【Profile】ガイ・リッチー(写真右)/1968年9月10日生まれ、イギリス出身。『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998年)で長編監督デビュー。
ガイ・リッチーの新作で現在公開中の『コヴェナント 約束の救出』(2023年)が好評を博している。なるほど、確かに面白いのだが、リッチーファンとしては正直、驚かされもした。戦争ドラマというシリアスな題材もそうだが、社会派の要素が強く出ていたから。アフガン戦争時、米国への移住と引き換えに米軍に協力した通訳の現地人の多くが、今も母国に取り残され、タリバン政府に命を狙われているという過酷な現実。こんな重みのあるドラマを、リッチーが撮ったのは意外だった。
『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998年)
過去作を振り返ると、リッチーの持ち味は軽妙なタッチにあった。それはデビュー作『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998年)以来、一貫している。例外はハードボイルドに寄った『キャッシュトラック』(2021年)くらいだろう。ジェイソン・ステイサムと組むことが多いリッチーだから、同作では違うテイストで作ってみたいと思ったのかもしれない。それでもステイサムと5度目のタッグを組んだ前作『オペレーション:フォーチュン』(2022年)では軽快なノリに戻り、コミカルなスパイアクションを演出してみせた。
『シャーロック・ホームズ』(2009年)
笑いの要素は、リッチーの軽妙さの柱でもある。これは彼が手がけたハリウッド大作からも明らかだ。『シャーロック・ホームズ』(2009年)とその続編『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』(2011年)は、おなじみの名探偵ホームズと相棒ワトソンの丁々発止が絶妙。往年のTVシリーズ『0011ナポレンオン・ソロ』(1964〜1968年)を現代に甦らせた『コードネームU.N.C.L.E.』(2015年)では東西冷戦を背景に、米ソのスパイが手を組まざるを得なくなる状況が、やはりユーモラスだった。リッチー最大のヒット作であるディズニーの実写版『アラジン』(2019年)ではウィル・スミスを魔人役に迎え、ジョークを散りばめながらファンタジーを展開させている。
『スナッチ』(2000年)
カットの素早いつなぎという編集上のテクニカルな部分もリッチー作品のノリを支えている。彼お得意の犯罪群像劇を見れば、それはわかりやすいだろう。宝石強盗に賭けボクシングの八百長が絡む『スナッチ』(2000年)はその典型で、複数のエピソードを交錯させながらスリルを高めるリッチーの手腕は絶品。暗黒街の大物に騙されたチンピラ集団の逆襲劇『ロックンローラ』(2008年)も、カリスマ的な麻薬王と、彼をハメようとする悪党たちの攻防を描いた『ジェントルメン』(2019年)も同様だ。いずれもリッチーの本拠地、ロンドンの下町を舞台にしているが、ダウンタウン特有の人間臭さや熱気を表現するうえで、早いカット割りが醸し出す勢いは大きな役割を果たしている。
『コヴェナント 約束の救出』(2023年)
『コヴェナント 約束の救出』に話を戻そう。過去作に比べると確かにリッチーらしさは薄い。一方で、リッチー作品特有のエッセンスもある。それは人と人のつながりを決してウェットに描かないこと。友情や愛情でキャラクターが結ばれるのは映画ではよくあるが、リッチー作品のそれは極端に少なく、あったとしてもじつにカラッとしたものだ。そもそもリッチー作品における犯罪者たちは裏切る・裏切られるの連続であり、絆で結ばれる余裕などないのだ。
『コヴェナント~』では、アフガンで重傷を負った米軍兵士が、自分を助けてくけた通訳のアフガニスタン人を救うために現地に舞い戻る。1984年の『キリング・フィールド』でも似たような状況が描かれていたが、同作と異なり、『コヴェナント~』には救う側と救われる側に友情はない。あるのは借りを返すという意思と、過酷な状況でも生き続ける意思のみ。両者のその強さにしっかりとフォーカスした物語は、お涙頂戴のありがちな感動作に比べても、ずっと、ずっとエモーショナルだ。それこそが、本作におけるリッチーの新境地と言えるのではないか。
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