ブラッド・ピットは映画を介していつも何かしら新しい着こなしを提案してくれる。そして、数多い出演作の中でも彼がダントツで小粋に見えるのが、盟友、デヴィッド・フィンチャーと組んだ2008年の話題作『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』だ。老人のカラダで生まれてきた主人公のバトンが、自然の摂理に逆らい、徐々に若返っていくというプロット自体が唯一無二だが、バトンが歳を重ねる(若返る)毎に身につける服は、設定上、時には不釣り合いに見えるものの、よく見るとどれも衣装担当がこだわり抜いた1級品ばかり。なかでも、劇中に3着登場するレザージャケットに着目して欲しい。当コラムにも頻繁に登場する革ジャンだが、最高のモデル、ブラッド・ピットを得て、逆流する時間の中でも光り輝く永遠の風合いと美しいフォルムを改めて感じていただければと思う。
3着はどれも世界で初めてワックスコットンを開発したイギリスのモーターサイクルブランド、〈ベルスタッフ〉の製品。革命家のチェ・ゲバラがバイクで南米大国を横断した時に羽織ったことでも知られる。まず、映画の前半でまだ年老いて見えるバトンが羽織るのは、襟に明るいベージュのファーが付いたダークブラウンのベルスタッフ・ムートン。顔には皺があり、白い頭髪の生え際が若干後退しているバトンだが、彼の年齢とムートンの風合いのバランスが絶妙だ。さらに、映画の後半になり、見た目が若返ったバトンはシャツスタイルの襟、カバーフライ付のシップフロント、肩章、スナップ留めのフラップ付きパッチポケットが印象的なA-2ジャケットの下に、ラグランスリーブのスウェットシャツで現れる。
極め付きは、パトンが1966年に発売された〈ベルスタッフ〉のパンサージャケットを着込み、インディアン・スカウト・バイク(1920年から1949年までにインディアン・モトサイクルズが製造した伝説のバイク)に跨り、風を切るほんの数秒のシーン。その時のバトンは40歳頃と思われ、演じるピットの年齢と一瞬重なったこともあり、この数秒のためにピットはこの役を引き受けたと思えるほど。それは、本作に限らず、時の法則に逆らい、ある時は若返り、またある時は老け込むことを運命付けられたハリウッドのトップスターが、恐らく特殊メイクに頼ることなく挑んだ渾身のキラーショット。ピットはまるで、『生身の美しい自分を見てくれ』と叫んでいるようだ。観客の目には、ほんの数秒間だからこそ、儚く、愛おしく映る究極の名場面なのである。
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』
製作年/2008年 原作/F・スコット・フィッツジェラルド 監督/デヴィッド・フィンチャー 出演/ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タイラ・P・ヘンソン、ティルダ・スウィントン
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