【Vol.32】『青鉛筆の女』×LAダウンタウン
時は2014年のカリフォルニア。解体予定の家の屋根裏から発見された、推理小説と編集者からの手紙、そして手書きの原稿用紙。それら3つは太平洋戦争が開戦し、反日感情が高まるさなかに残されたものだった。そして、その3つの断片が絶妙に絡み合い、ストーリーが展開していく。作家デビューを望…
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- AMERICAN BOOKS カリフォルニアを巡る物語
時は2014年のカリフォルニア。解体予定の家の屋根裏から発見された、推理小説と編集者からの手紙、そして手書きの原稿用紙。それら3つは太平洋戦争が開戦し、反日感情が高まるさなかに残されたものだった。そして、その3つの断片が絶妙に絡み合い、ストーリーが展開していく。作家デビューを望んだ青年の姿から見える、当時の日系人たちの悲しみ。驚愕の結末とともに、歴史の重みも網羅したミステリーだ。必読の1冊。
1941年12月7日、日系アメリカ人のサム・スミダがLAダウンタウンで映画を観ていると、突然映画館の灯りが落ちる。しばらくして再開された映画は全く別ものとなり、不審に思って外に出ると、世界は翌年の1月22日に変わっている。これはどうしたことか?
この小説には3つの物語の流れがあり、スミダの物語はそのひとつである。これは日系アメリカ人の新人作家、タクミ・サトーが書いている推理小説。それがNYの出版社によって出版されることになるのだが、その直後に真珠湾攻撃が起こり、日本はアメリカの敵となる。そのため編集者は日系人の物語を世に出すのは好ましくないと考え、サトーに主人公と著者名の変更を提案する。第二の流れはこの編集者がサトーに対して修正を指示する一連の手紙だ。そして第三の流れは、サトーが編集者の指示に従い、白人の名前で書いたスパイ小説である。この3つの流れが相互に影響し合いながら進んで行く本書は、知的スリルに富んでいる。
最初に構想された物語は、妻キョーコを殺されたスミダが犯人を突き止める話だった。ところがその話がボツにされ、サトーは朝鮮系のFBI捜査官、ジミー・パークが邪悪な日本人スパイ組織と戦う物語への変更を強いられる。第一の流れは、物語世界から唐突に弾き出された主人公の物語なのだ。時代が突如として真珠湾攻撃の後になり、スミダは周囲が敵意を剥き出しにしてくることに驚愕する。しかも、自分やキョーコが存在している(していた)証拠さえなくなっている。行き場をなくしたスミダは、手がかりを求めてLAのリトル・トーキョーを訪ねる。「ほかの二世たちとサケを飲んではおもしろおかしく英語と日本語をちゃんぽんにして冗談を言い合った」ところで、「あの界隈ではいまだにどこを見ても彼女の存在が」感じられるのだ(P156)。
こうした調査の結果、スミダはキョーコが日系人スパイ組織の殺し屋としてまだ生きていることを知る。これはつまり、サトーが物語の変更を余儀なくされ、キョーコをジミー・パークの物語で使ったため、スミダが登場する物語も変わってしまったことを意味する。キョーコがロングビーチの遊園地に潜んでいることを突き止め、スミダはそこに向かう。ジミー・パークの物語でも、パークが彼女を追ってこの遊園地に来る。客たちの喧騒と花火の騒音のなか、3人は対決する・・・・・・。
差し挟まれる編集者の手紙から、読者は作者のサトーが不本意ながら修正を受け入れていることを知る。編集者は利益優先で、ときには嘘までつき、相手の人格を無視した要求を続ける。唐突に世界から追放されたスミダの物語は、作者サトーのやるせない思いの反映なのだ。サトーはその後、マンザナー強制収容所に送られ、さらに日系人部隊に志願して、ヨーロッパ戦線に送られる。極上の娯楽小説でありながら、時代に翻弄された日系人の悲劇が浮かび上がる作品だ
●『青鉛筆の女』
ゴードン・マカルパイン著 古賀弥生 訳 創元推理文庫 1000円
雑誌『Safari』9月号 P239掲載