本名、ウォルター・ブルース・ウィリス。1955年3月19日生まれ。肩書きは、アメリカの『元俳優』(retired actor)――とウィキペディアに記されているのを読んで、切なくなってしまった。そう、今年(2022年)3月30日、ブルース・ウィリス(67歳)は失語症と診断されたことを理由に俳優業の引退を発表。
実はここのところ、彼の仕事は確かに芳しくなかった。年間の代表的な駄作やダメ映画人を選出する“逆アカデミー賞”の祭典――『ラジー賞』ことゴールデンラズベリー賞では、やっつけ仕事で数だけ稼ぐように低予算作品に出まくっていたため、彼の出演作8本だけを候補とした特別部門『ブルース・ウィリスによる2021年映画の最低演技』が設けられてしまったほど。だが失語症の公表を受け、これはシャレでは済まない、と判断したラジー賞は同部門の取り消しを決定。「もしも誰かの健康状態がその人の意思決定やパフォーマンスの要因になっているのならば、その人にラジー賞を与えるのは不適切です」と説明している。
『ダイ・ハード』(1988年)
もちろん本来の実力や実績からして、『最低演技』なんて失礼千万と言うしかない。まぎれもなく、ブルース・ウィリスは映画史上に残る破格の名優である。
特にアイコニックなキャラクターとして知られるのは、代表作『ダイ・ハード』(1988年)の主人公ジョン・マクレーンだろう。当時33歳のブルースが演じた、このN.Y.市警の刑事がアクション映画の画期として持ちこんだのは、「なんで俺ばっかりこんな目に……」とボヤキながらエグい任務に当たる絶妙な等身大性だ。妻子持ちの生活者で、ハゲ(かけ)ている。せっかくのクリスマス・イヴなのに、高層ビルを占拠したテロリストを相手にせねばならない不運を嘆く。そんな『普通の男』が根性でスーパーヒーローになる凄さ。1980年代、先行のシルヴェスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーといった鋼鉄の筋肉野郎が隆盛を極める中、ブルースは人間味あふれる柔和な表情で驚異的なアクションをこなし、世界的な大ブレイクを果たしたのである。
『パルプ・フィクション』(1994年)
『12モンキーズ』(1995年)
以降、クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』(1994年)や、テリー・ギリアム監督の『12モンキーズ』(1995年)、M.ナイト・シャマラン監督の『シックス・センス』(1999年)や『アンブレイカブル』(2000年)など才気走った鬼才監督たちにも重宝され、一方で『アルマゲドン』(1998年)といったベタなメガヒットも放つ。
『シックス・センス』(1999年)
『アルマゲドン』(1998年)
比較的近年では、ベテランキャストを集めた熟年アクション映画『RED/レッド』(2010年)の主役として、元・凄腕CIAエージェントのおっさんを演じて好評を博した。おそらく一般には、ブルース・ウィリスといえば、コミカルな味つけを得意とするアクションスター、といったイメージが強いのではないか。
『RED/レッド』(2010年)
だが日本のソフトバンクのCMでドラえもん役を演じたことでも判るように、ブルースの芝居力はもっと多彩で幅広い。ドリームワークス製作のアニメーション映画『森のリトル・ギャング』(2006年)ではアライグマの声優を務めるなど、あらゆる仕事を柔軟に受けてくれそうな『いい人』という印象もある。そこで本稿では、ブルースのフィルモグラフィの中でもわりとニッチな位置にある、意外に見過ごされがちな出演作3選を以下に挙げてみたい。
『こちらブルームーン探偵社』(1985年~1989年/テレビシリーズ)
この作品のブルース・ウィリスが一番好き、と言う人も多いのではないか。『ダイ・ハード』以前の出世作であり、ブルースはオーディションで抜擢された。彼が演じるのはお調子者の私立探偵デヴィッド・アディスン。元売れっ子モデルのブルームーン探偵社社長、マデリーンを演じるシビル・シェパードとのコンビで魅せる。
作風はミステリー仕立ての軽妙洒脱な都会派コメディ。ブルースはアクションスターどころか喧嘩も別に強くなく、チャラいお喋り男の役どころ。その飄々とした軽みが絶品。往年の例で言えば、ビリー・ワイルダー監督作のジャック・レモンなどを受け継いだような趣で、中年期の井上順っぽくもある。こういった旨味がブルースの演技の素地にある、というのは重要だ。
2017年に亡くなったジャズシンガー、アル・ジャロウの主題歌『ムーンライティング』(グラミー賞ノミネート)が流れてくるだけで心躍る。ちなみにブルースは俳優デビューする前、実際に私立探偵として働いていた時期があるそうだ。
『永遠に美しく…』(1992年/監督:ロバート・ゼメキス)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作(1985年~1990年)や『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)などのロバート・ゼメキス監督による、視覚効果や特殊メイクを愉快に活用した佳作コメディ。
当時『アメリカの国民的コメディエンヌ』と呼ばれたゴールディ・ホーンと、『賞レースの女王』ことメリル・ストリープのWヒロインが、永遠の若さと美しさを保つ謎の秘薬をめぐって壮絶なバトルを展開する。この猛女ふたりの間で揉みくちゃにされる美容整形医の男アーネスト役を演じるのが、ブルース・ウィリス。強気の女性に振り回される情けない男の姿は、『こちらブルームーン探偵社』にも通じるところ。女優陣にはデヴィッド・リンチ監督の『ブルーベルベット』(1986年)や『ワイルド・アット・ハート』(1990年)で気を吐いたばかりのイザベラ・ロッセリーニもおり、まさに女性パワー炸裂。その中で的確な仕事を慎ましくこなすブルース。華々しい主役だけでなく、脇のサポーターとしても光ることを証明した好例だ。
『マーキュリー・ライジング』(1998年/監督:ハロルド・ベッカー)
最後はアクション系をひとつセレクト。ブルース・ウィリスと子役、といえば、ハーレイ・ジョエル・オスメントと共演した『シックス・センス』がよく挙げられるだろうが、その前年に出演したのがコレ。
ブルースが演じるのはFBI捜査官のアート・ジェフリーズ。彼は国家機密のコードを偶然解読し、命を狙われることになった9歳の少年サイモン(ミコ・ヒューズ)を必死に守る。自閉症のサイモンは天才的な知能の持ち主だが、情緒不安定で過敏、頻繁にかんしゃくを起こす。しかも事実を隠蔽しようとする巨悪の手先から両親を殺されてしまった。そんな天涯孤独の子供と、時には保護者、時には相棒として寄り添う姿に、単なるタフガイというだけではないブルースの繊細な優しさがにじみ出る。アレック・ボールドウィンの悪役ぶりも見もの。
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以上、とりあえずの3選を挙げてみたが、当然、ほかにも愛すべきブルース作品はたくさんある。例えば筆者は『ダイ・ハード』シリーズだと、よい具合に肩の力が抜けた『ダイ・ハード3』(1995年)を偏愛しているのだが、まさしくファンそれぞれに、個別の『私の好きなブルース・ウィリス』作品があるように思う。
『ダイ・ハード3』(1995年)
すでに撮影済みの作品を除き、もう名優ブルース・ウィリスに会えないなんて本当に寂しいかぎりだ。例えば『ザ・プレイヤー』(1992年)や『トラブル・イン・ハリウッド』(2008年)のような『本人役』のゲスト出演でもいい――また彼の姿がスクリーンで拝める日が来ることを勝手に願ってやまない。
『トラブル・イン・ハリウッド』(2008年)
Photo by AFLO