【アカデミー賞2021/脚色賞候補】
ネットフリックス『ザ・ホワイトタイガー』でわかるインドの現実!
今年度米アカデミー賞で、これまでにない数のノミネートを獲得したネットフリックス。『Mank/マンク』『シカゴ7裁判』など16作品がノミネートされ、改めて同社の作品の質の高さを浮き彫りにした。脚色賞にノミネートされている『ザ・ホワイトタイガー』もハイクオリティな注目作のひとつ。その見どころを探ってみよう。
舞台はインド。来印する中国の首相に向けた、殺人罪で指名手配されている主人公の手紙の文面がナレーションとなり、物語が展開する。主人公バルラムは貧しい村で生まれ育った下層カーストの若者。貧困から抜け出そうと地主の運転手の仕事を得た彼は、米国留学から帰国して自由な空気をまとっている地主の次男アショクに憧れを抱く。しかし、アショクの妻が交通事故を起こし、その罪をバルラムが負うハメに。この時の怒りから、バルラムの胸にドス黒い欲望が広がっていく。
主人公のバルラムは、働き者だが、その収入の大半を家族に搾取されている
原作はインド出身の作家アラヴィンド・アディガによるブッカー賞受賞小説『グローバリズム出づる処の殺人者より』。インドと中国の急激な経済成長を背景に、それに乗るために危険な賭けに打って出た下層市民の告白を描いている。貧しい者が起業するには、手を汚して、ズル賢く立ち回らねばならない。そんな汚れの下に経済成長が成り立っている。宗教国家インドの現実を浮き彫りにした鋭い視点を、映画はそのまま反映している。
富豪の運転手になったことで、バルラムは底辺の生活から抜け出せるが……
まず目を奪われるのは、軽妙なユーモアを交えた語り口。お抱え運転手になるために、都会に出てクルマの運転を習ったり、地主の第二運転手の座に満足できず、第一運転手を失脚させたり、使用人根性がシミついているために不自然にへりくだったりなどの主人公の行動は、ブラックユーモアを含めて笑って楽しめる。
アメリカ帰りのアショクとその妻は考え方も現代的。しかし、古い慣習が残るインドでは、その考えが受け入れられず苦悩する
インドの貧しい少年が成功を手にするアカデミー賞受賞作『スラムドッグ$ミリオネア』を彷彿させる部分もあるが、劇中で語られるセリフ――“クイズ番組に出て大金をせしめる発想は、なかった”――と皮肉られるように、バルラムは道徳観念を失い、暴走してしまう。
後半は一転して犯罪スリラーの色を帯びてくる。バルラムが抱いていたアショクへの憧れは失望に変わり、忠誠は不誠実な主人を裏切っても許されるという気持ちにどんどん変わっていく。それはバルラムが殺人罪で指名手配されることに繋がってくるのだが、これ以上はネタバレになるので、さらに予想外の展開に発展する……という解説にとどめておきたい。
ビジネスのために賄賂を配るアショク。バルラムとの良好な関係も崩れていく
先に述べたとおり、そんな物語からインドの現実が見えてくる。信仰、因習、カーストに、貧困や格差、利用する者とされる者……。そんな現実はどの国にも垣間見られることだが、インドではそれらが混沌の渦を巻き高濃度で煮詰まっていることを、本作は伝える。
白人社会の自由経済が流入したことで信仰心は薄れ、身分が低ければ低いほど成功を求める気持ちは強まる。“白人は落ち目だ。時代の主役は茶色や黄色の人間だ”というセリフの痛烈さを、どう受け止めるべきか?
バルラムは一生、使用人で終わるのか? それともそこから抜け出し成功をつかみ取るのか?
最後に、タイトルのホワイトタイガーについて触れておこう。一世代に一頭しか現われない希少動物。利口な主人公は子供の頃、教師に“おまえはホワイトタイガーになる”と言われるも、奴隷根性がシミついた使用人にしかなれなかった。
しかし動物園で本物のホワイトタイガーを目にしたとき運命は変わる。劇中のセリフ“この世で何が美しいか気づいたとき、人は奴隷であることをやめる”……というわけだ。しかし、それは真に美しいのだろうか? 答えは見た者の心の中にある。
『ザ・ホワイトタイガー』
原作/アラビンド・アディガ 製作・監督・脚本/ラミン・バーラニ 出演/アダーシュ・ゴーラブ、ラージクマール・ラーオ、プリヤンカー・チョープラー 配信/ネットフリックス
2021年/インド・アメリカ/視聴時間125分
ネットフリックスで配信中