『ハツカネズミと人間』×サリナス
舞台は1930年代、大恐慌時代のカリフォルニア。自分たちの農場を持つ夢を追う2人の労働者が個性的な人物たちと出会い、物語は動き出す。ひょんなことから夢は現実味を増すのだが、夢の実現を目前にした彼らを悲劇が襲う……。誰もが憧れる黄金の大地を舞台に困窮する主人公たち。だが、彼らの美しい友情とたくましさは、過酷な現実の中でよりいっそう際立ち永遠に輝き続ける。まるで黄金の大地のように。必読の名作だ!
文豪の温かい眼差しが光る永遠の名作!
冒頭は、「緑色をして深く流れている」サリナス川の描写ではじまるが、その後も登場するのはスズカケ、ヤナギ、トカゲ、ウサギ、アライグマといった動植物。この連載でこれまで紹介してきたカリフォルニアのアイコンである、気前のいいビキニを着たブロンド美女も、気取った物言いのハードボイルド探偵も、サングラスもドラッグもマリファナも、冷えたビールさえも出てこない。
本作の舞台は、カリフォルニア州中部にあるサリナス近郊の街、ソルダード。なかでも、ほの暗い淵の茂み、蹄鉄投げしか楽しみがない農場、馬屋の小さな差し掛け小屋が主なロケーション。作者ジョン・スタインベックの、土と草と汗の臭いがページに染みつくかのような筆致は、ピューリッツァー賞を受賞した次作『怒りの葡萄』と共通する世界観だ。
主な登場人物は、世界大恐慌下のアメリカで職を求めて彷徨う季節労働者のジョージとレニー。「小柄で機敏、顔が浅黒く、ぬけ目のない目をして」いるジョージと「これと正反対の大男で、顔にしまりがなく、大きな薄青い目と幅広いなで肩をしている」レニー。「いろんな色のウサギを飼おうね、ジョージ」「赤や青や緑のウサギをな、レニー」「毛のふさふさしたのをな、ジョージ」「ああ、毛のふさふさしたのをな」「おら、どこかさ行っちまったって、いいんだよ、ジョージ」「地獄へ行っちまったっていいよ。さあ、もう黙れ」
こんな序盤の2人の掛け合いは、西海岸の弥次喜多と呼びたくなる雰囲気だ。2人は農場で、働き者のラバ使いのスリム、ボスの息子の元ボクサー・カーリーと美しいその新妻らと出会う。多額の貯金を持つ孤独な老人キャンディとは「小さな土地を持つ」という共通の夢を抱くことになり、物語は動き出す。
ジョージは語る。「そこは十エーカー(中略)小さな風車がある。そこに小さな家がたち、ニワトリ小屋もある。炊事場も果樹園もある」
レニーも続ける。「おれたち、土地のくれるいちばんいいものを食って、暮らせる」
そしてキャンディが総括する。「みんな土地を欲しがっているさ。多くでなく、わずかでいいから、だれもが土地を欲しがっている。(中略)だれからも追い出されないところをな」
この主張こそが当時のアメリカンドリームなのではないか。当時、働くことは死ぬことと生きることに直結していた。希望と諦念はコインの裏表。彼らの渇望する「すてきなもの」の正体とは?
そして、ささやかな夢を実現できるのだろうか? スタインベック自身が戯曲化した『二十日鼠と人間』が今秋、三宅健主演で舞台公演が開催される。ジョージとレニーの切なく儚く愛おしい旅がどう再現されるのか非常に興味深い。