〈パネライ〉ラジオミール “PANERAI RADIOMIR”
〈パネライ〉はいまや押しも押されもせぬ人気ブランドだが、 1997年まではその存在がベールに包まれていた。 なぜならイタリア海軍のミッション時計だったから。 ラジオミールは、その最初の軍納品モデルのDNAを クラシカルな外観で現代へと受け継いでいる。
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ケース径45mm、手巻き、SSケース、カーフストラップ。63万円(パネライ/オフィチーネ パネライ)
4方向アラビア数字となる初代と同じ2針は、最も〈パネライ〉らしい。8日間駆動の手巻き自社製 Cal.P.5000を搭載。
❶40mmオーバーの大型サイズ
軍の潜水士のミッション遂行のため、〈パネライ〉は大型のケースで防水性と耐衝撃性とをかなえていた。ラジオミールはその伝統を受け継ぎ、ケース径45mmと47mmを主力モデルとする。最も小さいモデルでも、42mmの大型。
❷クッション型ケース
ケースサイドが柔らかな曲線を描くクッション型のケースは、軍に納品した〈パネライ〉初の腕時計からの伝統。もうひとつの主力コレクションのルミノールで見られるリュウズプロテクターはなく、外観はよりクラシカル。
❸4⑶方向アラビア数字
ダイヤルのインデックスの12・3・6・9に大型のアラビア数字を用いることで、針位置の目安となって視認性を高める。〈パネライ〉を特徴づけるダイヤルのデザインは、海中でより見やすくすることを追求した結果生まれた。
1920年代の伊海軍潜水士。パネライの水中コンパスを装備する
こちらはラジオミールと同じ1936年に製造されたアイリーン号
〈パネライ〉の歴史は、1860年にフィレンツェに開業した時計店にはじまる。20世紀初頭“スイス時計店”の名でイタリア国鉄と海軍への時計納入業者となり、1916年には強力に自発光する夜光塗料、その名もラジオミールの特許を取得。それを用いた様々な水中用計器の製作で、軍からの信頼を強固なものとした。
またスイス時計店は、イタリア初の時計学校としても機能していた。1930 年代初頭、時計製作もできる同店に、軍はミッションウォッチの製作を依頼。こうして1938年に誕生した時計が、今あるラジオミールのルーツだ。
現在の〈パネライ〉の前身である“スイス時計店”の名の発案者は、創業者ジョヴァンニ・パネライの孫、グイド・パネライであった。経営手腕に長けたグイドは、イタリア国鉄と軍に契約を取りつけ、納品業者となったことで業績を大きく伸ばした。さらに彼は、硫化亜鉛や臭化ラジウム、メソトリウムなどを合成した発光物質を開発。 1916年にフランスで特許を出願する際、これをラジオミールと名づけた。またイギリスでも、ラジオミールは特許を取得している。
発光輝度が大きく、また水中での接着にも優れていたラジオミール塗料は、イタリア海軍に納品され多くの計器に採用されていく。まず標準機で使われ、またスイス時計店も水中用コンパスなどラジオミールを用いて製作し、海軍にも納品していた。こうした実績が認められ、また創業当時から時計学校と時計工房も兼ねていた技術が買われ、 1930年代初頭にイタリア海軍からミッション時計の製作が依頼されることとなった。
●サンドイッチ ダイヤルプレートにラジオミールで大きくインデックスを描き、その上にインデックスをカットアウトしたプレートを重ねたサンドイッチ構造で、海中での視認性をいっそう高めた
地中海に突き出た格好のイタリアは、海上防衛が重要視された。そんな地理的理由もあり海軍に特殊部隊が設けられたのだ
試作品が完成したのは、1936年。47mmのクッション型ケースにワイヤーループ式アタッチメントを溶接し、そこには潜水服の上からでもつけられる長いストラップが取り付けられていた。そしてインデックスと針とには、ラジオミールが施されていた。これをベースに改良を施し、1938年に海軍に正式に納品されたのが、現在のラジオミールのルーツ。1940年代には、ワイヤーループ式のストラップアタッチメントが、一体化ラグに変更された。
昨年まで“ラジオミール”と呼ばれていたシリーズは、これをモチーフとする。1949年、新たな発光物質ルミノー ルが発明されたことで、ラジオミールの時代は終わりを告げる。そして伊海軍初のミッションウォッチは、 50年以上にわたり、厚いベールに包まれたのだ。
●ラジオミールの特許書!
ラジウムベースの自発光塗料ラジオミールは、1916年にイタリアで、後にフランスで特許を取得した
●イタリア海軍SLC!
第2次世界大戦で使われたイタリア海軍の特殊潜航艇SLC。人間魚雷とも“マイアーレ(豚の意)”とも呼ばれた。特殊潜水隊員の腕には〈パネライ〉の時計があった
イタリア海軍の要請で製作されたラジオミールと、その後を継いだルミノールは、いずれも軍事機密のひとつとして、その存在が長く秘匿されてきた。 1989年に東西冷戦が終結したことで、〈パネライ〉ははじめて民生用の時計の製作が可能となったのだ。 ’93年にルミノー ル、ルミノール マリーナ、マーレ ノス トゥルムをイタリアで発表。'97 年にヴァンドームグループ(現リシュモングループ)の傘下となり、翌年に世界市場へと打って出る。
その際に発表されたモデルのひとつに、プラチナ製のラジオミールがあった。外観は1938年の納品モデルを再現し、ロレックス製のオールドムーブメントを搭載。実は、軍用ラジオミールも、長くロレックス製ムーブメントが採用されていた。つまり外観だけでなく機械も含めての、完全復刻だったのだ。
右:〈パネライ〉の前身であるスイス時計店。創業の地はアルノ川に架かるアッレ・ グラツィエ橋で、橋の拡張工事で移転を余儀なくされ、市内を転々した後、1880年頃写真のサン・ジョヴァンニ広場に落ち着いた。今も同じ場所に、ブティックがある 左:〈パネライ〉が製作し、伊海軍に納品していた水中用コンパス。方位目盛りにはラジオミールが使われている
以降ラジオミールから、多彩なオールドムーブメントが搭載された限定モデルがリリースされてきた。2000年には初のレギュラーモデルとして“ラジオミール40mm”が登場するが、ケースはホワイトゴールド製。2002年に42mmのSS製レギュラーモデルが登場するまで、ラジオミールは、〈パネライ〉の高級ラインと位置づけられてきた。
2005年、〈パネライ〉は初の自社製ムーブメントP.2002を発表。ラジオミールにも搭載モデルが発売された。さらに2007年には、それを垂直回転トゥールビヨンへと進化させたP.2005搭載モデルが登場している。外観で大きな変革がもたらされたのは、2012年。前述した1940年代にあった一体化ラグのケースを復刻。“ラジオミール”の名でリリースしたのだ。クラシカルながら力強い外観で人気に。2019年には、ラジオミールに統合されたが、今もコレクションを彩って、〈パネライ〉の歴史を今に伝える。
前述のように、〈パネライ〉は2019年コレクションを統合・整理した。今あるのはルミノール、ルミノールドゥエ、サブマーシブル、そしてラジオミールの、個性が異なる4つのコレクション。これら4つは、1940年代のラジオミールの太いラグを受け継ぐ新作 。どれもダイヤルは、ソリッドなマッドグリーンが採用されている。
ミリタリー時計がルーツのラジオミールには、まさにピッタリの色。ドーム型のサファイアクリスタルでヴィンテージ感を増した外観に、それぞれ異なる自社製ムーブメントが搭載されている 。すべて実際に手に入れられるのは、パネライブティックだけだ。
ケース径45mm、自動巻き、SS ケース、カーフストラップ。123万円(パネライ/オフィチーネ パネライ)
下記でご紹介する、PAM00998とPAM00999の2本のムーブメントのベースとなった、付加機能がないCal.P. 4000を積む。2針+スモールセコンドのシンプルなダイヤルで、〈パネライ〉らしさがより際立った。
ケース径45mm、自動巻き、SSケース、カーフストラップ。132万円(パネラ イ/オフィチーネ パネライ)
マイクロローターを採用した自社製自動巻きP. 4001を搭載。GMTと日付、9時位置の昼夜表示に加えて、裏蓋側にパワーリザーブ計を装備する。
ケース径45mm、自動巻き、SS ケース、カーフストラップ。135万円(パネライ/オフィチーネ パネライ)
PAM00998とムーブメントのベースは同じで、こちらはダイヤル側にパワーリザーブ計を置くCal.P. 4002を搭載する。
ケース径48mm、手巻き、セラミックケース、カーフストラップ。146万円(パネライ/オフィチーネ パネライ)
漆黒のセラミックで、48mmの超大型ケースがより屈強さをまとった。自社製最大の手巻きCal.P.3000を搭載。小ぶりなスモールセコンドがアクセントに。
センターローターとマイクロローターの各自動巻きに、手巻きと自社製ムーブのラインナップは、実に豊富。クロノグラフやトゥールビヨン、さらに天体表示まで自社でかなえる
2005年以降、自社製ムーブメントの開発を積極的に推進してきた。2014年にはスイス・ ニューシャテルの丘陵地に、広大な新マ ニュファクチュール(工場)が完成。最新の工作機械が導入され、高性能な自動化マシンも整備。量産性と高品質とをハイレベルで両立させ、自社製ムーブの信頼性はいっそう高まった。
●オフィチーネ パネライ
TEL:0120-18-7110
雑誌『Safri』2月号 P214〜217掲載
text : Norio Takagi