ネットフリックスの会員になったら、
まず観るべきは『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』!
先日、2020年末時点の世界の有料会員数が2億366万人になったと明らかにしたネットフリックス。ますます、その勢いが加速しているなか、昨年5月の配信開始以来、絶賛評が止むことなく、人気の広がりを見せ続けている映画がある。時間が経ってなお話題に上り続けているのは、この作品が折に触れ見返したくなるものだからか。『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』はそんな1本だ。
傑作を引用した演出力に唸る!
物語の舞台は、アメリカの田舎町。母親を亡くし、父親と2人で暮らす中国系アメリカ人の高校生エリーは、相容れない同級生たちに囲まれながら、半ば諦めモードで学校生活を送っている。成績がよく、同級生たちに頼まれたレポートの代筆も淡々とこなす(お代はちゃんといただく!)エリーを担任教師は気にかけ、彼女を花開かせるような大学への進学を促すが、エリーの態度はどこまでもクールだ。
主人公のエリー(リア・ルイス)は、父親と2人暮らし。都会のグリネル大学に進学を勧められるが、父親のことが気になり地元の大学を検討している
そんな中、アメフト部のポールが、ラブレターの代筆をエリーに依頼する。宛先は、学校で一番の美少女アスター。美しさだけでなく知性も備えたアスターは、ポールにとって高嶺の花だ。そればかりか、実はエリーもアスターに恋している。そうとは知らないポール、そして恋心をひた隠すエリーは、アスターを射止めるための『シラノ・ド・ベルジュラック』作戦を遂行することになるが……。
写真中ポール(/ダニエル・ディーマー)は、アメフト部に所属するスポーツ男子。文学に疎く、奥手な性格のため、アスターの前では会話も上手くできない。そのためエリーが密かにメールを送って会話の手助けをする
ラブレターの密かな代筆を行う主人公といえば戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』が有名で、最近ではジェームズ・マカヴォイがかなりエッジーな舞台版でシラノを熱演。戯曲誕生の裏側をユーモラスに描く映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』も昨年日本公開された。もはや恋心にもがく主人公の代名詞でもあるが、現代のシラノはもっと厄介で、曖昧だ。
写真右アスター(アレクシス・レミール)は、学校のマドンナ的存在。文学的素養に優れていて、エリーが代筆する手紙に惹かれていく
『ハーフ・オブ・イット』のタイトル通り、“自分の片割れ”=運命の相手を求める気持ちもあるだろうが、諦めモードのエリーがそれを自覚するはずもなければ、そこにゴールがあるのかすら怪しい。純粋なポールは「誰かのために努力するのが愛だろ」と軽やかに言い放ちもするが、彼だって悩める若者の1人。
メガホンを取ったアリス・ウー監督は、2004年『素顔の私を見つめて…』で監督デビュー。家族の介護のため、休業をしていたが、本作で16年ぶりにカムバック。偉人の言葉や文学、映画などを引用した演出が見事
さらには、完璧な存在として描かれがちなポジションのアスターも、愛を含め人生にゆるく絶望している。それぞれ、切望するものはあるのに。切実さを乾いたユーモアでくるみつつ、文学や映画の粋な引用に本音や皮肉を滲ませながら、それでも漏れてくる青春のきらめきを丁寧にすくい取ったアリス・ウー監督は台湾系アメリカ人で、同性愛者でもある。エリーらの物語には、自身の経験も投影しているそうだ。
となるとパーソナルな香りが漂うかもしれないが、そうではない。有能な監督と愛おしい登場人物たちが、これは“自分たちの物語”なのだと感じさせてくれる。青春映画の新マスターピースとして、長く大切に付き合っていきたい作品だ。
(C)KC Bailey