『トップガン マーヴェリック』
例えばゲームの『フォートナイト』に夢中なウチの小学生の息子でもしっかり認識しているほど、2022年は明らかに激動の一年であった。
Withコロナの生活様式がニューノーマルとしてある程度定着する中、まず2月にはロシア軍のウクライナ侵攻が開始。激化する悲劇の泥沼はまだ全然終わりが見えない。そこから連動する形で国際情勢のパワーバランスの緊張が高まり、政治的にも経済的にも混迷は増すばかり。日本では7月の安倍晋三元首相銃撃という前代未聞の事件も起こり、それをきっかけに旧統一教会と政界の問題が大きな注目を集める流れになった。
9月にはエリザベス英女王の国葬なども行われたが、著名人の死では、ダチョウ倶楽部の上島竜兵、ザ・ドリフターズの仲本工事の突然の訃報なども衝撃だった。一方で11月から年末にかけては、面白すぎたFIFAワールドカップカタール2022。プロ野球ではヤクルトが“村神様”こと村上宗隆の大活躍でリーグ連覇(日本一に輝いたのはオリックス)を果たすなど、とにかく印象的なトピックが良くも悪くも満載である。
第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を獲得した『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督
さて、そこから翻り、ハリウッド並びに世界の映画界に目を移すと、最初の大きなトピックは、やはり2022年3月27日の第94回アカデミー賞授賞式における、俳優ウィル・スミスのビンタ事件であろう。長編ドキュメンタリー部門のプレゼンターを務めたクリス・ロックが、ウィル・スミスの妻で脱毛症に悩まされているジェイダ・ピンケット・スミスを、映画『G.I.ジェーン』に絡めたジョークでイジったことで、ウィル・スミスが激怒。つかつかと壇上に向かい、クリス・ロックの顔をおもっクソ平手打ちして大きな波紋を呼んだアレである。
えらいショボい話題だな、とツッコんだ方々も多いかもしれないが、そんなことはない。この事件の直後、日本では“愛する妻のために立ち上がって偉い!”など、ウィル・スミス擁護の声がマスコミでも多かったものだが、しかしハリウッドの反応は真逆だった。怒りという感情をセルフコントロールできない態度や、暴力、そしてFワード(放送禁止のダーティな言葉)はダメ絶対!なのだ。それまでのウィル・スミスは、米国の良心を象徴するほどのトップスターだったのに、瞬く間にせっかく積み上げたキャリアを一気にぶち壊すことになった。
もちろん同じアカデミー賞授賞式では、日本から濱口竜介監督が『ドライブ・マイ・カー』でオスカー(国際長編映画賞)を獲得したという素晴らしい朗報も特筆せねばなるまい。ただこのアカデミー賞でよく囁かれたのが、全体に作品自体が地味だということ。確かに日本でも、ウィル・スミスが主演男優賞を受賞した(そう、賞はもらったんですよ)『ドリームプラン』の興収は大苦戦したのに、ビンタ一発というドキュメンタリー映像は誰でも知っている。つまり“映画”よりも“現実”のほうがインパクトが強いじゃん、ということ。これはフィクションの創作全体が置かれている苦境、“『現実』>『映画』”という傾向を指し示す点において象徴的な事件とも言える。
『コーダ あいのうた』は第94回アカデミー賞で、作品賞、脚色賞、のほか写真のトロイ・コッツァーが助演男優賞を獲得
そう、冒頭に挙げた2022年の世界のトピックの強烈さでもわかるように、このご時世、現実より刺激のあるフィクションを創造するのは大変なのだ。例えばアカデミー作品賞に輝いた『コーダ あいのうた』は、日本では劇場でもしっかりヒットしたが(アメリカ本国ではもともとアップルTV+の配信作)、本作が大きな問題提起として投げかけたのは、ろう者(聴覚障害者)がメインの登場人物たちを、実際にろう者の当事者俳優たちが演じていること。
この『コーダ あいのうた』がエポックな一本として映画界に深いツメアトを刻んだことで、「マイノリティ属性(ジェンダー、人種、身体的ハンデなど)を持った役柄は、その当事者俳優が演じるべき」という論調の勢力がさらに増した。これには俳優の雇用問題がリアルに絡んでいる。つまり映画/ドラマ業界においては、長らくキャストの知名度や集客力が優先され、例えばろう者やトランスジェンダーなどの役柄も、非当事者であるスターに仕事を取られていた、というわけだ。
実のところ、これは業界的にも映画表現の質としても、かなり大きなシフトチェンジの可能性を示唆していると言える。これまでは俳優の役作りや演技力、すなわちフィクションを作り出す力が素直に賞揚されたものだが、いまや「でも、ウソじゃん」と一蹴されかねない。この種の本物志向も、“映画”より“現実”のほうが強くなっている件の一例だと言えよう。
もっとも日本では、名作と話題になった川口春奈&目黒蓮主演のテレビドラマ『silent』にしろ、まだ“当事者俳優問題”はさほど前面化していない。しかしハリウッドで2017年に起こった#MeToo運動のような性被害やハラスメントの告発が、日本ではこの2022年に吹き荒れたように、これから同様の問題がシリアスに浮上してくるのかもしれない。
『エルヴィス』
そんな中、フィクションとしての“映画”の魅力と醍醐味を我々にがっつり堪能させてくれた無双の一本が、『トップガン マーヴェリック』ということになるのだろう。社会現象級のフィーバーとなった本作の凄さに関しては、もはや言うまでもない。コロナ禍以降にもかかわらず、全世界での興収は歴代11位、全米では歴代5位。日本でも実写映画では2022年の圧倒的第1位で(アニメ映画も含むと『ONE PIECE FILM RED』と『劇場版 呪術廻戦0』に次ぐ第3位)、2010年以降に日本公開された実写映画すべての中でもトップに立った。もっともこの大傑作も、トム・クルーズというガチで命を張ってくれる稀代の映画人――すなわち超破格の“現実”のドキュメントという見方もできるのだが。
ちなみに『トップガン マーヴェリック』と同じく、2022年5月開催の第75回カンヌ国際映画祭のアウトオブコンペ部門でお披露目となった、バズ・ラーマン監督の『エルヴィス』も、日本の興行はパッとしなかったが米国では大ヒット。来年(2023年)3月12日開催の第95回アカデミー賞に向けた賞レースには、『トップガン マーヴェリック』以上の有力作として絡んでいる。ただ本作も20世紀最大の伝説的なポップスターのひとり、エルヴィス・プレスリーの伝記映画という強靱な“現実”が下支えになっている企画であることは否めない。
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
そう考えると、2009年にデジタル3D映像革命を起こした『アバター』の13年ぶりの続編――2022年12月16日に日米同時公開されたジェームズ・キャメロン監督の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が、現時点では想定ほどの興行成績を挙げられていないことも、やはり“フィクションの難しさ”という現在のモードを指し示す象徴的な一件かもしれない(『アバター』の第1作は全世界の歴代興収No.1の座を守っている)。ちなみに日本では、初週の興収が『THE FIRST SLAM DUNK』(3週め)、『すずめの戸締まり』(6週め)に次ぐ初登場第3位だったことも話題になった。さすがアニメの国、日本ならではの独特の現象である。(後編に続く)
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