PROFILE
1974年、プエルトリコ生まれ。子役として『スペースキャンプ』『バックマン家の人々』などに出演。活動休止を経て、『誘う女』で俳優業再開。『グラディエーター』でアカデミー賞助演男優賞、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で同主演男優賞候補となる。ベネチア映画祭男優賞受賞の『ザ・マスター』、カンヌ映画祭男優賞受賞の『ビューティフル・デイ』などを経て、大ヒット作『ジョーカー』でアカデミー賞主演男優賞受賞。ほかに『her/世界でひとつの彼女』などがある。
アメコミ映画史上、最も強烈で興味深いヴィランの誕生秘話を描いた『ジョーカー』は、普段はさほどアメコミ映画に関心のないライト層にも訴えかけるほど、インパクトの強い傑作だった。タイトルロールを演じたホアキン・フェニックスは、その年のアカデミー賞主演男優賞を受賞。これまでも高い演技力で知られ、名監督たちと多数の作品でタッグを組み、役にのめりこむ姿勢がときに危うい印象すら与えてきたフェニックスだが、この受賞を境に、彼はハリウッドきっての演技派スターとして世界中に名を知られる存在となる。
そんなホアキン・フェニックスが次に選ぶのは、どんな作品だろうか。再び狂気の悪役が降臨するのか? それとも、全く異なるタイプの役柄か?環境保護活動の一環として出演した短編映画『ガーディアンズ・オブ・ライフ(原題)』を挟み、彼が長編出演作として臨んだのは後者。もちろん、同じタイプの作品や役柄を続けて望む俳優などほとんどいないわけで、当然といえば当然のチョイスだが、驚くべきは振れ幅の大きさだ。名匠マイク・ミルズと組んだ『カモン カモン』で、フェニックスは“幼い甥との交流に奮闘する伯父さん”を演じている。
「映画の出演を決めるときに大事なのは、僕が好きになれる監督かどうか。その監督がこれまでどんな作品を作ってきたかよりもね。マイク・ミルズはまず脚本を送ってくれて、それがすごく気に入った。非常に興味深くて、無限の可能性がある物語のように思えたんだ。それで彼に会いたいと思い、実際に会って話したのだけど、彼となら何カ月も一緒に仕事ができる気がした。なにかクリエイティブなことができそうだと感じたし、今までとは違うなにかを僕から引き出してくれるんじゃないか、僕になにか新しい視点をくれるんじゃないかと思えたんだ」
「今振り返ってみても、この物語には自分が共感できる瞬間や感情がたくさん描かれている」とも語るフェニックス。本人の談によるとスムースに出演を決めた印象を受けがちだが、実のところ、即決とはいかなかったよう。マイク・ミルズ監督曰く、当初の彼は「この映画はすごく面白そうだけど、僕にはできない」と言っていたそうだ。そのため、フェニックスの出演を熱望していたミルズ監督は何カ月もかけ、脚本の読み合わせを実施。各シーンを演じながら物語を検証し、一緒に脚本を練り上げ、ときにはお互いの経験や考えについて語り合ったという。子供とは? 大人とは? 家族とは? 兄妹とは? そんな問答を経て、彼は『カモン カモン』の主人公ジョニーに。ラジオジャーナリストとしてアメリカ国内を飛びまわる一方、訳あって妹から預けられた9歳の甥ジェシーの面倒を見る独身中年男と化す。
ちなみに、フェニックス自身のパートナーは『ドラゴン・タトゥーの女』などで知られる女優のルーニー・マーラで、共演回数の多い2人は2019年に婚約し、翌年9月には第1子が誕生。『カモン カモン』の撮影を終えた頃、父親への階段を上りはじめたことになるが、「息子や自分の経験と映画を関連づけて考えると、吐きそうになるんだ。映画は別物だからね。(演じているときに)自分の人生については考えたくない。実生活にインスパイアされるのは美しいことだと思うけど、個人的には、ときに気持ち悪くも感じるんだ」と率直に語っている。
狂気のヴィランから等身大の伯父さんへ。その変化もさることながら、作品自体のテイストの違いにも興味をかき立てられる。物語の中心となるのはジョニーとジェシーのささやかな日常で、彼らをとらえた映像は美しいモノクロ。ドキュメンタリーかと思うほど親密なタッチが、人と人として向かい合う伯父と甥の時間に普遍性をもたらす。ジェシー役の少年ウディ・ノーマンとフェニックスのケミストリーもばっちりで、「今までとは違うなにかを僕から引き出してくれるんじゃないか」というフェニックス自身の期待に対する答えを見た思いにもなる。彼とプロレス好きのウディくんは、某プロレスラーのモノ真似を通じて意気投合し、ジョニーとジェシーさながらの絆を結んでいったそうだ。
「この映画を撮るうえで、僕や監督が目標にしていたのは自然でリアルに見えること。でも、“自然な演技をしている”というものにはしたくなかった。その差をうまく説明できないし、どうすればそうなるのかもよくわかっていないのだけど、僕にはウディが指針になった。目の前に毎日いてくれたからね。僕は彼の言葉に耳を傾け、彼のやることに反応すればよかったんだ」
悩めるヴィランから、無垢な子供まで。様々な対象の声を聴き、リアリティに落としこむ。“ホアキン・フェニックス史”がひとつひとつ、高みへと更新されていく理由がわかった気がした。待機中の作品にアリ・アスター監督による『ディサポイントメント・ブルバード(原題)』がある。
アメリカを飛び回るラジオジャーナリストのジョニー(フェニックス)は、妹の息子で9歳になるジェシーを数日間預かることに。ゆっくりと打ち解け合っていくジョニーとジェシーだったが、妹の事情で預かる期間が1日1日と長くなり……。『人生はビギナーズ』などのマイク・ミルズ監督が、自身の子育て体験からヒントを得て作り上げたヒューマンストーリー。●4月22日より、TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
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I find it hard to express
that love to each other.
お互いの愛を言葉にするのは難しい。
『カモン カモン』より
『Urban Safari』Vol.27 P10~11掲載
photo by Carolyn Cole / Los Angeles Times via Contour RA by Getty Images text : Hikaru Watanabe