アクション映画を得意とする映画監督は数多いが、この人の作品にハズレは少ない。デヴィッド・エアーだ。ブラッド・ピット主演の戦車アクション『フューリー』や、ジェイク・ギレンホールが警官を演じたハードな作品『エンド・オブ・ウォッチ』、そしてDCコミックのヴィランが集結した『スーサイド・スクワッド』など、骨太系からエンタメ系までとにかくアクション映画のエキスパートという印象。そんなエアーの新作が、ジェイソン・ステイサムを主演に迎えた『ビーキーパー』である。アメリカの片田舎でビーキーパー(=養蜂家)として静かな生活を送る男が、近所に暮らす優しい老婦人がフィッシング詐欺に引っかかったことで復讐の鬼と化す。この男、実は極秘プログラムの元工作員で、FBIやCIA、軍隊すら敵わないほどの能力の持ち主。最終的に信じがたい敵とも対峙し……という物語。ステイサムの身体能力が信じがたいレベルで発揮されるこのアクションサスペンスにどのように取り組んだのか。デヴィッド・エアー監督に話を聞いた。
ーージェイソン・ステイサムがあなたの作品に出演するのは初めてですね。
「そうなんです。この『ビーキーパー』の脚本を僕に送ってくれたのがジェイソンです。すぐに快諾しましたよ。脚本に共感できたのが最大のポイントです。弱い者を守るというコンセプトが好きですし、しかもそれが養蜂家という、ふだん社会の表(おもて)に出てこない人物。そんな男に温かい手を差し伸べていた人が、恐ろしい手口で悲劇に遭うわけで、僕もその悪の根源を突き詰めたくなったのです。物語の力を信じ、映画化に値すると感じました」
ーー本作で主人公の怒りに火をつけるのが、ネットでパスワードなどを盗むフィッシング詐欺です。日本でも大問題になっていますが、あなたにとっても身近な犯罪でしたか?
「実際に詐欺の被害に遭った人を知っていますし、私もネット詐欺のターゲットになったこともあります。その手口は巧妙で、プログラムのコードをたどって犯人の手がかりを探さなくてはならず、これが現実なのか……と悲嘆に暮れますね。現在のテクノロジーに詳しくない高齢者が、人生をかけて築き上げた財産を奪われてしまうんですよ。しかも犯人を見つけるのは、ほぼ不可能。本当に悲惨です。被害に遭わないために、まず疑問を抱いてほしいというアドバイスを送りたいです」
ーー実際にジェイソン・ステイサムとの仕事は、いかがでしたか?
「本物の映画スターとは、こういう人なのだと実感しました。彼はカメラと自分の動き、演技をすべて理解しているのです。自分がどう動けば、カメラがどう捉え、どんな映像になるのかを本能的に熟知しています。そのうえで監督の私にも信頼を寄せてくれました。この主人公は複雑なキャラクターですが、ジェイソンはあらゆる側面に挑んでくれたと思います。そしてここまでスタントダブルを使わず、自分でアクションをこなした俳優は、私の現場で初めてだったかもしれません。ジェイソンと一緒にやりたいという私の動機は間違っていませんでした」
ーーこれまで仕事をしたウィル・スミス(2017年の『ブライト』)らとの違いは?
「ジェイソンとウィルには共通点があります。現場でセットアップし、準備を進めていると、彼らは自分の動きで最高のバージョンを提供してくれます。これは誰かが教えるものではなく、もともと備わっている才能であり、世界中を見渡してもそんなスターは一握りしかいません。それがジェイソンであり、ウィル。その他にもこれまで一緒に仕事をした“スター”と言われる人たちは、誰もがその技術を持っていました」
ーージェイソン本人と、演じたアダム・クレイというビーキーパーには何か共通点はありましたか?
「そうですね、2人とも謙虚な人間という点でしょうか。一見、どんなことをするか予想できない雰囲気が似ていますね。アダムは工作員を引退しましたが、ジェイソンがアクション俳優を辞めるのはまだ先のことでしょう。仕事を心から楽しみ、トレーニングを決して怠りませんから。もし彼がトレーニングのペースを落としたら、引退が近づいているかもしれません」
ーージェイソン本人が謙虚というのは、ちょっと意外です。
「おしゃれな服を着て、スポーツカーを持っているでしょうが、それが彼のアイデンティティではありません。父親で夫で、家族のために一生懸命働く男という印象です。ジェイソンは派手な映画スターというより、建設現場で働く作業員、あるいは画家といった“職人”の気質と感性を持った人ですね」
ーー今回の『ビーキーパー』でも、あなたのアクションシーンの演出は冴えわたっています。何か秘訣があるのですか?
「それは作品によって変わります。映画のトーンを決めるのと同様に、どんなアクション演出にするのか方向性もさまざまです。たとえば物語が非現実的なのにアクションのリアルさにこだわると、観る人にとって過激で不快な印象を与えるでしょう。作品とのバランスが重要なのです。『ビーキーパー』ではスタントコーディネーターのジェレミー・マリナスが成功に導いてくれました。場面に合わせ、主人公を応援したくなったり、逆に追い詰められた彼の恐怖を感じさせたり、そんな風に観客を誘導するアクションを設計するのですが、これには驚くほどの労力が必要です。何週間もかけてダンスのような振付を特訓するのは、ある意味、退屈なプロセス。そこを乗り越え、エンターテイメント性を意識してこなせば、素晴らしい結果を得ることができます
ーー長年のアクション映画監督としての経験も役立っているわけですよね。
「監督が一定の仕事をこなすためには、何年もの経験が必要で、私も多くの作品から学んできました。監督によってはアクションで観客に衝撃を与えるのを好む人もいます。でも私はバランスを重視します。激しいアクションを見せたいなら、その“意味”や“価値”をふまえ、本当に衝撃を与えたい時に取り入れるのが私のポリシーですね」
ーーあなたは10代の頃、アメリカ海軍に入隊しました。その経験が映画監督になっても生かされたりしていますか?
「もちろんです。私は原子力潜水艦に乗艦し、そこで人々がどのように働くか、リーダーシップはどうあるべきかを学びました。全員がひとつの仕事に集中すれば奇跡が起こることも知ったのです。そして極限状態にも耐えうるスタミナを与えられました。映画製作は肉体的にとてもハードな仕事。夜中に雨が降るなか、10時間以上も立ちっぱなしなこともあります。外から見れば華やかな世界かもしれませんが、内情は重労働の連続なので、海軍から学んだことには今も感謝していますね」
ーー『ビーキーパー』のオープニングには、ハチの巣の“六角形”のイメージが次々と紹介され、そこに一瞬ですが渋谷のスクランブル交差点が映ります。
「よく見つけましたね(笑)。オープニングでは養蜂家の歴史や神話を紹介したかったんです。最近は映画を配信で観る人も多くなり、オープニングが重要になりました。本編が始まる前に離脱されるのを防ぐため、目が離せないような“つかみ”が要求されます。それはスタジオ側の意向でもあり、だから私も苦心して今回のような映像を完成させました」
ーー次回作でもジェイソン・ステイサムと組むそうですが、それは今回の成果に満足したからでしょうか?
「たしか本作の撮影を始めた頃、次の作品の話を進めた気がします。先ほど言ったように映画の撮影は長時間労働なので、親しい相手や自分を高めてくれるアーティストと一緒に仕事ができることが重要です。ジェイソンは、そのすべての要件を満たしていたので、彼と次の作品を目指すことは当然のなりゆきでしたね。
ーーその次回作『Levon’s Trade(原題)』は、シルヴェスター・スタローンが脚本で参加しているそうですね。
「子供の頃に『ロッキー』を観て、無名だったスタローンが脚本を書き、自分が主役を演じることに固執した話を聞いて、とても刺激を受けました。私が駆け出しの頃、『トレーニング デイ』の脚本を書いて、同じく作品を守りたい気持ちから『ロッキー』のような映画になることを望んだのです。今回スタローンは脚本のベースを作ってくれましたが、それは建物の頑丈な地盤のように機能しました。『ロッキー』や『ランボー』を手がけ、脚本家としてもプロデューサーとしても優秀な能力をもつ彼とのコラボレーションは、夢のようでしたよ」
ーー今後もアクション映画の監督としてキャリアを積み重ねていくのでしょうか?
「映画もビジネスですから、観客がアクション映画を望み、私もこのジャンルが好きなので、このようなスタンスで仕事を続けています。そうは言っても世界に伝えたいことはたくさんあるので、多くのアクションを取り入れた映画でも、ストーリーとして何かをアピールする余地を作っています。次回作は、とくにそうなりそうです。ただラブストーリーやコメディ、ミュージカルなんかにも挑戦したいのが本音ですけど(笑)。多くのジャンルを探求することで、映画作家としてもっと成長できればいいですね」
『ビーキーパー』2025年1月3日公開
製作・出演/ジェイソン・ステイサム 製作・監督/デヴィッド・エアー 脚本/カート・ウィマー 出演/エミー・レイバー=ランプマン、ジョシュ・ハッチャーソン、ボビー・ナデリ、ミニー・ドライバー、ジェレミー・アイアンズ 配給/クロックワークス
2024年/アメリカ・イギリス/上映時間105分
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