命綱なし! たった一人で断崖絶壁に挑む姿に驚愕!
ドキュメンタリー映画『アルピニスト』に衝撃を受ける!
いつの時代においても、極限へと挑む人々の姿には心動かされるもの。その偉業を知るだけでも畏敬の念を抱くのだが、さらにその挑戦を追いかけたドキュメンタリー映像を目の当たりにすると、もはや言葉を失い、ただただ感嘆するしかなくなる。7月8日から劇場公開される『アルピニスト』は、そんな体験を味わわせてくれる作品だ。
「非常に数少ないソロ・クライマーの中でも、マーク・アンドレ・ルクレールは傑出していて、アルピニズム界で高度なレベルを備えていました。彼はほかのクライマーたちとは全く異なる独自のビジョンを持っていましたが、それは、彼がこれまでに読んできた本や育った環境、影響を受けた人たちから形成されたものだと思います」
そう語るのは本作の共同監督のひとり、ピーター・モーティマー。マーク・アンドレ・ルクレールというのは、本作の主人公で、命綱のロープを使わず、カラダひとつで山を登る天才クライマーのことだ。
【マーク・アンドレ・ルクレール】
1992年10月10日、カナダのブリティッシュ・コロンビア州ナナイモに生まれる。2015年にパタゴニアで次々と困難な単独登頂に成功。2016年にカナダのマウント・ロブソンに単独登頂したことで、さらにその名が知れ渡ることに。2018年3月5日、ライアン・ジョンソンとアラスカのメンデンホール氷河の北壁で新ルートを制覇。
カナダのブリティッシュ・コロンビアで生まれた23歳のマーク・アンドレ・ルクレールは、誰に知られることなく、たった一人で登頂不可能とされる山を次々と制覇。その噂がクライマー界に広がり、ピーター・モーティマー監督らはさっそくコンタクトを取ろうとする。しかし、現代の若者とは違いSNSなどに興味がなく、スマホさえ持たないマーク・アンドレ・ルクレールとは会うことさえ簡単ではなかったという。
「クライマーでもある私たちには好意を抱き、信用してくれたと思います。しかし、劇中にもありますが、彼は撮影チーム側に積極的に歩み寄ることもありませんでしたね。私たちがやっていることにあまり時間を割くことには興味がなさそうでしたし。彼は20代前半のクールな若者でしたから、“自分の倍以上の年齢のオヤジがいる”くらいに思っていたかもしれません(苦笑)」
子供のころに、ADHD(注意欠陥障害) と診断されたマークは、社会にうまく馴染めなかったものの、贈り物の本を通じてクライミングに出会うと、自己流で登山をしながらアルピニストとしての隠れた才能を開花させていく。
信じられないのがそのクライミングのスタイル。断崖絶壁を命綱も使わずに登っていくのだ。見ているこちらが手に汗握るのに、劇中のマークといえば、恐れることなくひょうひょうと難所をクリアしていく。その姿にア然としつつ、ヘリコプターからの迫力ある映像や岩肌を掴む指先といった臨場感のある映像に圧倒されていく。
「ヘリコプターからの(高度からの)撮影に関しては、長時間はできなかった。というのも、ヘリコプターの騒音は彼の登山の邪魔になるし、彼の息遣いを撮影するには静寂な環境を保つことが重要でしたからね。ヘリコプター撮影は、難易度の高いクライミングでは避け、楽なクライミング部分で行いました。
しかし、ほとんどの場合、マークは一度にすべてをこなすわけではないので、私たちは4、5台のカメラを配置することができました。(撮影スタッフの)ジョン・グリフィスも登って撮影しましたし、お互いの邪魔にならないように戦略を練りながら実施しました。クライミングは面白いもので、指先やピッケルなどの細部がとても重要である一方、マークがいる場所の大自然の風景をワイド・ショットで見せることも重要でした。私たちは登山をテーマにした映像を長いこと撮り続けているので、(撮影技術面においても)数多くの知識……、つまり、何がベストなのかというヴィジョンを持っているんです」
作品は、まわりからの“いいね”を求めず、ただひたすらにより困難な登頂を続けるマークを映し出していく。ときには撮影隊がいると“単独”にならないからと、行方をくらまし、一人で限界に挑んでくる、といった出来事も。そして、マークが挑戦をするたびに、冒険家がさらなる挑戦を求めることは、反面、死の淵にも近づいていることに気づかされていく。
「登山は、頂上まで行くことが目的ではなく、どうやって山頂に辿り着くかが目的だと思います。そう考えると、不条理なゲームですよね。 頂上まで行った後は下山し、また次の山を目指すわけですから。それに、多くの場合、もっと楽に(山頂に)到着できることも可能だったりします。つまり、クライマーには『どうやって登るか』という倫理観が必要であり、それは個人的なものです。山にダメージを与えない限りは、誰も批判することはできないと思いますね。まぁ、ある山頂まで達成したという征服話をしている人がいたら、『あぁ、そういうのは興味ないから』って言ってもいいとは思いますが。私の考えでは、ミニマリズム、自立、そして全力を尽くすことは人生においても、クライミングにおいても大切だと思います。そういう価値観を追求するクライマーたちには、心から敬意を抱いています。なかには、必ずしも危険ではない簡単な目標だけに取り組む人もいるでしょうし。とにかく、自分がどうしたいかという個人的な倫理観がなければ意味がない。自分で考え、発展させていく。 結局のところ、自分のためにやっているわけですし、誰も気にしないんですから(笑)、自分が誇れる方法でやればいいんです」
劇中には、有名なクライマーたちも登場。ドキュメンタリー映画『フリーソロ』に登場したアレックス・オノルドも、マークの才能に舌を巻く。そして恋人ブレット・ハリントンと楽しく過ごす日々をたんたんと映し出していく本作は、誰にも予想のできないクライマックスへと突入していく。その結末は、是非劇場で確かめてほしい。
『アルピニスト』7月8日(金)公開
監督/ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン 出演/マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルド 配給/パルコ、ユニバーサル映画
2021年/アメリカ/上映時間93分