『行き止まりの世界に生まれて』
製作年/2018年 監督/ビン・リュー 出演/キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー
スケートボードで結ばれた不滅の友情!
舞台はイリノイ州ロックフォード。失業率の増加や人口減少が著しいこの都市で育ち、家庭内の問題に苦しみながらもスケートボードを唯一の拠り所として生きてきた3人の青年にカメラを向けた、10年以上に及ぶ歳月のドキュメンタリーである。なぜこれほどの長期にわたって定点観察できたのか。理由は簡単。3人の青年の一人が本作の監督であり、彼は映像作家を志す前から、ライフワークとして親友たちの素顔をずっと記録し続けていたからだ。
こうして撮り溜めた映像に加え、大人になった彼らの切実な現状や過去への述懐を紡ぎ合わせ、非常にレアで意義深い『都市と若者のクロニクル』になりえているところが驚嘆に値する。親友の回すカメラだからこそ、語られる言葉には親密さと真実味が溢れ、そして何より彼らがひとたびスケボーに乗ると、まるで羽根でも生えたかのように表情の憂いが消え、軽やかに解き放たれていく。その姿をスケボーで追いかけるカメラワークがこれまた秀逸。デビュー作ながらアカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞候補入りを果たした。
『わたしは、ダニエル・ブレイク』
製作年/2016年 監督/ケン・ローチ 脚本/ポール・ラバーティ 出演/デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ
人の尊厳を訴える巨匠の持ち味が炸裂!
個を踏みにじる社会状況に異を唱え続ける巨匠ケン・ローチが、イギリス北東部に暮らす一人の男に焦点を当て、その生き様を力強く描いたヒューマンドラマ。主人公ダニエルは心臓の病のため建設作業員としての仕事が続けられずにいる。そのため国からの給付を得ようとするも、得られた回答は「条件を満たしていません」の一点張り。問い合わせ電話は気が遠くなるほど待たされ、オペレーターの対応は何ら要領を得ない。役所へ足を運んでも理不尽な対応ばかりで話が前に進まない。そんな中、同様に役所で途方に暮れる母子との交流が生まれ……。
ローチ演出では、いつも俳優に状況説明と指示のみを与え、あくまで各々の自主性に任せてカメラの前で演じさせるのだとか。かくもドキュメンタリー的なリアリズムを貫きつつ、社会に屈しない人間の矜恃がじわりと染み出し、いつしか観る者の魂を大いに振るわせる。この不条理かつ冷たい世の中で人はいかに振る舞えるのか。切実な問題提起からこれほどまでに温かく気骨あるドラマを生み出せるのはローチ監督だけ。カンヌ映画祭最高賞に輝く傑作である。
『ベルファスト』
製作年/2021年 監督・脚本/ケネス・ブラナー 出演/ジュード・ヒル、カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン
紛争により住民同士が敵となる!
少年期を北アイルランドのベルファストで送った映画人ケネス・ブラナーが万感を込めて描く半自伝的な一本。’69年当時、かの地は北アイルランド紛争によって、プロテスタントとカトリックの住民同士の衝突が絶えなかった。カトリックの多い地域で暮らすプロテスタント一家の少年バディにとってみれば、どちらも善き隣人であることに変わりはない。しかし強硬派による暴力はとどまるところを知らず、そんな日々から逃れようと一家はイングランドへの移住を考えはじめる……。
バリケードを張りめぐらし、夜通し火を絶やさず交代で見張りを続ける住民たち。いつ何時、怒れる群衆が雪崩れ込んでくるかわからない緊張と恐怖が充満する一方、少年の暮らしは子供ながらの瑞々しい感性の発露と、目と心を楽しませるカルチャー体験でいっぱいだ。その一つ一つがブラナーの礎なのだと考えると無性に胸が熱くなる。さらに忘れがたいのは慈愛に満ちた祖父母の存在だ。「さあ行きなさい。振り返らないで。愛してる」。ジュディ・デンチが放つ力強く崇高なセリフが、モノクロームの世界を宝石のごとく輝かせている。
『ロックアップ』
製作年/1989年 監督/ジョン・フリン 脚本/ジェブ・スチュアート、リチャード・スミス、ヘンリー・ローゼンバウム 出演/シルヴェスタ・スタローン、ドナルド・サザーランド、ジョン・エイモス
絶対にギブアップしない執念に心が動かされる!
刑期終了まであとわずかの模範囚が、因縁の相手によって全米最悪のゲートウェイ刑務所へと移送される。主人公レオンを取り囲む囚人たちは誰もが凶悪かつ屈強な奴らばかり。その上、看守までもがグルになって、レオンへのいたぶり、嫌がらせは次第に度合いを増す一方だ。しかしどれだけ叩きのめしてもギブアップせず、必ず這い上がるレオンの姿に感化され、囚人や看守の一部も少しずつ彼への見方を変えていき……。
『ロッキー』『ランボー』『コブラ』などの名作により、70年代、80年代のアイコンともいうべき凄みを帯びたスタローンだが、本作ではリングに上がるわけでも、銃を手に取るわけでもなく、刑務所の不条理にただひたすらグッと耐え続ける表情が印象的。それらがついに大爆発するラスト15分はビル・コンティの胸が沸き立つような音楽も相まって、思わず見る側のこぶしに力が入ってしまうこと請け合いだ。先月末、88歳で逝去した名優ドナルド・サザーランドの憎々しい怪演(宿敵の刑務所長役)も忘れがたい一作である。
『ザリガニの鳴くところ』
製作年/2022年 原作/ディーリア・オーエンズ 監督/オリヴィア・ニューマン 脚本/ルーシー・アリバー 出演/デイジー・エドガー=ジョーンズ、デヴィッド・ストラザーン、テイラー・ジョン・スミス
”湿地の少女”の成長を描く極上ミステリー!
時は1969年、ノースカロライナ州に広がる湿地で若い男の死体が発見され、カイアという女性に殺人容疑がかかる。彼女は幼少期、家族が次々とこの地を去る中、たった一人で自宅に残され、ずっと孤独に生きてきた人だった。周囲からは常に蔑んだ目で見られ、読み書きもできないまま、ひっそりと息を潜めて暮らす日々……。そう書くと何の希望もない物語のように思えるかもしれないが、しかしこの映画は実に多面的だ。ロマンスもあり、成長物語もあり、ミステリーとしての側面も機能させながら、唯一無二の魅力を羽ばたかせていく。
あらゆる生物が生存本能に身を任せ、あるがままに生を育む湿地。その生態や環境から全てを学んで生きてきたからこそ、カイアはいざという場面で思いがけない決断力を発揮する。それが源となって、過去の痛みを乗り越えた未来の平穏が切り開かれていくかのよう。原作は、長らく自然環境を見つめ続けた生物学者が69歳にして初めて綴った小説。ラストの瞬間までぜひ目を離さないでほしい。
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