〈マンダリン オリエンタル〉を牽引するシェフ、
ティエリー・マルクスの “食” 哲学が面白い!
ティエリー・マルクスってご存知? もし知らなければ、これを機に是非覚えてもらいたい。なぜなら、彼は〈マンダリン オリエンタル パリ〉の総料理長であり、ホテル内に自身の2ツ星レストランを構える、フランスを代表する世界最高峰のシェフだから。しかし、彼がスゴイのは、実はそこだけじゃない。頭の中を駆け巡っている斬新な料理学が実に面白いのだ。そんな彼は2012年、オルセー大学にラボを設立。シェフがラボ? と、不思議に思うかもしれないが、彼は分子調理学の化学者とともに料理の実験を行っているほど。そう、彼が見据えているのは、まだ見ぬ“未来の料理”なのだ!
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だから、心に感動を残したい!
「料理とは、食べた瞬間になくなってしまう儚い芸術と同じです。残るものといえば、美味しかったという思い出だけ。だからこそ、料理で“感動”という思い出を持ち帰ってもらいたい」。その強い信念を実現するためにマルクスが行なっているのが、新しいレシピの開発。というのも、食べ手の感動は“新しいレシピを次々に生み出すことによって生まれる”と考えているからだ。2012年にオルセー大学内にラボを設立したのも、レシピ開発のため。総料理長としてのお客様に対するもてなしの心が、彼を実験に駆り立てている。
マルクスが総料理長を務める〈マンダリン オリエンタル パリ〉。ホテル内の“シュール ムジュール パール ティエリー・マルクス”は開業後わずか半年でミシュラン2ツ星を獲得
“大きな交差点”!
パリの中心地に建つ〈マンダリン オリエンタル パリ〉は、マンダリン オリエンタル ホテル グループの中でもひと際好立地にあるホテル。ここでは、グループ理念の “Sense of Place”、すなわち“ホテルがある土地の文化や歴史を取り入れていく”ということが、レストランでもきちんと遂行されている。「パリは人、物、情報、そしてフランス各地の食材が集まる大きな交差点」だとマルクスは言う。そして、その利点を生かし、革新的な料理を作ることこそが、パリの料理人の使命だと彼は考えている。
パリの中心地サントノレ通りに建つ歴史的建造物を改装し、2011年にオープンした〈マンダリン オリエンタル パリ〉。スイートのテラスからはヴァンドーム広場やオペラ座を見渡すことができる
彼の料理哲学が表れた名物!
マルクスの革新的な料理の例として、最も有名なのが“もやしのリゾット”。細かく切ったもやしを米粒に見立て、セップ茸のスープ、ムース、パルメザンチーズの泡と組み合わせたスペシャリテだ。粒々のもやしの食感と、きのことチーズの芳醇な香りが印象的なこの一品は、まさに記憶に残る味わい。「もやしがこんなに洗練されたフランス料理になるとは!」とマルクスに驚きを伝えると、「もやしのような外国から来た野菜を上手に料理に使うことも、パリで料理をする醍醐味」と答えてくれた。
パリの“シュール ムジュール パール ティエリー・マルクス”で好評の“もやしのリゾット”。この名物が誕生したのは、10年以上前のことだ。もやしはパリでは一般的な野菜ではない。じゃあ、「どんな経緯でもやしのレシピが生まれたの?」とマルクスに尋ねると、こう教えてくれた。「パリの中でも庶民的な地区に住んでいた頃、そこには多くのアフリカ系やアジア系の方たちが住んでいました。そして、その周辺にはもやしが売っていたんです。しかし、当時フランス人はもやしがなんだか知らなかったし、アジア人でなければあえて買うものでもない状況でした。でも、私はそのもやしに興味が湧いて買い、家で細かく切ってみたんです。すると見た目が米に似ていたんです。そこで、もやしをお米に見立てて、リゾットにするのはどうかと考えました。試してみたら、米より短時間で火が入り、食感も面白いと。それがこのレシピが生まれたはじまりです」。彼にとっても、何事も挑戦してみることが大切だと気付かされる出来事だった。
既存するレシピの中にはない
マルクスは、食べ手の感動は革新の先にあり、革新的な料理を作ることがパリの料理人の使命だと考えている。では革新はどこから生まれるのかといえば、実験からだという。
「昔のレシピの中にイノベーションはありません。イノベーションを作り出すには、リスクを承知で実験するしか方法はないのです」
分子調理学の化学者ラファエル・オーモンとともにラボを設立したのは、こんな信念があるからなのだ。
“フューチャーフード”
フレンチ・フード・イノべーションセンター(FFIC)は、マルクスが化学者とともにオルセー大学内に設立した実験施設。そこでは新しいフレーバーや食感、調理法などの実験が行われている。最近では、なんと、宇宙飛行士のトマ・ペスケの要望で宇宙食を開発。宇宙ステーションの中で運動ができない宇宙飛行士のための宇宙食だ。開発された低カロリーのデザートをはじめ、科学的に、そして味にも満足いくものを作り上げた。もちろん実験の成果はホテルの料理にも生かされている。
革新的なものが生まれる!
FFICでマルクスがともに実験に取り組んでいる化学者ラファエル・オーモンの専門分野は、分子調理学。分子調理はかつてバッシングを受けたが、マルクスはその理由を「料理のスタイルとして分子調理が取り上げられたため」だと分析。「分子料理は、スタイルではなく、進化のための道具です。革新的な料理を作るためには、科学を味方につける必要があると考えています」。
フレンチ・フード・イノべーションセンターで分子調理学の科学者らと実験に取り組むマルクス。「食べるということは、幸せ・健康・喜びに繋がらなくてはいけない。料理には、まだまだやれることがたくさんある」と言う
今やるべきことが見えてくる
マルクスは、研究を行う際に大切なのは、長期的な視点を持つことだと言う。
「たとえば2050年に照準を設定したら、そこから現在を振り返ってみるのです。そうすると、今なにをするべきなのかがわかってくるはずです。2050年の地球は、人口が97億人に増え、水が不足していることが予測されますから、水を大量に消費する家畜の飼育は控える必要があるでしょう」
2050年のコース料理は、2割を動物性タンパク質、8割を野菜で構成するのが理想的となっているはずだと言う。
左/〈マンダリン オリエンタル パリ〉のティエリーのレストラン“シュール ムジュール パール ティエリー・マルクス”は、インテリアも未来的 右/液体窒素の白い煙が未来的な雰囲気を醸し出す“貝の瞬間ジュレ”
パリでは近未来的な
建物作りを目指している
マルクスの研究対象は、これまで見てきたとおり幅広い。現在の研究対象には、自給自足できる“自立型の建物”まで含まれているほどだ。料理人の枠を超えたスケールの大きさには驚くばかりだが、いったい自立型の建物とはなんなのか? 彼によると未来の建物は、その建物内で食物を生産し、発電もすることが理想。
〈マンダリン オリエンタル パリ〉の屋上に設けられたベジタブルガーデンや養蜂施設は、都会に自立型の建物を実現させる研究の第一歩らしい。
建物内での自給自足を未来の目標とするマルクスは、ホテルの屋上にベジタブルガーデンを設置。野菜やハーブを育てることを通して、スタッフに自然と食物の大切さを教えたいとも考えている
男性は知っておくといい
地球の未来に関して、最後に軽い話題を1つ。男女が出会い、恋愛の最初のステップとして女性を食事に誘うとき、男性は何に気をつけたらよいだろう? このテーマに関して、マルクスはこんなアドバイスをくれた。「男性は料理の量に満足しがちですが、必ずしも女性はそうではありません。私は、食事において女性が満足を感じるタイミングは3つあると考えています。それは“目で愛で、素材を味わい、そしてもう少し食べたいと思うとき”です。このもう少し食べたいというフラストレーションともとれるこの気持ちが、また食べたいという欲求に繋がり食事の満足感を誘うのです。この男女の違いを知っておくといいですね」。
女性客の心を掴むシェフの言葉は、説得力に満ちている。今まで考えたこともない女性の満足感、知っていたらエスコートの仕方も変わってくかも!
宇宙食の開発や地球の未来に至るまで、深く幅広く研究を続けるティエリー・マルクス氏。実験の成果を取り入れた革新的な料理だけでなく、その深~い洞察力も一流で、話を聞くほどに知的好奇心が刺激されるのだった。春には、“フューチャー フード”のディナー体験イベントも開催されるようなので、パリにお越しの際は、是非、〈マンダリン オリエンタル パリ〉へ寄って、料理を堪能してみては?
●“フューチャー フード” ディナー体験イベント
期間:2019年4月9日(火)~13日(土)
場所:〈マンダリン オリエンタル パリ〉内の“シュール ムジュール パール ティエリー・マルクス”、“バー「8」”、ワインセラー
内容:上記でも紹介したような、2050年の食に関する見解に基づいた、未来の食への旅を体験することのできるディナーイベント。1日限定30名。このイベントの中では、トマトの低温凝縮とフリーズドライ、半透明なチョコレートとシュガーフリージャム、ワインペアリング(バイオダイナミックワインと野菜をカプセル化したものの組み合わせ)が紹介される予定。
●マンダリン オリエンタル パリ
住所:251 RUE SAINT-HONORÉ, PARIS, FRANCE
TEL:+33-1-70-98-78-88
URL:www.mandarinoriental.co.jp/paris/