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CULTURE カルチャー

2023.11.03

ツメアト映画~エポックメイキングとなった名作たち~ Vol.21
『ギャング・オブ・ニューヨーク』が映画界に残したものとは?



良い意味で、もはや“美少年アイドル”の頃の面影がない。製作も兼任した最新主演作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で、ネイティヴ・アメリカン大量連続殺害事件に加担してしまう薄っぺらい白人男を怪演したレオナルド・ディカプリオ(1974年生まれ)。彼の「あえてヤバげなオッサンへと劣化=進化させる」という自己プロデュース戦略は、まだまだ若さや美しさが重宝されるショービジネスの現状に巨大な一石を投じるものだろう。もはや顔だけでキャーキャー言われることは微塵もなく、むしろ“レオ様”時代のファンが悲鳴を上げるような汚れ役を嬉々としてこなし、単なる演技派どころか名実ともにハリウッドを代表する映画人のひとりとなった。自らのキャリアと業界&作品への貢献を長期的な視野で考え抜き、ルッキズムのある種の弊害(=イケメンゆえに軽く見られる)からも脱し、本格派へのフルモデルチェンジを見事に果たしたのである。
 

 
そんな破格の自己改造の道のりにおいて強い味方となったのが、ハリウッド業界のご意見番としても知られる御年80歳の巨匠にして鬼才、マーティン・スコセッシ監督(1942年生まれ)だ。『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、スコセッシ×ディカプリオの6度目のタッグ。ふたりの歩みの中には、それまでオスカーレースでは冷遇されてきたスコセッシ(ずっと「無冠の王」などと呼ばれていた)が初めてのアカデミー賞作品賞を獲得した『ディパーテッド』(2006年)や、金融業界を舞台にバブリーな熱狂が渦を巻く人気作『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)もあり、明らかにディカプリオの存在は大御所となったスコセッシに若々しい回春をもたらしている。そもそも伝説の大富豪・実業家・映画プロデューサーであるハワード・ヒューズの生涯を描いた『アビエイター』(2004年)をはじめ、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』も『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』も、ディカプリオから持ち込んだ企画なのだ。 

 

さて、このスコセッシ×ディカプリオという年の差黄金コンビが最初にタッグを組んだのが、2002年公開の『ギャング・オブ・ニューヨーク』である。撮影時のディカプリオは弱冠26歳で、まだ『タイタニック』(1997年)のメガヒットを引きずり、“レオ様”といったアイドルイメージの強い頃。本作では幼い頃にギャングに父親を殺害され、長年の恨みから復讐を誓う、主人公のアイルランド移民の青年アムステルダム役を熱演した。
 

 
原作はジャーナリスト兼作家のハーバート・アズベリー(1889年生~1963年没)が1928年に出版した同名のノンフィクション(2001年にハヤカワ文庫で邦訳も出版)。19世紀のニューヨークを舞台に、ヨーロッパから大量の移民が流れ込んで、裏社会を支配するギャングが生まれていった背景を描く血塗られた年代記だ。もともとジェイ・コックスが一度脚本を書き上げており(1980年頃に英国のパンクバンド、ザ・クラッシュと組んで映画化を試みたことがあったらしい)、それをもとにスティーヴン・ザイリアン、ケネス・ロナガンも加わって完成稿に仕上げた。ニューヨークの下町、クイーンズ区リトル・イタリーの移民家庭で育ったスコセッシにとっては自分の生い立ちから遡りアメリカ社会のルーツを探る内容だ。撮影はローマ郊外のチネチッタ・スタジオに、19世紀半ば(物語のメインとなる時代設定は1863年)のマンハッタンをそっくり再現。製作費は実に1億ドル(約150億円)。主題歌としてU2が新曲『ザ・ハンズ・ザット・ビルト・アメリカ』を書き下ろすなど、何から何までゴージャスな大作ぶりである。

また共演は、現在10年近く休業状態にあるキャメロン・ディアス(完全に引退したわけではないと本人は述べている)と、2017年に俳優業からの引退宣言をしたダニエル・デイ=ルイス。配給はミラマックスで、製作総指揮を務めるのが#MeToo運動で業界を完全追放されたハーヴェイ・ワインスタイン。やたら時代を感じさせる顔ぶれが並んでいる。
 
 
当時スコセッシが「構想30年」と語っていた気合満点の『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、ディカプリオにとっても会心の自信作となった。しかし本作は完成後、幾分数奇な運命をたどる。2001年5月のカンヌ国際映画祭で約20分のダイジェスト版が上映されたあと、元々はその年のクリスマスに世界同時公開を予定していた。しかし2001年9月11に発生したアメリカ同時多発テロ事件の影響で、公開は約一年後の2002年12月に延期。さらに2003年3月に開催された第75回アカデミー賞では、作品賞・監督賞・主演男優賞・脚本賞・撮影賞・編集賞・美術賞・衣装デザイン賞・歌曲賞・録音賞の10部門にノミネートされていたが、なんと無冠に終わってしまったのだ。 

 

とりわけディカプリオにとって屈辱的だったのは、“主演男優賞”へのノミネートが彼ではなく、仇役を演じたダニエル・デイ=ルイスであったこと。当時、“レオ様”的なアイドルイメージがどれほど彼のキャリア形成に対してネガティヴに働いていたかを象徴する出来事だろう。しかしその不当な評価の悔しさを糧に、ディカプリオはアカデミー会員がぐうの音も出ないレベルへの完全脱皮へと向かっていったのである(彼が悲願のアカデミー賞主演男優賞を獲得したのは、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の2015年作品『レヴェナント:蘇えりし者』においてだ)。その意味で本作はまさにのちのニュー・ディカプリオを用意したターニングポイントであり、スコセッシ×ディカプリオという名タッグの誕生を告げる映画史の重要なエポック=ツメアトである。
 

 
ちなみに『タクシードライバー』(1976年)や『レイジング・ブル』(1980年)など、古くからスコセッシとの名タッグを成す初代の相棒と言えば、ロバート・デ・ニーロ(1943年生まれ)。新進時代のディカプリオをスコセッシに推薦したのが、他ならぬデ・ニーロであることはよく知られている。デ・ニーロとスコセッシは『アイリッシュマン』(2019年)に続き、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で通算10度目のタッグ。そしてディカプリオとデ・ニーロ先輩は『マイ・ルーム』(1996年/監督:ジェリー・ザックス)以来となる27年ぶりの共演で、スコセッシ監督作品では念願の初共演を果たした。つまり『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、スコセッシ×ディカプリオ×デ・ニーロという最強のトリプルタッグが実現した一作なのだ。『ギャング・オブ・ニューヨーク』を再評価するには、まさに今が絶好のタイミングではあるまいか。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』
製作年/2002年 製作・監督/マーティン・スコセッシ 脚本/ジェイ・コックス、ケネス・ロナーガン、スティーヴン・ザイリアン 出演/レオナルド・ディカプリオ、ダニエル・デイ=ルイス、キャメロン・ディアス、リーアム・ニーソン、ジム・ブロードベント
 
 
 

 

 
文=森直人 text:Naoto Mori
Photo by AFLO
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