『夜明けのパトロール』×サンディエゴ
多くのサーファーやローカルが集まり、昼はサーフ、夜はクラブで盛り上がるエリアといえば、サンディエゴのパシフィックビーチ。この地を舞台に、上質かつスタイリッシュなミステリーが繰り広げられるのが本作。原題は“the dawn patrol (ザ・ドーン・パトロール)”。その“パトロール”は物語が進む過程で様々な解釈を持ちはじめる。陽光たっぷり、大波ざぶりの西海岸カルチャーを代表する1冊だ!
- SERIES:
- AMERICAN BOOKS カリフォルニアを巡る物語
サーフシティを舞台にした
スタイリッシュなミステリー作品!
ベストセラー『野蛮なやつら』などの作者として知られるドン・ウィンズロウが、新境地であるサーフ・ノワールに挑戦したのが本作だ。
舞台となるカリフォルニア州サンディエゴで毎朝、波間に浮かぶ主人公の私立探偵ブーン・ダニエルズ。仕事よりも明け方のサーフィンを愛する彼と、そのサーフ仲間“ドーン・パトロール”のメンバーたちは興奮を抑えきれずにいる。それもそのはず。20年に一度の大波がやってくるのだ。そんなおり、キャリア志向の新人美人弁護士ペトラ・ホールがブーンのもとへ。彼女からの依頼は簡単に解決可能と思われたが、ブーンの過去の悪しき記憶とともに、事態は思わぬ方向へ向かっていく……。とはいえ、序盤はなかなか話が進まないのはご愛嬌。作中には淀みなくカリフォルニア時間が流れている。
それでも、正義感あふれる警部ジョニー・バンザイ、女好きだが伝説的ライフセーバーであるデイブ・ザ・ラブ・ゴッド、足の指が左右それぞれ6本ある新入りのハング・トゥエルブ、ブーンの恋人であるチーム一の腕前を持つサニー・デイ。彼ら“ドーン・パトロール”のメンバーが交わす洒脱な会話に徐々に引きこまれ、西海岸の歴史や文化を享受するうちに、彼らの愛嬌や生態や美学(あるいは無学)に触れることができる。
ビーチと音楽、ガールハントにビールにトルティーヤ。硬派とは決して呼べない、純潔とは遠い場所にある世界だ。それでも作中の“サーファー”という生き物のフィルターを通せば、決して軟派でチャラついたソープドラマには分類されない。むしろその中で懸命に生き交わる群像劇としての印象が強い。「水陸両生の汚いお仲間」と呼ばれながらも海とともに生き、「清らかさを吸いこみ生きている」サーファーに、いつの間にか共感を抱いてしまうはず。その頃には物語はすでにうねりを帯びており、ギャングとドラッグ、国境と大洋を肌で感じ生きる人々の誇りと気質が加わる。特にサモアンやハワイアンといったパシフィックの島に住む人々の絆についての描写が胸を突く。さらには、ストリッパーや整形手術や人身売買といったキーワードがブーンの過去の記憶を呼び起こし、物語のうねりは強く激しくなってゆく。サーファーやストリッパーという肩書に偏見を持つとこのミステリーは読み解けまい。上流階級出身の美人弁護士ペトラが変わっていったように、まずは彼らを知ろうとすることが求められるはずだ。
ビッグウェイブに乗った才能あるサニーは「世界のてっぺんにいる」と確信し、事件の鍵を握るストリッパーは「あなたのぜんぜん知らない世界が、世の中にはある」と主人公に言い放つが、まさにそのとおり。この500ページ超えの大作は、サンディエゴという街の知られざる部分、それがたとえばダークサイドだとしても、それを余すことなく照らしてくれる光としても読むことができる。
●『夜明けのパトロール』
ドン・ウィンズロウ 著
中山宥 訳
角川書店 952円
雑誌『Safari』3月号P199掲載