知れば知るほど料理に深みが出る!?
ペルー生まれの注目のグルメジャンル、“ニッケイ料理”を知ってるか?
ここ数年、急激に世界の耳目を集めているのが、“ニッケイ料理”。ネーミングからして、和食系? と思いがちだが、ただ、話はそう単純ではない。というのも、これは日本料理とペルー料理、ふたつの食文化が交錯し、影響しあって、新たなジャンルの誕生だからだ。そこには100年余りの“時”をかけてアイデンティティを確立した、食文化のストーリーがあった!
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日本の刺身の概念を取り入れた、“サシミ・ラ・トトヨ”。カツオと昆布の合わせ出汁をベースに、風味づけに地元の豆のサランダハやコリアンダーを使用
ここ数年で耳にする機会が急激に増えた料理のジャンル“ニッケイ”。グローバル・ホテルブランドの新規ホテルにニッケイレストランがラインナップしているのをちょくちょく目にし、2025年には栄誉ある “世界のベストレストラン50”もニッケイの〈maido(マイド)〉が頂点を極めた。実は、はじめてそのジャンルを聞いたとき、あまりにもはしょった説明だったため、残念ながら正確に理解できなかった。“ペルーで流行っている、日系移民の料理”。間違ってはいないが、正しくはない。というわけで、今注目のシェフの話を聞きながら、ここで詳しく説明していこう。
ロンドンやバンコクにもニッケイ料理屋はある。しかし正直、苦手という人もいるだろう。それが、ペルーのリマで本場の味に出会ったら、あらら180度方向転換。「なんて、美味なる世界なのか!」と、確実に世界観が変わるはずだ。
今回、訪れたのはペルーのリマに店を構える〈SHIZEN RESTAURANTE NIKKEI(シゼン・レストラン・ニッケイ)〉。日系4世の3人の若手シェフが切り盛りする、新進気鋭のレストランだ。“世界のべストレストラン50”でもラテンアメリカ部門で初登場した。
日系4世のココ・トミタ氏。ラテンアメリカのベストレストランとして選出された〈シゼン・レストラン・ニッケイ〉の前
シェフのひとり、第4世代であるココ・トミタ氏は、やわらかな物腰の青年。語り口は穏やかながら、その内には料理への情熱と旺盛な好奇心がちらちらと顔をのぞかせる。まずは、この料理の背景にある歴史について話してくれた。
ニッケイ料理の歴史は、1899年、沖縄からペルーへ渡った最初の移民である日系1世の家庭料理がはじまりだという。実は、近年生まれた新しいグルメジャンルではなく、100年以上の歴史があるのだ。当初、日系1世は日本の伝統料理そのまま作ろうとしたが、手に入るのは地元ペルーの食材だけ。そこで彼らは、ペルーの食材を取り入れながら、日本の食文化を少しずつ自分たちの生活に馴染ませていった。
日本の太巻き寿司がペルー風に進化した “マキ・アセビチャード”
その一方で、日本独自の食文化をそのままペルーの地に持ち込むこともあった。たとえば、生魚。当時のペルーには生魚を食べる習慣があまりなく、海藻やタコなどは見向きもされていなかったが、彼らはそうした海の幸を積極的に食卓へ取り入れていった。
日本における日本酒のような存在だというとうもろこしの発酵酒チチャ・デ・ホラとポン酢を合わせた“トミズクリ”
日系2世の“ニッケイ料理”
ペルーで生まれた日系2世の世代になると、自分たちのアイデンティティを、なにかのカタチで表現したいという思いが芽生えてきた。そこで、ペルー料理の伝統的なレシピに日本風のアレンジを効かせていくという工夫を凝らしはじめる。それは家庭を飛び出し、レストランで提供されるようにまで発展していく。
しゃりと刺身を、ペルーのチリソースで仕上げた、色あざやかな“チラシ・セビーチェ” 。トミタ氏は「サイドのかき揚げがアクセントになります。ミックススタイルで、どうぞ!」
たとえば、“セビーチェ”だ。生魚を薄切りにしてチリやレモンを合わせる今のスタイルは、その当時生まれたもの。ペルーの伝統的な方法は、魚を何時間もレモンに浸す方法だが、日本風の作り方をすることで、フレッシュさを楽しめるようになった。
大きな役割を果たしたのは
日系2世が開業した〈松栄〉
ニッケイ料理の歴史において大きな役割を果たしたのが、日系2世のマツフジ・ファミリーだ。この一家が開業したのがレストラン〈松栄〉。ここの初代の板前には、のちに〈NOBU(ノブ)〉を率いる松久信幸と、トシロー・コニシが名を連ねていた。
ニッケイ料理におけるレジェンド、トシロー・コニシ氏と
「地元のシェフはペルー料理に日本のアレンジを効かせる方法。でもノブとトシは日本料理にペルーのツイストを加えていた。似たようなことを、ふたつの異なる方法でアプローチしていたわけです。当時はまだ“ニッケイ料理”がなんなのか、私たちにもはっきりとはわかっていませんでした」、とトミタ氏はいう。
この似て非なるふたつの潮流がひとつになるのが、第3世代。 “日本料理みたいだけれど、ペルーっぽい”、“ペルー料理だけれど、日本料理を感じる”。このふたつの流れを第3世代はひとつにまとめ合わせた。いわゆるそれが、今世界が注目する“ニッケイ料理”と呼ばれるもので、新しいアイデンティティの確立となった。
トミタ氏は、「当時、日系の私たちは、自分たちがペルー人なのか、それとも日本人なのか、どちらなのかを理解していませんでした。その問いに答えてくれたのが、食べ物だったのです。食べ物をとおして、自分たちのアイデンティティを理解することができました」
ニッケイ料理によって、自分たちのアイデンティティを理解したというトミタ氏
移民としてペルーに渡った日本人のアイデンティティが形となったニッケイ料理は、いまやペルーのガストロノミーの一部。見た目は日本料理のように見えるかもしれない。でも、そこにはペルーの心が刻まれている。食べてみれば、確実に日本の料理とは違うと感じるだろう。トミタ氏は、「私はここで生まれた、100%ペルー人です。でも、日本のルーツを持っていることを誇らしく思っています」と。
第3世代でようやく、和のテイストや技術を取り入れたペルー料理のひとつのカテゴリーとなって完成しはじめた、ニッケイ料理。
さらなる料理の進化!
日本で学んだ“松笠焼き”の技法を取り入れた“スタド・ニッケイ”。魚介出汁を注ぎ、仕上げる
第4世代であるトミタ氏が大切に考えているのは、サステナビリティ。生産地からレストランに届くまでの過程にも、日本の技術の活〆や保存法を取り入れているという。その技術を習得するために、4年かけて日本を何度も訪れた。滞在中は豊洲市場へかよい、どの季節にどんな魚が並ぶのか、そして魚をどのように扱い、さばき、調理するのかを、自分の目で見て体験してきた。また、酒蔵や味噌・醬油の醸造所とも交流を深めたという。
日本で体験した中で重要だったのが、“うま味”(ここでいう“”うま味は、調理によって生まれる“旨味”ではなく、もともと素材が持っている“うま味”のこと)。トミタ氏は、「“うま味”をその根っこから理解しようとすると、サステナビリティに繋がってくる」と感じたようだ。
「すべての食材にうま味はあります。それを理解するには、まず食材そのものについて考えることです。食材を育む生産者や漁師のこと、そして、食材の持ち味を生むその土地ならではの環境について考える。そうすると、食材を取り巻く生態系の循環にも目が向きます。すべては食材からはじまり、調理によってそのうま味を引き出し、完成した一皿に仕上げていくのです」
「魚も育った環境で味わいが変わってきます。生態系から食材を考えることが大切」とトミタ氏
マイダ、ロナルド、ココ。学生時代をともに過ごした3人のシェフ兼オーナーが切り盛りするニッケイ料理レストラン〈シゼン・レストラン・ニッケイ〉。3人でペルー全土や日本を旅し、それぞれがペルーのガストロノミーをどう捉えているのかを共有。それを踏まえたうえで、同じものでもそれぞれの違った視点でアイデアを持ち寄る。それが料理にも生かされているという。
日本各地を旅し、技術を学んでいるトミタ氏。日本の料理人や職人とも交流し、ペルーの大学で講演してもらったこともあるそう
「シェフを含め、クリエイティブな仕事をしている人にとって、そのルーツを理解することはとても大切だと思います。その文化を知ると、料理を作るときの感覚がまったく違ってくるのです。もっと深い感覚で向き合えるようになると思います」
リマの高級住宅地、サン・イシドロにある〈シゼン・レストラン・ニッケイ〉
おそらく“ニッケイ料理”という言葉だけで想像していた人も多いだろう。だが、このジャンルが確立するまでには、長い歴史とお互いの国の努力があったということが理解できる。単なるペルーと日本の融合ということだけでない、ブラッシュアップに次ぐブラッシュアップによる進化で、ついに世界が注目するレストランにまでのぼり詰めた。これは、“ニッケイ料理”を食べるためにペルーを訪れるというのも悪くない。
⚫︎シゼン・レストラン・ニッケイ
住所:Avenida los conquistadores 999, San Isidro 15073
https://shizen.mesa247.pe/reservas/shizen_barra_nikkei
協力協力:シゼン・レストラン・ニッケイ





































































