本当に良い時計をひとつ(もちろんたくさんでもいいけれど)持つことは、日々の価値を高め、良い人生を満喫することにもつながる。なぜなら人生はかけがえのない一瞬の集大成であり、愛すべき、優れた時計を媒体に“時”と対峙し続けることは、その時の質さえも変えることになるから。
そんな、生涯の友となりえる時計を世に送り出す名門のひとつが、ドイツ時計産業の要衝、グラスヒュッテに拠点を置く〈A.ランゲ&ゾーネ〉。ドイツは隣のスイスと双璧をなす時計大国であり、1845年創業の同社はドイツ時計の伝統を体現する、最高峰と言える存在。
しかしながら、ドイツ時計の歴史は大戦による同国の東西分断という悲運によって翻弄され、来し方は平穏とはほど遠いものだった。同社も第2次世界大戦後に東側陣営に取り込まれ、長らく休眠状態となっていたが、1990年の東西ドイツ統合後に見事復興。現代のドイツ時計の旗手として新たな歴史を紡ぎはじめた。
新生〈A.ランゲ&ゾーネ〉が復興後初のコレクションとして1994年に発表したのが、ランゲ1。悠久の歴史を昇華したランゲ1は同社のみならずドイツ時計の象徴となり、世界中の時計愛好家を魅了した。ランゲ1・タイムゾーンは2005年に誕生したバリエーションで、タイムゾーンの異なる場所の時刻を現在地の時刻と並列で表示することができる。この機種は、2020年に新開発ムーブメントを搭載して発表された第2世代に加わったプラチナケース仕様。ロジウムカラーの文字盤との取り合わせが、シックな魅力をことさら引き立てる。
ともあれ文字盤の様子に注目してほしい。一般的な、センターに指針を集約した様式とはまったく異なる、インダイヤルの配置に目を奪われはしないだろうか? これこそがランゲ1の身上であり、魅力。そして、類い稀な機能性の根幹にほかならない。
この“タイムゾーン”においては9時位置のインダイヤルで基幹のホームタイムを、5時位置のインダイヤルで渡航先などのローカルタイムを表示する。ローカルタイムは文字盤外周に配された可動式の都市名リングと連動し、インダイヤル5時位置のマーカーが示す都市の現在時刻を表示する仕組み。第2世代ではさらにマーカーの内側に、サマータイムを実施する都市であるか否かを示す機能が追加された。それぞれのインダイヤルには昼夜の識別が可能になる半円のマークも備わり、直径41.9mmのケースの中で、世界の2つの時間が明快に、かつ美しく同居する。まさに特徴的なレイアウトのなせる技だ。
1時位置には1の位と10の位を個別の窓で示すアウトサイズデイト、その下にパワーリザーブ表示。多彩な要素が、極めて巧緻に均衡する。こうして細部をたどると最初は意外に思えたダイヤルデザインがいつのまにかえも言われぬ美しさを帯びて迫り、急に愛おしくなってくるではないか! 実は、このダイヤルは恣意的なカウンター論法ではなく、機能性を重視した結果の“正論”。時計に限らずドイツの工業製品に通底する美学は機能性ありきのミニマリズムであり、ストイックな哲学に裏打ちされたこの“最適解”こそが、風雪に耐えつつ歴史を刻んできた名門の真骨頂と言える。
ケース径41.9mm、手巻き、プラチナ950ケース、レザーストラップ。価格要問い合わせ。ブティック限定。(A.ランゲ&ゾーネ)
技術の詰まった小宇宙的な世界観が異国への憧憬を誘うとともに、腕元にオーラを与える。腕時計はファッションにおいて比較的小さいので露骨に存在感を主張することは少ないけれど、ときにまるでテコの原理のように一瞬で全身を“格上げ”してしまうマジカルな可能性を秘めてもいる。フォーマルな装いは言わずもがな、ラフなデニムスタイル、いや、ショーツにTシャツなどというもっと無防備な格好でさりげなくこの時計をつけこなしていたら、たぶん人生のステージが飛び級でアップすることだろう。伝統と独自性、職人たちの情熱が、その価値を最大限に高めている。
●A.ランゲ&ゾーネ
TEL:0120-23-1845