書道家・現代アーティストの郷祥が描く「書」とは?
「書道を文化としてではなく、芸術として日本を守る存在に」ーーー 「書道」と聞くと、ちょっと堅苦しい世界を想像する人も多いかも。でも書道家・現代アーティストの郷祥(ごうしょう)の作品は、そんなイメージをがらりと変えてくれる。静けさの中にある力強さ。白と黒が織りなすリズム。伝統をベースにしながらも、現代アートのフィールドで自由に表現を続ける郷祥に、自分の「書」について語っていただいた。
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ー書道家になったきっかけを教えてください。
幼い頃から書道を習っていましたが、当時は書道だけで生計を立てることは難しいと感じ、進学して、一度は一般企業に就職し、会社員として働いていました。会社員として充実した日々を送っていたのですが、その中で「自分にしかできないことはなんだろう」と改めて考えるようになりました。自問自答した結果、自分の原点である書道をもう一度本気で極めようと決意したことが、書道家としての道を歩み始めたきっかけです。
ーアーティスト活動を始めたのはいつ頃ですか?
本格的に始めたのは3年ほど前です。書道師範の資格を取得した時、「書道は芸術じゃない」という事実を知って愕然としました。東京藝術大学をはじめとする芸術系の大学に書道科はなく、政府も書道を登録無形文化財にして、文化として保護しています。そこで、自分が“芸術としての書”を追求していこうと決意しました。
ー現代アートとして評価されるために意識していることは?
意識しているのは、コンテクスト(歴史との関係)、オリジナリティ、コンセプトの3つです。これらを常に意識して、作品を学術的に説明できるよう努めています。また、一目見ただけで私の作品とわかっていただけるよう、墨と紙には強いこだわりを持っています。特に作品で使用する墨は、原材料を産地から取り寄せ、自分で調合しています。この墨のレシピを作り上げるのに3年の歳月を要しました。現在では職人不足の影響もあり原材料を取り寄せることも難しくなっているので、作家活動を通して、そうした日本古来の伝統を残したいという想いもあります。
ー紙にもこだわりがあるんですね。
使用しているのは撥水性・耐水性のある特殊な紙です。これにより、墨を流したり拭き取ったりといった引き算のアプローチが可能になり、従来の書道とは異なる表現ができます。
ー作品は「三層構造」になっていると聞きました。
一層目は現代アートとしての側面、二層目は書道としての側面、そして三層目には作家自身、郷祥としての側面です。これらの要素を共存させ、作品に奥行きを持たせています。
ー書道としての側面について教えてください。
日本の場合、「書」は「書道」と呼ぶので、「道」、つまり日本人の精神性を表現することを大切にしています。例えば、侘び寂び、引き算の美学、素材を生かすという考え方です。侘び寂びを表すため、作品にはあえてトップコートを施さず不完全さを意識し、経年劣化も含めて作品が一緒に年を重ねるようにしています。また、墨を置いた後は、削ったり拭き取ったりと引き算の要領で制作することで、下地の白を活かします。これにより「黒を知ったあとの白」となり、素材の本来の力を引き出す表現をしています。これは、レイヤーを重ねていく伝統的な西洋絵画との対比でもあります。墨で黒を描いているように見えて、実は白を際立たせるために墨を使っています。白が主役なんです。
ー郷祥さん自身としての側面はどのように表れていますか?
私のテーマは「相反する二面性の共存」です。画面上における白と黒、自然美と人工美、描くと削るなど、一見対立するものを一つの作品の中に共存させています。シリーズによっては、デジタルとアナログの領域を横断した作品もあります。こうした複層的な構造が、私の作品の特徴です。
ー作品制作にはどれくらいの時間がかかりますか?
新しいシリーズとなると構想には少なくとも数か月かけます。一方で、本番は一発勝負です。墨が乾くまでの間が勝負なので、極力自分を排除し、墨に身を委ねる感覚で製作しています。
▲⚪︎は〈Individuality〉(各26万4000円)、花の絵は〈Existence〉(15万8400円〜)、Vは〈Waveform〉(15万8400円〜)、筆の動きで風を表現した〈KAZE〉(15万8400円〜)、写真のように見える〈Natural〉(16万5000円〜)と、それぞれシリーズ名がついている
ーシリーズごとの絵の見どころを教えてください。
「○」のシリーズは〈Individuality〉=個性がテーマ。同じ記号を描いても、墨のにじみや流れ方で全く違う表情になるんです。人間も同じで、みんな違うという“多様性”を表現しています。また、「○」は、日本人にとっては特別な意味をもっています。縁起物だったり、禅の要素も含んでいる。そういう文化的な意味合いも込めてます。
「花」は〈Existence〉というシリーズで、こちらは“どうやって作られたか”に注目してもらいたい。私の作品は「足し算」じゃなくて「引き算」でできています。削ったり、拭き取ったりして黒の中から白を浮かび上がらせるんです。ただの白じゃなくて、“白以上の白”を目指しています。
Vのマークの〈Waveform〉シリーズは、植物の生体電位(植物の声)を特殊な機械を用いて波形化し、声なき声を墨で描いてます。植物って、分解すると有機化合物、つまり炭素で構成されていますよね。だから、炭素が主成分の墨で描くことにも意味があると思っています。
〈KAZE〉は、そのまま風を表現しています。風って目に見えないじゃないですか。でも現代アートって、そういう見えないものを可視化する役割があると思っていて。筆の動きで風を表現して、乾いた後にまた削って三角や四角の形を浮かび上がらせてます。人工物の象徴として「窓」のような構造にして、人と自然の関係性、 “せめぎ合い”と“調和”、その二面性を表しています。
ー額装された「Natural」シリーズは、まるで写真のようにも見えます。
このシリーズはまさに写真的なアプローチで、大きな作品を切り取って制作しています。元は一つの大きな作品なので、作品は兄弟のような存在で、そこにはストーリーが存在します。額に入れるとますます写真っぽく見える。でも実際は墨で描いている。そこで「じゃあ本物って何?」っていう問いを投げかけたい。また、このシリーズは見る人によって、川の流れ、雷、地層、惑星……いろんな風に見えるんですよね。ミクロにもマクロにも。そこも面白いと思っています。
ー活動を通して伝えたいことは?
「文化として守られる書道」ではなく、「芸術として日本を守る書道」にしたいというのが一番の願いです。作品を通して、墨の可能性を感じ取っていただき、現代アートとしての書を国内外に広められればと思っています。
ー今後の目標を教えてください。
アートバーゼルへの出展が目標です。業界で最も権威ある場の一つなので、競争も激しいですが、「書」の歴史を更新できるよう、これからも挑戦を続けていきます。
郷祥
書道家・現代アーティスト。香川県高松市在住。美術史の文脈と真摯に向き合い、書道家としてのバックグラウンドと独自に調合した墨と削る技法を活かし、作品を制作。また、日本人の精神性や自身の美意識である「相反する二面性の共存」も作品に反映。伝統を重んじつつ、革新的かつ現代的な表現で書の新たな可能性を切り拓いている。現在、書道を“守られる文化”ではなく、“芸術として日本を守る存在”にすることへの強い使命感を持ち、現代アートの分野に挑戦。これまでに、フランスの公募展「ル・サロン」入選、「サロン・ド・アール・ジャポネ2022」グランプリ受賞、「Forbes JAPAN」・「美術手帖」への掲載、さらにミシュラン掲載店への作品納品など、国内外で高い評価を受けている。
取材協力:京王百貨店新宿店6F アートスクエア
白を基調としたシンプルで洗練された空間には、絵画や写真、現代アート、書道作品など、多彩なジャンルの展示が並び、約30席の鑑賞スペースでじっくりと作品と向き合えるのが魅力。旬の現代アーティストによる個展や映画関連の展示など、幅広い企画が開催されている。また、ドリンクやフードのテイクアウトコーナーも併設されており、テイクアウトコーナーでご購入いただけるドリンクを片手にアート鑑賞といった楽しみ方もできます。
■住所:東京都新宿区西新宿1丁目1-4 京王百貨店 新宿店 6階
■営業時間:
[アートコーナー]午前10時~午後8時
[テイクアウトコーナー]午前10時~午後8時
※テイクアウトのラストオーダーは閉店30分前まで
※店休日・営業時間変更は、新宿店に準じます。
●Safari Lounge
URL:https://safarilounge.jp