〈コルム〉CEO(最高経営責任者)のハソ・メフメドヴィッチ
「1955年にルネ・ヴァンヴァルト氏が創業した〈コルム〉は偉大なスイスの時計ブランドです。そして、私が大好きで今も着けている“ゴールデンブリッジ”のように、時計史に残るアイコンとして語り継がれる傑作時計を数多く世に送り出してきました。私は〈コルム〉で時計師として仕事をはじめ、〈コルム〉一筋で育ってきました。私たちチームの手で、〈コルム〉本来の偉大な姿、その栄光を取り戻したい。そのために全力で取り組んでいます」
こう語るのはこの5月1日から新生〈コルム〉のCEO(最高経営責任者)に就任したハソ・メフメドヴィッチ氏。1993年生まれの32歳だ。幼少期に戦火のボスニアから親戚を頼りスイスに移住。スイス時計産業の中心地のひとつル・ロックルの職業訓練校で学び時計師の国家資格を取得して2011年に時計師として〈コルム〉に入社。以来、品質管理部門の責任者などを歴任しつつ、働きながら経営学士(MBA)の資格を取得。セールスマネージャーを務めていたが、会社の経営が苦境に陥っていることを知ったという。
そこでメフメドヴィッチ氏はスイスの資本家グループとチームを組んで資金を調達。数カ月に及ぶ交渉の末、MBO(マネジメント・バイ・アウト)で2013年に〈コルム〉を買収した香港の上場企業、シティ・チャンプ・ジュエリー・グループから〈コルム〉を買い戻した。
「何とかしてこのブランドを救いたい。再生させたいと思いました。他にも〈コルム〉を手に入れたいと考えて買収交渉を持ちかけた企業が私たち以外にもいくつもあったそうです。でもこれまで同グループと非常に良好な関係を築いてきたこともあり、私たちにブランドを委ねることを決断してくれました。同グループは2013年の買収後、〈コルム〉のためにさまざまな投資をしてくれたのですが、残念ながら上手く行かなかった。自分たちで何とかしたい、という申し出に快く応じてくれたのです」
50代以上の人なら〈コルム〉の名前は代表作“アドミラル”を“アドミラルズ・カップ”のメーカーとしてご存知だろう。1960年に誕生し、1983年には海上で船舶間の通信に使われるカラフルな国際海洋信号旗を文字盤のインデックスに使ったアイコニックなデザインを採用したこのスポーツウォッチは日本でも大人気だった。また時計愛好家なら1980年に誕生した“ゴールデンブリッジ”をご存知のはず。これは独立時計師アカデミー(AHCI)の創設者のひとりであり伝説的な時計師ヴィンセント・カラブレーゼとの共同製作で生まれた。棒状のムーブメントがサファイアクリスタルのケースに収められ、メカニズム自体がデザインの核になっている。
さらに2000年に登場した『バブル』は、この時に〈コルム〉の経営権を取得したスイス時計界の伝説的な経営者のひとりサヴァリン・ワンダーマンの下で世界的な大ヒット作となった。ただ会長を務めていたワンダーマンは2008年に急逝。その後、何度もオーナーが交代。2013年にシティ・チャンプ・ジュエリー・グループ傘下として今日まで運営されてきた。
しかしコロナ禍と不動産バブルの崩壊による中国経済の苦境で、その他の時計ブランドも傘下に持つ同グループの時計関連事業は苦境に陥っていた。今回のMBOはこの状況の下「自分たちの手で〈コルム〉を再生したい」というメフメドヴィッチ氏を始めとするスイス本社や時計業界の人々の情熱と努力の結果だ。
「〈コルム〉がスイスに帰ってくる! 若い人たちが再生に取り組む」というこのニュースはスイスの時計業界を元気づけた。メフメドヴィッチ氏は一躍、スイス時計界で注目される存在になった。街を歩いていると声を掛けられ「一緒に写真を撮って」と言われるという。その期待を受け止め、いまはすべてを賭けてこの仕事に取り組んでいるそうだ。
「〈コルム〉は偉大なブランドですが再生は簡単ではありません。私たち新生〈コルム〉はチームであり、メンバーはそのことを誰よりも理解しています。優秀な人材を改めて確保し、マニュファクチュール化も不可欠だと考えています。そして〈コルム〉のDNAである大胆な創造性と革新性に基づいた時計作りを復活させ、世界中のコレクターや時計愛好家から期待される時計ブランドの座に再び返り咲きたい。そのために創業者のヴァンヴァルト家の方をはじめ、時計業界のさまざまな方々にご支援とご協力をお願いしています」
今年2025年を「再生のためのスタートラインに立った年」と位置付けているとメフメドヴィッチ氏は語る。
「目下、来年2026年に発表する新作の開発に取り組んでいます。是非とも皆様のご期待に応えたいと思っています」