『転落の街』×LA
人気作家マイクル・コナリーが描く、大人気ハードボイルドシリーズの1冊。主人公は、LA市警の未解決事件班で捜査にあたるハリー・ボッシュ。高級ホテルからの転落事件と、22年前に起きた殺害事件の捜査を進めていく彼だが事態は想像以上に困難を極めていく。結末を迎える頃には、両事件に関わる…
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- AMERICAN BOOKS カリフォルニアを巡る物語
人気作家マイクル・コナリーが描く、大人気ハードボイルドシリーズの1冊。主人公は、LA市警の未解決事件班で捜査にあたるハリー・ボッシュ。高級ホテルからの転落事件と、22年前に起きた殺害事件の捜査を進めていく彼だが事態は想像以上に困難を極めていく。結末を迎える頃には、両事件に関わる社会構造にLAの特徴を垣間見ることができる。スリリングな謎解きはもちろん極上のエンターテイメントとしても楽しめる傑作。
LAを舞台にしたハードボイルドは
社会の闇に迫る極上のサスペンス!
LAの心臓部といえば、市庁舎を中心とする官庁街。LA市警やLAタイムズなどが立ち並ぶ、“LAの霞が関”だ。本書の冒頭、主人公のハリー・ボッシュ刑事が上司のデュヴァル警部補に呼ばれて市警本部の上階に赴くと、窓からはLAタイムズのビルが見える――「新聞記者たちが通りの向こうの編集室からこちらを見ているんじゃないかという誇大妄想から、デュヴァルはブラインドを半永久的に下ろしていた」(上巻P11)
一方、別方向の窓には市庁舎の尖塔が間近に見える。市議会と警察と新聞社が接しているわけだが、本書のひとつの軸はその三者のせめぎ合いだ。ボッシュは、相棒のデイヴィッド・チューとともに、ジョージ・アーヴィングの転落死を捜査することになる。ジョージが死んだのはシャトー・マーモントという最高級ホテル。現場や遺体の状態から、ボッシュは殺人事件と判断する。そこに絡むのがジョージの父であり、これまでのボッシュ・シリーズでも登場してきたアーヴィン・アーヴィング。かつてLA市警本部長だったが、あることの責任を取って辞めさせられ、市会議員に転身した男である。LA市警時代、なにかとボッシュと対立していたアーヴィンは、現在も市警に対して厳しい姿勢を取ることが多く、現役の警官たちからは嫌われている。
捜査を進めるうち、ボッシュはジョージの法律事務所が父アーヴィンのコネを利用し、LA市の仕事を斡旋することで利益を得ていたことを知る。アーヴィンも息子の仕事のためにかなり強引な手段を使っており、それでジョージはあるタクシー会社に恨まれていたらしい。ところが、その会社の配車係が犯人だという証拠固めをしているとき、このことがLAタイムズに漏れ、記事になりそうになる。どうやら相棒のデイビッドが恋人のLAタイムズの記者にリークしたらしい。
並行して、ボッシュはある未解決事件も担当する。それは22年前、若い女性が惨殺された事件。最近の調査で、遺留品に残された血液のDNAがペルという性犯罪者のものと一致したのだ。しかしペルが犯人だとすれば、8歳のときに女性を殺したことになる。それはあり得ない。この謎を解くべく、ボッシュはペルが更生のために通う施設を訪れる。それがあるのは、かつて高級住宅地として開発されながら、貧困地帯となった地区だ。ペルは貧困地区に育ち、母の恋人に虐待されるという、悲惨な人生を送ってきた。ボッシュはペルを虐待してきた男が事件の鍵を握ると考え、その行方を探す。
親子を巡る物語がLA上層部の権力に関わるものなら、ペルを巡る物語は見捨てられた最下層の人々のもの。両者が見事に呼応し合い、LAが主人公とさえいいたくなるほど、この街の特徴が現れ出る。謎解きあり、恋と友情ありの、見本のようなエンターテイメントだ。
●『転落の街』
マイクル・コナリー 著
古沢嘉通 訳
講談社 上下各860円
雑誌『Safari』1月号 P261掲載