目を集め、現在のフォロワーは10万人以上。その中にはNBA選手も名を連ねる。Instagram:@dai.tamura
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illustration : Dai Tamura text : Takumi Endo photo by AFLO