ささやかなヒューマンドラマの手触りでありながら、設定自体はSFにカテゴライズされるものかもしれない。パリュスあや子の同名小説を原作にした『隣人X』はタイトルが放つ印象に応えるかのように、“現実離れ”した展開からはじまる。
物語の舞台は今この瞬間となんら変わらない日本だが、ある惑星で紛争が起き、住民たちが惑星を追われたことが巷の話題になっている。アメリカや日本は、難民となった者たちを受け入れることに。“惑星難民X”と名づけられた彼らは人間と同じ姿になり、一般的な生活を送れるため、今や街は誰が人間で、誰がXか分からない状態にあるという。
Xは人間を傷つけるわけでもなければ、特別な陰謀を企てるわけでもない。したがって、映し出されていくのは平凡な日常の光景だが、“誰がXか?”の疑念から生じるヒリついた空気もそこはかとなく充満。そんな中、物語は1組の男女に目を向けていく。男はX関連のスクープを狙う週刊誌記者。一方、女は宝くじ売り場とコンビニで働く地味な店員だが、どうやらXかもしれない。そのため、男は女に近づき、その正体を暴こうとする。
X疑惑の女性・良子を上野樹里、彼女に近づく記者・笹を林遣都が演じているのだが、両者の佇まいが非常にナチュラル。自身の思惑を隠して良子と触れ合うも、やがて本気で惹かれていく笹に林が戸惑いや罪悪感を滲ませれば、自分らしく、シンプルに生きようとする良子の思いを上野が毅然とした空気の中で表現する。笹が良子をたどたどしく食事に誘う姿も、別れ際のやり取りも、家でくつろぎ愛し合う様も等身大の恋愛映画のよう。嘘の上に成り立った関係であることを、忘れさせられそうになる瞬間もたびたび訪れる。
だからこそ物語後半に向けてのスリルが増していく中、考えさせられるのは、自分とは違うものに対する無意識の差別や偏見。良子と笹の姿が“普通”に見えれば見えるほど、その曖昧で厄介なものに翻弄される。情報の氾濫により、世の中の風通しも一見良くなったかのように感じられて久しいが、目にしたもの、耳にしたものから全ての真実が読み取れるわけではない。混沌の果てに訪れるラストが、それを思い出させてくれる。
『隣人X 疑惑の彼女』12月1日公開
製作年/2023年 原作/パリュスあや子「隣人X」(講談社) 監督・脚本・編集/熊澤尚人 出演/上野樹里、林 遣都、黃 姵 嘉、野村周平、川瀬陽太、嶋田久作、原日出子、バカリズム、酒向芳 配給/ハピネットファントム・スタジオ
©2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 ©パリュスあや子/講談社