『裏切りのサーカス』(2011年)
スパイ物の中に息づくミステリー
英国でお馴染みのスパイ物にもミステリーの潮流は息づく。情報部そのものが長い歴史を持つこともこのジャンルの隆盛の理由だが、実際に同様の職責を負っていた人物がのちに作家に転身して、スパイ小説を書きはじめるケースも顕著だ。
この転身例の代表格といえばイアン・フレミング、ジョン・ル・カレ、それからグレアム・グリーン(彼が脚本を手掛けた『第三の男』は英国史上最も名高いミステリー映画のひとつ)だろう。
『007』で華やかなスパイを描いたフレミングに比べると、ル・カレが描く諜報世界はミステリーと呼ぶにふさわしい奥ゆかしさを持つ。『裏切りのサーカス』(2011年)のような根気を要する二重スパイ探しや、はたまた2016年にトム・ヒドルストン主演でドラマ化された『ナイト・マネジャー』のような揺るがぬ思いを秘めた主人公が武器商人の側近として潜伏するドラマなど、仮面のようにグッと押し殺した表情の下に確かな知性と感情がほとばしる。
『欲望』(1966年)
押さえておくべき英国ミステリーはほかにも色々ある!
カテゴライズしがたい作品は数限りなくある。まずもって英国ミステリーといえばヒッチコックを忘れるわけにはいかないし、彼が英国時代に手掛けた『三十九夜』や『バルカン超特急』は、米国時代の華やかさとは異なるある種の抑制されたミステリーが際立っており、そのテイストは今なお観る者を魅了し続ける。
ミケランジェロ・アントニオーニ監督がスウィンギング60’s真っ只中のロンドンで作り上げた『欲望』は、フォトグラファーが撮った写真を引き伸ばすとそこに殺人現場が写っていた…というくだりをセリフなく淡々と紡ぐミステリアスなシークエンスが秀逸だ。
『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年)
ほかにも、喧騒の60年代と現代を巧みに繋いだ『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年)は実験的な試みが素晴らしいし、英国の鬼才マーティン・マクドナーの初監督作『ヒットマンズ・レクイエム』(2008年)は、悲哀を帯びた殺し屋たちが古都ブルージュで魂をさすらわせる先行き読めない秀作。
『堕天使のパスポート』(2002年)
また、『ピーキー・ブランダーズ』のクリエイターでもあるステーヴン・ナイトが脚本を手がけた『堕天使のパスポート』(2002年)は、不法移民たち側の視点で見つめた大都会ロンドンが従来とは全く別の顔を浮かび上がらせる。
『コラテラル 真実の行方』(2018年)
劇作家でもあるデヴィッド・ヘアが脚本を手掛けた『コラテラル 真実の行方』(2018年)は、闇夜で起こった射殺事件を皮切りに、ケリー・マリガン演じる刑事が真相を解き明かそうと奔走する。こちらもドラッグや密入国といった問題を描きつつ、社会や体制内で生じるやり場なき”怒り”を印象深く活写し、硬派な見応えをもたらす作品だ。
『ブラック・ミラー』(2011年~)
それ以外にも、『ザ・ストレンジャー』、『ステイ・クロース』、『ブラック・アース・ライジング』、『オナラブル・ウーマン』『ステート・オブ・プレイ』など、高評価を博したタイトルを挙げだすとキリがないが、最後に一作挙げるなら、それはテクノロジーを題材にした珠玉のミステリーを紡ぐ『ブラック・ミラー』(2011年~)だろう。
未来世界や科学技術を扱った作品はすぐさま古びてしまいがちだが、本作に限って言えば12年前の第1シリーズを見直しても斬新なまま。これはテクノロジー以上に、それを使う人間の心理模様にこそ主眼を置いているからに違いない。まさに伝統と革新。今なお続く人気シリーズでありながら、そこには時代を超越した古典にも通じる普遍的魅力が刻まれている。
1話完結のアンソロジーなので未見の方は是非今晩から試しに1話ずつはじめてみてはいかがだろう。そこから始まる英国ミステリーの果てなき世界が、秋の夜長を充実した時間へと変えてくれるはずだ。(前編に戻る)
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