【Vol.27】『スティーブ・ジョブズ 無謀な男が真のリーダーになるまで』×シリコンバレー
自らが立ち上げた会社を追い出され、11年の時を経て復帰。その後のV字回復はご存知のとおり。一体、成功の秘密とはなんだったのか? ほかのスティーブ・ジョブズの伝記ではあまり語られることのなかった11年の間に起きた彼の人間的変化。ジョブズと25年以上の親交を持つ元『フォ…
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- AMERICAN BOOKS カリフォルニアを巡る物語
自らが立ち上げた会社を追い出され、11年の時を経て復帰。その後のV字回復はご存知のとおり。一体、成功の秘密とはなんだったのか? ほかのスティーブ・ジョブズの伝記ではあまり語られることのなかった11年の間に起きた彼の人間的変化。ジョブズと25年以上の親交を持つ元『フォーチュン』誌記者が明らかにしたのがこの1冊だ。カリフォルニアが生んだ希代の経営者。偽らざるその姿とは!?
“変人”から“立派な経営者”へ。ジョブズの人間的成長をクローズアップ!
人は彼を“ビジョナリー”と呼んだ。天才であることは確かだが、コンピューターオタク的な才能とは違う。未来を予見する直観に恵まれ、その未来を実現させる実行力を備えていたのだ。
その人の名はスティーブ・ジョブズ。彼の人生を振り返ると、カリフォルニアによって作り上げられた人物だと思えてくる。彼の生みの母は彼を育てられない事情があり、SFに住むジョブズ夫妻に赤ん坊の彼を託した。一家はその後、ロスアルトスに転居。ここは後にシリコンバレーと呼ばれる地域である。
「パロアルトからサンノゼは新手の新興都市となっており、半導体や電気通信、エレクトロニクスの企業が次々と花開き、その花に引き寄せられるように電気電子、化学、光学の専門家やコンピュータープログラマー、物理学者など高学歴の人々が集まっていた」(上巻P47)
こういう地域で1960年代から’70年代に少年期と青年期を過ごすのは特別なことだったと本書の筆者はいう。ジョブズは自然に先端技術に詳しくなり、自宅のガレージの作業台で機械いじりに熱中した。そして天才的なエンジニア、スティーブ・ウォズニアックと知り合い、2人でこのガレージから斬新なコンピューターを生み出したのである。
もうひとつ、カウンターカルチャーの中心地で育ったことも彼に大きな影響を与えた。彼は反体制的な音楽に親しみ、LSDを試し、アジアの哲学や神秘主義にも傾倒した。官庁や企業のものだったコンピューターを一般人に行き渡らせ、それによって人々を繋ぐというビジョンは、こういう環境から生まれたのである。
こうして“2人のスティーブ”はアップルコンピュータ(当時)を創業し、大成功を収める。しかし闇雲に突き進むジョブズの激しい気性は敵も作りやすく、’85年に創業者でありながら会社から追放されてしまう。同社はその後、低迷。一方のジョブズはNeXTという会社を設立し、その傘下のピクサーが大きな利益を上げる。そして’96年にアップルコンピュータに復帰。ヒット商品を次々に生み出し、見事復活させるのである。
ジョブズの伝記の中でも本書が特徴的なのは、彼の人間的な成長に焦点を当てている点だ。若い頃のように傲慢なままだったら、復活できたはずがない。ジョブズを若い頃から知る筆者は、彼が自分をコントロールする術を学び、人との絆を大切にするようになった点に、後年の成功の要因を見る。もっとも、克服できない欠点も残り続けるのだが、そんな人間臭さが見えてくるのも本書の魅力だ。
晩年のジョブズはガンに侵されながらも、iPadやiPhoneの製作に意欲を見せ続け、新製品発表のプレゼンも自分でこなした。一方で子供たちを愛し、家族とともにパロアルトの美しい環境で静かに暮らしていた。彼の葬儀で妻のローリーンは、彼が“心の底からカリフォルニア人”だったと述べている。
今月の豆知識
アップルの伝説はこの家からはじまった!
スティーブ・ジョブズが生まれ育ったロスアルトスの街は、現在ではシリコンバレーの一角として知られている。州内でも犯罪率が最も低い町のひとつで、ベイエリアの中でも、賃料や世帯収入も高い高級住宅街だ。上の写真はジョブズが育った家。初期の作品はこのガレージで作られており、地元の歴史委員会によって歴史的遺産として保存されている。
もう1人のスティーブ、ウォズニアックに注目!
サンノゼ出身の天才的エンジニアとして知られる、スティーブ・ウォズニアック。アップルコンピュータ(当時)の共同創設者の1人で、その卓越した開発力に“ウォズの魔法使い”の異名を取った。ちなみに社員番号は1番。紆余曲折の末、1985年に退社するが、ジョブズとの関係は晩年まで続いた。現在は、地域の子供たちや若者のための情報化教育活動など、社会的な活動を続けている。
カリフォルニアで生まれたカウンターカルチャーの影響!
1960年~70年代に西海岸で育ったジョブズは、カウンターカルチャーとコンピューターブームの中心にいた。その経験はアップルコンピュータの復活と大躍進に重要な作用をもたらしたとされている。たとえば、“Think different”というコピーもそのひとつ。アップルコンピュータの企業文化には、常にカウンターカルチャーのDNAがあったのだ。
●『スティーブ・ジョブズ 無謀な男が真のリーダーになるまで(上・下)』
ブレント・シュレンダー 、リック・テッツェリ 著 井口耕二 訳
日本経済新聞出版社 各2000円
雑誌『Safari』4月号 P247掲載