“21世紀的”な世界像を先取りした傑作!
ツメアト映画~エポックメイキングとなった名作たち~Vol.1『マトリックス』編
1999年。映画の21世紀は、前倒しでこの年から、はじまったのかもしれない。そう、当時の最新VFXにより鮮烈なヴィジュアル革命を起こしたSF映画『マトリックス』。本作の登場からハリウッドの映像やアクションの水準が一気に爆上がり。『アイアンマン』(2008年)からスタートしたマーべル・シネマティック・ユニバース(MCU)だって、あるいはクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』(2010年)や『TENET テネット』(2020年)だって、この映画の深いツメアト抜きには考えられない。
お話のざっくりした大枠は、救世主として覚醒したハッカーのネオ(キアヌ・リーヴス)が、コンピュータ・プログラミングに支配された世界=サイバースペースで、人類存続をかけた戦いに挑む――というもの。
ジャンルとしては、1980年代に流行したSFの派生形である“サイバーパンク”の延長にある。主に電脳空間や高度ネットワーク、サイボーグなどをモチーフとし、お先真っ暗な近未来の荒廃を描きながら、社会システム批判を全体の輪郭とした作風。
たしかに『マトリックス』は、サイバーパンクの代表的な作品群から露骨に影響を受けている。ウィリアム・ギブスンの小説『ニューロマンサー』をはじめ、フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作とする映画『ブレードランナー』(1982年)や、大友克洋の『AKIRA』(映画版は1988年)、士郎正宗のマンガ『攻殻機動隊』(押井守監督が1995年に映画化)など……。ぶっちゃけ「総まとめ」みたいな内容だ。
ほかにも『マトリックス』は様々な「引用」の混合物として知られる。例えばネオや、ヒロインのトリニティ(キャリー=アン・モス)らがぶっ放す二丁拳銃は、香港ノワールの金字塔『男たちの挽歌』(1986年)でジョン・ウー監督が発明したスタイルのパクリ……失礼、オマージュである。さらに『ドラゴンボール』からの影響も甚大で、シリーズ第2作『マトリックス リローテッド』、第3作『マトリックス レボリューションズ』(共に2003年)と回を重ねるたびに、どんどん良く似た(時折そっくりな)バトルシーンが登場するようになったのも有名。
こういう日本のマンガ&アニメや香港アクションといった娯楽系だけでなく、例えば『不思議の国のアリス』の作家で数学者でもあるルイス・キャロルの"マトリクス暗号"や、思想家ジャン・ボードリヤールの著作『シミュラークルとシミュレーション』なども混ぜ込んでおり、結果として"もはやオリジナル"な領域に到達しているのだ。
とりわけ決定的に新しかったのは、我々が体感している日常こそが、実は仮想現実だった……という基本設定。ヴァーチャル・リアリティと現実世界を等価なものとして扱うフィクションなど今では珍しくないが、当時は画期的。この感覚はインターネット時代――常にスマホなどの電子機器が脳と接続され、身体性と機械性を融合させながら生活する“21世紀的”な世界像の先取りだったと言えるのだ。
また映像革命の点においては、なんといっても“バレットタイム”と呼ばれるマシンガン撮影が凄かった。ネオがイナバウアーを連想させる“えびぞり”で弾丸をよけるシーンはパロディを無数に生み、あの北野武監督だって『監督・ばんざい!』(2007年)でギャグに使ったほど。
ちなみに北野武は、ウィリアム・ギブスンの短編小説『記憶屋ジョニー』を映画化したロバート・ロンゴ監督の『JM』(1995年)で、キアヌ・リーヴスと共演している。この『JM』は『マトリックス』の前哨戦みたいな映画であり、もはや誰も覚えていないと思うが、ぜひチェックしてみて欲しい。
『マトリックス4』の撮影風景。右にいるオレンジヘアーがラナ・ウォシャウスキー監督
さて、偉大なる『マトリックス』並びに3部作が世に放たれてから約20年。その間に監督のラリー&アンディ・ウォシャウスキー兄弟は、ラナ&リリー・ウォシャウスキー姉妹となり(2人とも性転換を行った)、キアヌ・リーヴスは『ジョン・ウィック』シリーズ(2014年~2019年)のジョン・ウィックという新たな当たり役を得た。そして本年(2021年)12月22日に、いよいよ『マトリックス4』の全米公開が予定されている。この久々の最新作に、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの主題歌『Wake Up』は流れるのだろうか?
『マトリックス』
製作年/1999年 監督・脚本/ラリー&アンディ・ウォシャウスキー 出演/キアヌ・リーブス、ローレンス・フィッシュバーン、キャリー=アン・モス、ヒューゴ・ウィーヴィング
photo by AFLO