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CULTURE カルチャー

2023.03.15

【前編】映画ライター森直人が第95回アカデミー賞をわかりやすく解説!
“エブエブ”がオスカー7冠を達成した理由とは?

 

 
アカデミー賞

去る2023年3月13日(現地時間12日)――トム・クルーズ(主演男優賞ノミネートならず)もジェームズ・キャメロン(監督賞ノミネートならず)も欠席の第95回アカデミー賞授賞式。昨年(2022年)の第94回は会場が凍りつくビンタ事件(『ドリームプラン』で主演男優賞に輝く前の某賞発表ステージで、ウィル・スミスが妻ジェイダ・ピンケット=スミスをイジったクリス・ロックに激怒して顔面平手打ち。アカデミー賞に今後10年間、出禁処分となった)が最大のトピックだったが、今年はどうなることやら? とヒヤヒヤしていたら、なんとも幸福で平和な映画の祭典になった。『エブエブ』があって良かったなあ!と、関係者も中継の視聴者もみんな思ったのではないか。
 

 
アカデミー賞
主演女優賞を獲得したミシェル・ヨー

『エブエブ』とは、日本でも絶賛公開中の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(監督:ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)のこと。“A24”というお洒落な映画ファンに人気の独立系映画会社(拠点はNY)の配給による本作は、もともと賞レース狙いのような意図は極めて薄かったはずだ。全米公開は昨年2022年3月25日。これが興行的な大ヒットとなり、ダークホースとしてぐいぐいせり上がる事態に。

今年(2023年)1月の第80回ゴールデングローブ賞では、まだミュージカル/コメディ部門の主演女優賞(ミシェル・ヨー)と助演男優賞(キー・ホイ・クァン)にとどまったが(作品賞はドラマ部門が『フェイブルマンズ』、ミュージカル/コメディ部門が『イニシェリン島の精霊』)、アカデミー賞の真の前哨戦と呼ばれるPGAアワード(全米プロデューサー組合賞)とクリティック・チョイス賞(放送映画批評家協会賞)で作品賞を獲得。終盤まくりにまくる形で、今回のアカデミー賞では作品賞・監督賞・脚本賞・主演女優賞・助演男優賞・助演女優賞・編集賞の最多7冠に輝くという奇跡の快進撃を繰り広げた。 

 
アカデミー賞
助演男優賞のキー・ホイ・クァンは壇上で感涙

助演男優賞のキー・ホイ・クァン(1985年の『グーニーズ』で「データ」少年ことリッキー・ワン役を演じた、あの元子役ですよ!)が「これぞアメリカンドリームです!」(This is the American dream!!)と感動の受賞スピーチでシャウトしたように、『エブエブ』は公開から一年かけて映画界の頂点という巨大な夢をつかんだわけだ。アカデミー賞というのは、単純に“作品の出来”を競うものとも思われがちだが、実はそうではない。高品質なのは大前提。言わば米大統領選のようなもので、時代との兼ね合いやタイミングが極めて重要であり、そこには社会的・政治的な背景や潮流が大きく絡んでいる。
 

 
アカデミー賞
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で独自の世界観を披露した監督”ダニエルズ”

その意味で『エブエブ』が“時代の一本”となったのは、アジア系のパワーを見せつける座組みや内容だったことが大きい。米国でコインランドリーを経営する中国からの移民一家を主人公に、マルチバース(!)の世界観を絡めた市井の人生賛歌。メインキャストにはミシェル・ヨー(中国系マレーシア人)、キー・ホイ・クァン(中国系ヴェトナム人)、ステファニー・スー(中華系移民2世)らが並んでいる。

監督コンビの“ダニエルズ”(日本に同名の漫才コンビがあるが、こちらもお笑い系の映画作家コンビと言えよう)のひとり、ダニエル・クワンも中華系移民2世だ。さらに主題歌の“This is A Life”を担当したのは、NYを拠点とする3人組ユニットのサン・ラックス(ドラムのイアン・チャンは香港出身)と、デヴィッド・バーン、そして日系アメリカ人のMitski(別名義「ミツキ・ミヤワキ」)。残念ながら歌曲賞は獲得できなかったが(受賞はインド映画『RRR』の“Naatu Naatu”)、授賞式ではMitskiの代わりにステファニー・スーが参加して同曲のパフォーマンスを行った。

 
アカデミー賞
パフォーマンスを行なったステファニー・スー(写真手前)

2016年の米大統領選を経て、2017年にトランプ政権が誕生、しばらくしてハリウッドに#MeTooの嵐が吹き荒れてから、アカデミー賞は保守化する体制へのカウンターとして一気にリベラル化の傾向が進んだ。とりわけ重要視されるのが多様化で、受賞への投票権を持つアカデミー会員にも女性や人種マイノリティを積極的に起用。今回、新しく会員に加わった819名中、45%が女性で、36%が非白人。かつての通例からすると女性の会員数は2倍、非白人は3倍になったという。

非白人の中でも、いま最も注目されるのがアジア系だ。2013年から2020年は“ブラック・ライヴズ・マター”(黒人差別への抗議運動)の時代と言え、アカデミー作品賞も第86回の『それでも夜は明ける』(2013年/監督:スティーヴ・マックイーン)や第89回の『ムーンライト』(2016年/監督:バリー・ジェンキンス)、あるいは第91回の『グリーンブック』(2018年/監督:ピーター・ファレリー)などブラックパワー系に属するものが目立つ。
 

 
アカデミー賞
プレゼンターを務めたジェシカ・チャスティンとハル・ベリー

その流れが変わったのがコロナ禍直前、2020年2月開催の第92回アカデミー賞で、作品賞・監督賞ほか最多4冠に輝いた韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年/監督:ポン・ジュノ)の登場からである。続く第93回では中国系の新鋭クロエ・ジャオが監督した『ノマドランド』(2021年)が作品賞ほか計3冠獲得。第94回では日本から濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2022年)の健闘(作品賞ほか計4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞)が話題になった。この背景には、コロナ禍のアメリカでアジア系移民へのヘイトクライムが過激化していったことへの異議申し立ても当然大きく絡んでいるだろう。
 

 
アカデミー賞
喜びをあらわにする助演女優賞を受賞したジェイミー・リー・カーティス

こういった流れの先に咲いた大輪の花が『エブエブ』というわけだ。しかも“新風”である本作でオスカーを獲得したのが、主演女優賞のミシェル・ヨー(60歳)、助演男優賞のキー・ホイ・クァン(51歳)、さらに白人枠から見事な怪演を見せた助演女優賞のジェイミー・リー・カーティス(64歳)といった中年ないし熟年の俳優ばかりだったのが素晴らしい。これもまたエンタメ業界を長らく覆ってきたアンチエイジング傾向――若さ偏重の世界に対する痛快なカウンターと言えるだろう。
 

 
アカデミー賞
プレゼンターを務めたエミリー・ブラントとドウェイン・ジョンソン

監督賞に輝いたコンビ“ダニエルズ”は共に30代の若手。授賞式でのダニエル・クワンは背面に“PUNK”と刺繍されたド派手なジャケットを着用しており(映画の中でミシェル・ヨー演じるエヴリンが春節パーティのシーンで背中に“PUNK”と書かれた赤いセーターを着ていたことにちなんでいる)、やんちゃな中二病マインドをキープしたその佇まいは今回の授賞式でも印象的だった。彼らはもともとミュージックビデオで頭角を現わしたふたりで、DJスネイク&リル・ジョンの“Turn Down for What”(2013年)は『エブエブ』の原型と言えるほど似ているので要チェック。
 

 
アカデミー賞
会場を盛り上げた『RRR』の”ナートゥ・ナートゥ”

映画の長編第1作『スイス・アーミー・マン』(2016年)は、オナラを使ってジェットスキーのように死体を飛ばすというバチ当たりな発想が光る破格の珍作だったが、今回の『エブエブ』も、うすた京介先生の『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』や『ピューと吹く!ジャガー』などを彷彿させるくだらない下ネタが平気で炸裂するのだ(ダニエルズは日本のマンガやアニメも大好きらしい)。以前なら「お下劣な!」とアカデミー会員に忌み嫌われていたであろうギャグも、今回はコロナや戦争や差別や格差など、現実の閉塞感を打ち破る明るさや楽しさとして迎えられた気がする。

前回(第94回)の作品賞に、アップルTV+の配信作にして実際のろう者俳優(アカデミー助演男優賞を獲得したトロイ・コッツァーほか)がメインで出演した『コーダ あいのうた』が輝いたように、現在のアカデミー賞は安全牌ではなく、ゲームチェンジャーをこそ求めていることが今回も証明されたのだ。
後編に続く
 

 

 
文=森直人 text:Naoto Mori
photo by AFLO
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