『ハンナだけど、生きていく!』(2007年)
2023年8月7日、女性の単独監督作としては初の世界興行収入10億ドル超えを成し遂げた『バービー』。日本ではSNS上のミーム騒動により、いささかマイナスイメージが付いた感もあるが、作品のクオリティは、また別の問題。とにもかくにも、グレタ・ガーウィグが注目すべき女性監督となったことは間違いない。グレタ・ガーウィグと言っても映画ファンでないかぎり、その名を知る人はごくわずかだろう。ここで改めて、彼女の経歴を紹介しておこう。
1983年に米カリフォルニアで生まれたガーウィグは、NYの大学を卒業後、映画製作の世界に飛び込んだ。最初に注目を集めたのは女優として。『グリーンバーグ』(2010年)や『抱きたいカンケイ』(2011年)、『ローマでアモーレ』(2012年)などに出演して頭角を現わす。しかし、女優業以上に彼女が興味を抱いていたのは脚本や監督などの制作の分野。2007年の『ハンナだけど、生きていく!』では、すでに主演とともに脚本を兼任。2008年には日本未公開の『Nights and Weekends』で脚本・出演とともに、すでに監督業にも着手していた。
『フランシス・ハ』(2012年)
転機となったのは脚本と主演を兼任した『フランシス・ハ』(2012年)。『イカとクジラ』で知られるインディーズ映画の鬼才ノア・バームバックの監督作ということもあり、映画ファンから熱い視線を浴びたばかりか、ガーウィグは本作の演技でゴールデングローブ賞ミュージカル・コメディ部門の主演女優賞にノミネートされ、さらに大きな注目を集めた。
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016年)や『20センチュリー・ウーマン』(2016年)といった話題作への出演を経て、監督と脚本に集中した『レディ・バード』(2017年)がアカデミー賞の監督賞と脚本賞にノミネートされ、クリエイターとしても大きな実績を築き上げる。続くオルコットの名著『若草物語』に基づく『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)も高評価を得て、それが『バービー』での大成功へと繋がっていった。
ガーウィグが制作者として関わった作品は、独特で魅力的だ。脚本作『フランシス・ハ』の時点で、彼女は現代女性の生きづらさをリアルに、そしてユーモアを込めて描いていた。19世紀の封建的なアメリカを舞台にした『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』では、それがより顕著になる。
『レディ・バード』(2017年)の撮影風景
断っておきたいのだが、ガーウィグは狂信的なフェニズムの闘士ではない。♯metoo運動が彼女の躍進にひと役買ったことは否定しない。が、ガーウィグの映画が高評価を受けた理由は他にある。それは男性にも同様の視線を向けていることだ。『レディ・バード』はガーウィグの半自伝的なドラマで、女性であるという理由だけで将来を狭められる高校生の苦闘が描かれていた。一方で、ゲイである男子生徒の苦悩もとらえられている。すなわち、男性の生きづらさも彼女の視野に収められているのだ。
女性はかくあるべし、男性はかくあるべし……長年にわたり、人間は性別のイメージに縛られ続けてきた。たとえば、女性は控えめでしとやかという美徳、男性はたくましい男らしさの概念。女・男問わず、そんな固定観念を打ち破り、より多くの人が生きづらくなくなる、そんな世界を築くことも可能なのでは? ガーウィグの映画には、そんな理想と希望が宿っており、そんなメッセージを押しつけがましくしない娯楽味もある。
『バービー』(2023年)の撮影風景
『バービー』は、そんなガーウィグ作品の発展形と言えるだろう。60年以上にわたって世界中で親しまれているバービー人形に発想を得たファンタジー。主人公バービーは人形だけの完璧な世界で生きている。そこには笑顔と楽しさしかなかったが、ふとしたことにより、その世界にひずみが生じはじめる。これを解決するため、バービーは男友だちのケンとともに人形の世界から、人間の世界へと旅立つ。
バービー人形の世界は基本的に女の子のもの。バービーとペアで売り出されたケン、すなわち男の子の人形は、ある意味、添え物でしかない。一方、現実の世界では、バービーの製造・販売をしているメーカーの重役たちは男ばかりだ。いずれも、どちらかの性が生きづらいことになっている。その融和を、ガーウィグは陽気なギャグを交えながら、ポップに描き切る。
女と男、メッセージ性と娯楽性、過酷な現実と楽しい現実。ガーウィグの強みは、それらのバランスが絶妙に取れていること。彼女の作品は、新しい世代に向けた新しいエンタテンイメントなのかもしれない。ともかく、今後も要注目の監督だ。
Greta Gerwig[グレタ・ガーウィグ]
1983年生まれ、カリフォルニア州出身。バーナード・カレッジ大学在学中にジョー・スワンバーグ監督の『LOL』(2006年)に端役として出演。『Nights and Weekends』(2008年、日本未公開)では脚本・出演とともに、監督業にも進出。
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photo by AFLO