『ラスベガスをやっつけろ』(1988年)はトム・ウルフと並ぶアメリカのジャーナリストで作家でもあるハンター・S・トンプソンによる同名小説の映画化だ。物語は1970年代を舞台に、ジャーナリストのラウルと弁護士のドクター・ゴンゾーがクルマのトランクいっぱいにドラッグを詰め込み、目的地のラスベガスについてからもドラッグ漬けの日々を送る様子を描いたクレイジーなトリップムービー。内容が内容だけに、テリー・ギリアムが監督に、そして、ジョニー・デップがラウル役(原作者のモデルと言われている)に決まるまでには紆余曲折があったが、トンプソンはジョニーと面会した後、彼以外に自分を演じられる俳優はいないと確信したらしい。
トンプソンは余程ジョニーを気に入ったようで、アメリカ、テキサス州にある自宅の地下室に4カ月も住まわせ、原作の原稿や思い出の品を貸しただけでなく、自ら愛用しているパッチワークのジャケットやシガレットホルダーまで、様々な衣装を提供してジョニーの変身に手を貸したという記録がある。
つまり、この映画に登場する衣装は実際に原作者が手を通したホンモノ、または克明なリメイク。それだけに作り物ではなく、いわゆるヴィンテージでもない皮膚に馴染む70年代テイストがジョニー・デップというモデルを介して伝わって来る。アマゾン等の通販サイトでラウルの衣装を模したレプリカが販売されている理由はそこにあるのかも知れない。
さて、そんなラウル・ファッションの代表例が、前記のパッチワークのジャケットとプリントのプルオーバーシャツ、その下になかなかの上級コーデと言えるブルーのショートパンツ、そして、バケットハット&シガレットホルダー&黄色のティンテッドグラスという組み合わせ。または、全体に黄色い花があしらわれたパイルの半袖キャンプシャツだったりする。なぜ、普通のコットンではなくパイルなのか? トンプソンが酷く汗っかきだったからだ。パイルのキャンプシャツに合わせているのは、オフホワイトのキャンバス地で鍔の下から同じ緑のキャンバス地が見え隠れするバケットハットだ。
ちなみに、ラウルが愛用している〈コンバース〉のチャックテイラーオールスター、それに、ラウルとドクター・ゴンゾ(ベニチオ・デル・トロ)がロサンゼルスからラスベガスまでぶっ飛ばす1971型〈シボレー〉インバラコンパーチブルも、トンプソンが映画のために提供した私物。ジョニーは役作りのためにいつも乗っている愛車から〈シボレー〉に切り替え、クランクイン数カ月前から手慣らしたという。いったいどこまで本物にこだわったのか? 服から小物、果てはクルマまで、これほど見ていて楽しい映画はあまりない。
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