【まとめ】絶対感動!ヒューマンドラマ映画37本!
週末は、映画をじっくり鑑賞するのはいかが? 映画館やおウチで鑑賞できるヒューマンドラマを37本セレクト。是非、こちらを鑑賞して英気を養って!
『ノマドランド』
製作年/2020年 原作/ジェシカ・ブルーダー 製作・監督・脚本・編集/クロエ・ジャオ 製作・出演/フランシス・マクドーマンド、デビッド・ストラザーン、リンダ・メイ
オスカーを制した話題作!
先日のアカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演女優賞を獲得した話題作。経済破綻で自宅を手放すことにした主人公ファーンが、ワゴン車を住居にして働き口を求めて転々とする。物語だけ聞くとシビアで重い印象。ところが、予想以上にポジティブな気分に導かれるのが、この映画のマジックなのだ。
大企業アマゾンでの梱包作業や、国立公園の清掃などで出会いと別れを繰り返すファーンの日常に、アメリカ各地の雄大な自然が重なって、ロードムービーに浸っていく感覚。とにかく各地の映像が美しい! これまでのアメリカ映画では目にしたことのない珍しい風景も出てきたりして、まるで旅行気分も味わえるのが『ノマドランド』の魅力なのだ。
タイトルのノマドは、本来の意味である“遊牧民”から発展し、定住しないで人生を送る人たちのことを指すようになったが。ファーンのノマドライフを観ていると、余計なものを持たず、自由に生きる幸せが伝わってくる。
ファーン役のフランシス・マクドーマンドは、ノマドライフを体験して役作り。そしてファーンの仲間には、実際にノマドとして生きる人々もキャスティング。味わい深い演技を見せてくれる。
寒さに耐えて車内で眠ったり究極にお金に困ったりと、現実的エピソードもあるが、料理やトイレのアイデアなどキャンプ生活のヒントにもなるし、DIYに役立ちそうなネタもいっぱい。とりあえず断捨離したくなるのは確実!? ノマドたちの生き方は、いろいろな意味でお手本になるはずだ。
『ミナリ』
製作年/2020年 製作総指揮/ブラッド・ピット 製作総指揮・出演/スティーヴン・ユァン 監督・脚本/リー・アイザック・チョン 出演/ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、アラン・キム
アカデミー賞助演女優賞を獲得したユン・ヨジョンにホッコリ!
主人公は、大都市のロサンゼルスから、南部のアーカンソー州に引っ越してくる韓国人移民の4人家族。父のジェイコブは荒れた土地を開拓し、農業をはじめようとする。これ、日本ではあまりにも有名な『北の国から』を思い出すような設定! 幼い息子のデビッドは心臓に病を抱えており、心配する母のモニカは、強引に夢を追い続ける夫に反発し……。
1980年代を舞台に、韓国人移民という特殊なシチュエーションの中で起こる、新天地での新しい仕事や日常の変化、周囲の人たちとの関係を描く。さらに、行き違う思いや、それを乗り越えようとする家族の絆をエモーショナルに描き、誰もが感情移入しやすいドラマに仕上げている。
セリフはほぼ韓国語だが、デビッドと姉のアンは英語だったりして、会話の楽しさも『ミナリ』の魅力。基本は感動系ストーリーながら、要所にはユーモアもたっぷりで、特に韓国からやって来る祖母の暴走ぶりが笑える。祖母役のユン・ヨジョンは“韓国のメリル・ストリープ”と呼ばれる存在。今回のアカデミー賞でも助演女優賞を獲得した。
『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
製作年/2019年 製作総指揮・出演/リズ・アーメッド 原案・監督・脚本/ダリウス・マーダー 出演/オリビア・クック、ポール・レイシー、ローレン・リドロフ、マチュー・アルマリック 配信/アマゾン プライム・ビデオ
聴覚を失ったミュージシャン、その生き方とは?
本作の主人公は、恋人とロックバンドを組み、トレーラーハウスを走らせながらアメリカ各地でライブ活動を行っているルーベン(アーメッド)。ドラム担当の彼はある日のライブ中、聴覚の異常に気づく。医師の診断を受けた彼は、回復の見込みがないと知って自暴自棄に。心配する恋人の勧めを受け、ろう者のためのコミュニティで暮らすことになるが……。
音を失ったルーベンが、今までのままでいるのは不可能。彼にできるのは、新しい現実を受け入れることだけ。そんなルーベンの戸惑い、恐怖、嘆き、もがき、そして気づきを、リズ・アーメッドが誠実に切々と演じている。
また、物語はルーベンだけでなく、恋人のルー(オリヴィア・クック)にも目を向けている。ルーベンが“今まで”と切り離されたように、ルーにも新しい日々が。変わりゆくものが押し寄せる中で自分自身と向き合ったとき、果たして愛だけは今までのまま存在し続けるのか? リアルなラブストーリーとしても、考えさせられるものがある。
『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』
製作・監督・脚本/アリス・ウー 出演/ダニエル・ディーマー、アレクシス・レミール 配信/ネットフリックス
愛の答えを求める若者たちに共感し、
傑作を引用した演出力に唸る!
物語の舞台は、アメリカの田舎町。母親を亡くし、父親と2人で暮らす中国系アメリカ人の高校生エリーは、相容れない同級生たちに囲まれながら、半ば諦めモードで学校生活を送っている。成績がよく、同級生たちに頼まれたレポートの代筆も淡々とこなす(お代はちゃんといただく!)エリーを担任教師は気にかけ、彼女を花開かせるような大学への進学を促すが、エリーの態度はどこまでもクールだ。
そんな中、アメフト部のポールが、ラブレターの代筆をエリーに依頼する。宛先は、学校で一番の美少女アスター。美しさだけでなく知性も備えたアスターは、ポールにとって高嶺の花だ。そればかりか、実はエリーもアスターに恋している。そうとは知らないポール、そして恋心をひた隠すエリーは、アスターを射止めるための『シラノ・ド・ベルジュラック』作戦を遂行することになるが……。
切実さを乾いたユーモアでくるみつつ、文学や映画の粋な引用に本音や皮肉を滲ませながら、それでも漏れてくる青春のきらめきを丁寧にすくい取ったアリス・ウー監督は台湾系アメリカ人で、同性愛者でもある。エリーらの物語には、自身の経験も投影しているそうだ。
となるとパーソナルな香りが漂うかもしれないが、そうではない。有能な監督と愛おしい登場人物たちが、これは“自分たちの物語”なのだと感じさせてくれる。青春映画の新マスターピースとして、長く大切に付き合っていきたい作品だ。
『フェアウェル』
製作年/2019年 監督・脚本/ルル・ワン 出演/オークワフィナ、ツィ・マー、ダイアナ・リン
誰もが経験する親族の看取りに胸が詰まる
主人公のビリーは、両親とNYに暮らす中国系アメリカ人。中国の長春に暮らす祖母のナイナイがガンで余命3カ月と聞かされ、ビリーの一家は長春へ向かうことに。しかし帰国の口実は、あくまでも親戚の結婚式。長春の家族が、絶対にナイナイにガンの事実を知らせたくないからだ。
余命短いガンを本人に告知するべきか? 最後まで嘘をつきとおすのか? アメリカで育ったビリーと、中国の親戚の価値観がぶつかり合うドラマだが、基本的にノリは軽やか。“おばあちゃんが大好きな孫”という設定に、誰もがすんなり共感してしまう。
ナイナイに嘘がバレないようする周囲の気使いが、ときにシリアスに、ときにコミカルに展開。なにも知らないナイナイが、久々に会った孫娘のビリーに伝える言葉は、やたらと心にぐっときたりする。結婚式の花嫁が日本人というのも妙に親近感(演じるのは中国を拠点に活躍する水原碧衣)がわくはず。
中国らしく大盛り上がりの結婚式では日本の曲も歌われたりして、ややカオスと化していく様も楽しい。物語が物語だけに当然、感動も待っているが、不意打ちで涙腺を刺激する演出が見事。監督は中国系アメリカ人のルル・ワンで、彼女自身の実話が基になっており、“実話”というポイントが感動を倍にさせるはず。
『Mank/マンク』
製作年/2020年 製作・監督/デヴィッド・フィンチャー 脚本/ジャック・フィンチャー 出演/ゲイリー・オールドマン、アマンダ・サイフリッド、リリー・コリンズ 配信/ネットフリックス
『市民ケーン』の舞台裏を描く
舞台となるのは1930〜40年代のハリウッド。“時代の寵児”といわれた、若き天才監督、オーソン・ウェルズが、映画史に残る大傑作『市民ケーン』を完成させるまでの物語。とはいっても主人公は、ウェルズではなく、脚本を書いた、ハーマン・J・マンキーウィッツ(周囲に“マンク”と呼ばれていた)。
アルコール依存症が原因で大ケガを負ったマンクが、牧場の宿泊施設で、ウェルズの新作の脚本に取り組むが、そこにマンクの過去が重なっていく。ウェルズ側からの無理難題や、アルコールの欲求との格闘、看護師ら女性たちとのドラマで、オスカー俳優のゲイリー・オールドマンが、マンクを愛すべき天才として名演。思わず共感する瞬間が何度もある。
マンクが書く脚本の主人公は、旧知の新聞王ウィリアム・ハースト。ハリウッドでも権力を持つ男のスキャンダラスな面を入れこんでいるので、同時進行する過去のパートでは、映画業界のドロドロの舞台裏も展開。映画ファンには、たまらないエピソードの連続だ。
当時の映画を意識して、わざと合成っぽく見せる映像や、『ファイト・クラブ』でも語られたフィルムのウンチクを入れるなど、こだわりの演出がたっぷり。背景となる州知事選が、今のアメリカの大統領選に重なったりもする。
とはいえマニア向けというわけではなく、語り口はわかりやすいし、ハリウッド黄金期の女優を演じるアマンダ・サイフリッドのオーラを放つ美しさには、誰もがうっとりするに違いない。
『グリーンブック』
製作年/2018年 製作・監督/ピーター・ファレリー 出演/ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリニ
粗野だけどチャーミングなトニーの男っぷりに惚れる!
このお話、簡単にいうとすべて真逆な男2人のロードムービーだ。ホワイトハウスでも演奏したことのある天才黒人ピアニストのドクター・シャーリー。育ちもよく上品で、博士の称号も持つ独身のインテリだ。そんな彼が差別の残る米南部のコンサートツアーに出発。その運転手に雇ったのが、イタリア系でとにかくケンカっ早いトニー・リップだ。やんちゃで悪さもするが、家族思いで人情深い。価値観も性格も、生き方もまるで違う2人が心を通わせる物語。
そう、本作で重要なのが“まるで違う”ということ。“まるで違う”からこそ、互いに反発と理解を繰り返し、友情を深めていくわけ。旅の中で繰り広げられる彼らの行動は、友情を築くよいお手本になるはず。そして、行く先々でのトラブルがいちいちユニーク。それに対するトニーの切り返し方が絶妙でなんとも痛快な気分に。粗野で強面のトニーが次第にチャーミングに思え、男ならこんな親友がほしいと願うはずだ。そこにドクターが演奏するピアノも重なるものだから、観ていて心地いいったらありゃしない!
2人を演じるヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリも完璧で、そのやりとりが最大限に発揮されるフライドチキンのシーンに、爆笑しない人はいないはず。マハーシャラ・アリは本作で2度めとなるアカデミー賞助演男優賞を獲得。脂の乗った彼の演技に魅了されるに違いない。監督は、あのシモネタ全開のオバカラブコメ『メリーに首ったけ』で知られるピーター・ファレリーなのだが、今回は暴走ギャグは控えめ。むしろ安定のコメディセンスで万人ウケ必至。人種差別をテーマにしつつ、ここまで軽やかな名作は過去にはなかったかも!? ちなみに本作は実話がベース。タイトルにある“グリーンブック”は、かつて米国で出版されていた黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブックのことだ。
『ベンジャミン・バトン 数奇な運命』
製作年/2008年 監督/デビッド・フィンチャー 共演/ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン
ブラピのイケメンの変遷が一気に観られる!
若い時代から、中年になった現在まで、それぞれの年代でカッコいい男のトップに君臨し続けたブラピ。その“変貌”を一気に再現してくれるのが、この作品だ。
主人公のベンジャミン・バトンは、生まれたときに80歳の肉体で、時間とともに若返っていくという、“逆行人生”を歩む。背景となるのは、第一次世界大戦の終わりからの激動の歴史。かなり壮大で突飛なシチュエーションだが、軸になるのはベンジャミンのラブストーリー。
監督は、ブラピの起用が今回で3度めとなる鬼才、デヴィッド・フィンチャー。新たなビジュアルへの挑戦が大好きな監督ということで、特殊メイクや、顔の演技をキャプチャーしたCGなど、最大限に駆使される特殊効果が見どころ。
戦争アクションから、恋人デイジーの踊るバレエといった幻想的シーンの数々、エモーショナルな人間ドラマ……。あらゆる映画のジャンルが詰め込まれたぜいたくな内容でもある。
『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』
製作年/2017年 監督/クレイグ・ギレスピー 出演/マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャネイ、ジュリアンヌ・ニコルソン
悪女のトーニャ、好きになれる?
1994年、リレハンメル冬季オリンピックの直前、全世界を騒然とさせたニュースが流れた。フィギュアスケートのアメリカ代表選考を前に、有力選手が何者かにヒザを殴打される。その事件にライバル選手が関わっていた……というのだ。加害者側に立たされたのが、トーニャ・ハーディング選手。あの伊藤みどりに続いて、女子選手として2人めのトリプルアクセル成功者となった実力の持ち主である。事件の顛末とともに、彼女の人生に迫った本作は、観る者に強烈なインパクトを残す。
この作品、登場人物たちはことごとく“問題アリ”なのである。まずトーニャ・ハーディング本人。自分の得点に不満があれば、ジャッジにクレームをつける。フィギュア選手としてありえない行動もへっちゃら。それくらい自己主張が強い。その彼女を育てた母親は文字どおりの“鬼母”(演じたアリソン・ジャネイはアカデミー賞助演女優賞を受賞した)で、何度も別れてはヨリを戻す元夫は、すぐにキレてトーニャに暴力をふるう。その元夫の友人は、「諜報機関の仕事をしている」と平気で嘘をつく、絵に描いたようなダメ男。ライバル選手、ナンシー・ケリガンの襲撃は、元夫とこの友人が発端になるのだが、計画の無茶苦茶さは笑ってしまうほどだ。
そしてなにより驚かされるのは、トーニャ・ハーディングを演じたマーゴット・ロビーだ。もちろん氷上でのジャンプやスピンなどは映像処理されているが、トーニャの腕の動きや演技後の堂々とした表情を“完コピ”。フィギュアスケートファンも感動させる。マーゴットは映画『スーサイド・スクワッド』のハーレイ・クイン役でも強烈なキャラに愛らしさを絶妙にまぶしており、事件当時、“悪女”として世界を騒がせたトーニャ・ハーディングに、人間味を与えることに成功した。傲慢で、自分勝手で、気性が荒いという、近くにいてほしくない人物が、映画を観終わった後、ちょっぴり好きになっているはず!
『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』
製作年/2017年 監督/スティーヴン・スピルバーグ 出演/メリル・ストリープ、トム・ハンクス
政府とマスコミの息詰まる攻防戦!
いきなり戦争シーンで始まる本作。『プライベート・ライアン』ほどではないが、スピルバーグらしい臨場感あふれる戦闘アクションに息をのむ。ベトナム戦争を経験した1人の人物が、アメリカ政府が大義のために戦争を止めなかった真実をマスコミにリークすることになるのだが、極秘文書を持ち去り、大量のコピーをとるシークエンスから異様なスリルと緊迫感が充満していく。その後は『ワシントン・ポスト』紙の編集部の“現場”の苦闘が、こちらもテンポよく進み、観る者の集中力を切らせない。
単なるスクープを追うジャーナリスト魂だけでなく、スクープを止めようとするアメリカ政府と、『ワシントン・ポスト』の会社としての未来を天秤にかけるキャサリンの試練を描くことで、より幅広い層の観客に感情移入させるのだ。キャサリン役でアカデミー賞候補になったメリル・ストリープが、重要な決断を示すシーンで“神レベル”の名演技を披露することもあって、後半の没入度はマックスに達することだろう。
編集部員それぞれの葛藤はもちろん、終盤の短いシーンに登場する人物の一言や、締切ギリギリまで待つ印刷工場の人たちの表情など、小さな勇気が集まって大きなパワーを生み出す、そんな瞬間が何度も訪れるのだ。1971年当時の新聞の印刷風景など、細部の表現にも手を抜かない、巨匠らしい渾身作になっている。
『ワンダー 君は太陽』
製作年/2017年 原作/R・J・パラシオ 監督・脚本/スティーヴン・チョボスキー 出演/ジュリア・ロバーツ、オーウェン・ウィルソン、ジェイコブ・トレンブレイ
ベタな感動が苦手な人も涙に誘われる!
映画で感動するポイントは人それぞれ。物語や登場人物にいかに共感するかが重要だが、ストレートでわかりやすく涙腺を刺激するパターンが好きな人もいれば、ベタな表現には引いてしまうけど、静かに胸にしみわたる繊細さは好きという人もいる。しかしごく稀に、あらゆる人を納得させる感動映画が誕生する。この『ワンダー 君は太陽』は、そんな1作だ。
主人公は、トリーチャー・コリンズ症候群という遺伝子疾患によって、人とは違う顔で生まれてきたオギー。10歳にしてすでに27回もの手術を経験した彼が、一般の小学校にはじめて登校するところから、この物語ははじまる。外見のせいで奇異な視線を浴び、いじめを受けながらも、友人を作り、学校生活に必死に慣れようとするオギー。この設定だけで、ストレートな感動は保証される。
しかしこの作品は、さらに一段上の予期せぬ感動を用意している。最初はオギーと仲良くするが、その裏にさまざまな葛藤を抱えたクラスメイト。オギーを育てるために自分の夢を犠牲にした母。両親がオギーのことばかり考えるので、つねに放っておかれる姉。そしてその姉の親友も複雑な状況に悩み……と、周囲の人物に視点を切り替えることで、彼らの心情が切なく胸に迫る作りが素晴らしい。しかも各人物のドラマが、パッチワークのように見事に絡んで行くものだから、難病モノというジャンルを軽々と超え、ベタな感動が苦手な人も、あちこちで不覚な涙に誘われるのだ。
『女王陛下のお気に入り』
製作年/2018年 監督/ヨルゴス・ランティモス 出演/オリビア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ
イギリス王室のドロドロした確執劇が面白い!
日本の時代劇に当てはめれば“大奥”の世界。欲望と嫉妬が渦巻く、ドロドロのドラマが描かれる。女王が女性との“関係”を楽しんでいることがわかり、危険なほどエロチックな空気も充満していく。さらにサラとアビゲイルによる、女王の取り合いが展開するのだが、しだいに3人の駆け引きは予想できない心理ゲームに。スキャンダラスでありつつ、プライドを闘わせる濃密な人間ドラマは、とにかく見応え十分。
“宮廷モノ”といえば、ゴージャスなセットや衣装をイメージするだろう。しかし今作の場合、モノトーンや沈んだカラーを基調にした色づかいが多く、ロウソクの光を効果的に使ったダークな室内など、リアルな演出が目立つ。17匹ものペットのウサギたちなど、宮廷生活での生々しくも異様な日常にフォーカスしているのも斬新な視点。おぞましさや悪趣味もこめられ、あらゆる要素が一筋縄ではいかない作品となっている。
『運び屋』
製作年/2018年 製作・監督・出演/クリント・イーストウッド 出演/ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ
ダメ老人の愛嬌になぜだか応援したくなる!
ベースになっているのは、2014年に全米を驚愕させた実話。メキシコの犯罪組織に雇われ、コカインをせっせと密輸したおじいさんの物語だ。家庭をないがしろにしたせいで妻や娘に去られ、そのうえ大好きな仕事も失った老人。そんな彼がなんとなく請け負った麻薬の運び屋、これがなんだかんだで意外とうまくいってしまう。
90歳も近い彼の性格は、一言でいうとむちゃくちゃマイペース。そもそもこの人、反省はするけど「まぁ、いっか」的な態度が家庭をダメにしたわけで。運び屋中も自由で、麻薬を積んでいるくせに美味しいダイナーに寄り道したり、困っている人を助けたり。のほほんとした姿勢が、逆に功を奏していく。
たぶん彼をイーストウッド以外が演じたらイラッとすることもありそうだが、そうはならないのが愛され俳優たる“イーストウッド力”。憎めないし、なんなら応援したくなる。とはいえ、「俺ってチャーミングだろ?」的な嫌味はなく、犯罪に手を染めちまった感も一応漂わせているのがいい。このあたりのどうしようもなさを、冷静に描いているのは監督としての“イーストウッド力”。無償でリスペクトされている理由を、ぜひ本編で。
『ホテル・ムンバイ』
製作年/2018年 監督・脚本・編集/アンソニー・マラス 出演/デヴ・パテル、アーミー・ハマー
誰が犠牲になるかわからない状況に震える!
ムンバイの各所で起こる銃撃や爆発シーンで、オープニングから一気にたたみかけてくる本作。この緊迫感は、最後の最後まで途切れることはない。その後に描かれる高級ホテルでの攻防、ロビーでの銃乱射、レストランからの脱出、鍵をかけた客室にも迫る危機は、リアルな表現で、その惨劇に目を覆いたくなるほど。いつ、誰が、次の犠牲者になるかわからない不安と戦慄は、この手のテロ事件映画の中でも最高レベルだろう。9.11同時多発テロで、ハイジャックされた機内を再現した傑作『ユナイテッド93』を彷彿とさせる作品だ。
生まれたばかりの我が子を救おうとするアメリカ人夫婦など感動ポイントも多いが、最も胸を揺さぶるのは、従業員たちの自己犠牲精神。ホテルから脱出できたにも関わらず、宿泊客を守るためにホテルに残るという彼らの選択は、まさに“名もなきヒーロー”の姿そのもの。一方、本作では少年のようなテロ実行犯たちの素顔にもフォーカス。電話越しに指示を出す首謀者によって彼らが“操られていた”という沈痛さもあぶり出している。かなりヘビーな体感映画かもしれないけれど、生き残るために立ち向かった人々の勇気には胸を打たれるはず!
『レスラー』
製作年/2008年 監督/ダーレン・アロノフスキー 主演/ミッキー・ローク
ボロボロになっても立ち上がる姿に男を感じる!
主人公の姿にミッキー・ロークの人生を重ね合わせずにはいられない作品で、かっこ悪さをさらけ出した姿が胸を打つ人間ドラマ。主人公ランディは、かつてメジャー団体で活躍したが、今はステロイド剤の射ちすぎでボロボロになった中年プロレスラー。若手レスラーやプロレスファンからリスペクトされる一方、普段はスーパーマーケットで働かざるをえないほど落ち目になっている。
心臓の手術を受け引退を決意するが、どうしてもリング上で感じた高揚感を忘れることができない。そのうえ、不器用な生き方しかできないため、大好きな娘の約束をすっぽかしては嫌われ、勤務中のスーパーマーケットではファンに見つかり、恥ずかしさから店をグシャグシャにしてしまう。そんなつもりじゃないのに、同じ過ちを繰り返してしまう。誰しも、こんなときがあるだけに、ランディの気持ちが痛いほど伝わってくるはずだ。
ラスト、ランディはボロボロのカラダながら命懸けでリングに上がる。そこには天職に巡り合ってしまった男の喜びと哀しみが見てとれる。‘80年代にフェロモン系男優として一世を風靡したミッキーだが、その後は低迷。破産、離婚、整形手術の失敗……と辛酸を舐めわけだが、本作でベネチア映画祭金獅子賞を受賞しカムバックする。まさにミッキー自身のセミドキュメンタリーを観ているかのようでもある。
『ドリーム』
製作年/2016年 監督/セオドア・メルフィ 出演/タラジ・P・ヘンソン、ケビン・コスナー
差別を排除し、正当に評価する理想の上司!
NASAに勤務する3人の黒人女性を主人公にした本作は、1960年代が舞台。最先端のNASAですら人種や男女の差別意識が色濃く、3人は仕事が優秀でも正当に評価されない。自分たちだけで闘っても、なかなかこじ開けられない扉。それを開いてくれるのが、ケビン・コスナー演じる理解ある上司ハリソンだ。
3人のうち、複雑な計算を得意とするキャサリンは、新たに配属された白人男性ばかりの部署で才能を発揮する。だが、有色人種用のトイレは800mも離れたビルにあり、コーヒーポットも白人用は使えないなど仕事に支障をきたす。そんな実状をハリソンが打ち破るエピソードが、あまりに爽快!
さらに黒人女性ばかりの計算部でスーパーバイザーを務めるドロシーは、自身の昇進問題と葛藤しながら、同じ部署のメンバーをまとめ鼓舞するなど、あちこちに上司と部下、師弟のエピソードが登場する。NASAを陰で支えた主人公たちの功績は、後の世代の道を切り開いただけでなく、この映画を観た現代のわれわれにも勇気を与えることになった。映画自体が“人生の師”として学べるレベルなのである。
『小説家を見つけたら』
製作年/2000年 監督/ガス・バン・サント 出演/ショーン・コネリー、ロブ・ブラウン
進むべき道をやさしく教えてくれる師の姿に憧れる!
本当に自分はこの道を進んでいいのか? 才能はあるのだろうか? そんな迷いを感じたとき、冷静な判断と経験をもとに、やさしく背中を押してくれる。それが理想の“師”なら、本作の登場人物はまさに当てはまるだろう。16歳の黒人少年ジャマールが、友人にそそのかされて侵入した老人のアパートに、創作ノートが入ったリュックを置き忘れる。戻ってきたノートの文章は、赤字で添削されており、その老人がピュリツァー賞も受賞した有名作家だと発覚する。
作家に文章を教えてもらうジャマール。その関係は師弟関係の理想像だが、一方で文章が急速にうまくなった彼に、学校の教師は疑いの目を向ける。こちらの関係は、パワハラの様相もちらつく。同じ人生の師の立場として、作家と教師のコントラストが絶妙だ。本作はガス・ヴァン・サント監督で、やはり麗しき師弟関係を盛りこんだ名作『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』を撮っている。2作とも、ラストシーンとその余韻が絶品なので、是非観比べてほしい。
『マイ・インターン』
製作年/2015年 監督/ナンシー・マイヤーズ 出演/ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイ
自分の上司が年下だったら? そんなときはご参考に!
どんな世界にも“教える”側と、“教えられる”側が存在するが、多くの人が経験するのが、仕事上での上司と部下の関係だろう。場合によっては、年齢とその関係が逆転することもある。アン・ハサウェイとロバート・デ・ニーロ共演の本作は、まさにその典型例だ。
通販サイト会社の女社長ジュールズの下で働くことになったのは、シニア・インターン制度で採用された70歳のベン。仕事上ではもちろん社長と部下という関係だが、人生の経験は当然、ベンの方が豊富。仕事やプライベートで問題にぶつかるジュールズを、ベンは“人生の師”としてサポートする。
肝心なときは手を差し伸べるが、ふだんは一歩下がって相手を見守る。そんな“ジェントルマン”なベンの姿は、ある意味で理想の上司だろう。ベンを演じるデ・ニーロ自身と重ねると、さらに感慨深い。若い時代は過激な演技や役作りも得意としてきた彼が、年齢を重ねていぶし銀の存在感をみせる。アン・ハサウェイとの共演では、俳優同士の美しき師弟関係も感じられて、微笑ましい限り!
『ショーシャンクの空に』
製作年/1994年 監督/フランク・ダラボン 出演/ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン
ヒューマンドラマの傑作!
無実の罪で終身刑を言い渡された堅物の元銀行員アンディが刑務所の中で最後まで希望を捨てずに生き抜くヒューマンストーリー。冤罪を主張しても誰にも聞いてもらえず、所長や刑務官は利己的で残虐、暴力的な服役囚には常に狙われ……。絶望の中でもアンディは持ち前の人柄の良さで味方を増やし、鉱物収集という趣味を見つけて楽しみ、そして何より自身の知恵をフル回転して居場所と地位を獲得していく。
ヒューマンドラマであり脱獄ものとしても秀逸な本作。あっと驚く脱獄の方法、所長や刑務官への痛快すぎる“復讐”。約20年もの長い間、決行のその時までアンディは希望と尊厳、そして知識を武器にひとり静かに戦っていたのだ。特にアンディが『フィガロの結婚』を流すくだりは、彼の人間性――ひいては人間にとって根源的に大切な感情や意思が描かれる名シーン。普段は柔和でおとなしいアンディの清々しくも不敵な表情も必見だ。ちなみに、その数年後に製作される『ミスト』は同じスティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督と思えぬ、正反対の絶望に満ちた作品なのも面白い。
『ハニーボーイ』
製作年/2019年 監督/アルマ・ハレル 脚本・出演/シャイア・ラブーフ 出演/ノア・ジョブ、ルーカス・ヘッジズ 配給/ギャガ
俳優シャイア・ラブーフの半生!
この映画、脚本を担当したのは『トランスフォーマー』シリーズなどで知られる、人気俳優のシャイア・ラブーフ。彼自身も子役でデビューしたので、これは半自伝的作品。つまり物語は、ほぼリアルってこと!
シャイアといえば、飲酒運転やバーでの乱闘、店内での立ちション(!?)、ブロードウェイの舞台を観に行って客席で大騒ぎなど、そのやんちゃっぷりでも有名。何度も逮捕歴があり、アルコール依存症の治療も経験。そう、まさにハリウッドの“お騒がせ”スター。
そんなシャイアは、この映画で主人公の父親を演じている。子役の息子を追い詰め、暴力もふるうというダメっぷり。ここまで自分と父親の真実をさらけ出すシャイアの覚悟はアッパレというほかない。
これは、12歳の主人公オーティスの子役としての日常と、アルコール依存症の更生施設に入った10年後が行き来する物語。特に子役時代は、撮影現場の実態や、オーティスが大人に誘われて手を染めるヤバい行為など、驚きのシーンがたくさん登場する。
演じるのが、『ワンダー 君は太陽』『フォードvsフェラーリ』で天才的演技を披露したノア・ジュプなのだが、ここまでハードな演技をやらされたら、トラウマになるのでは……と心配になるほど!
こう書いていくとシリアスな作品のようだが、ユーモアも多いし、やわらかな光を駆使した映像も実に美しい。全体に心地よいムードなのも、この映画の不思議な魅力だろう。
『シカゴ7裁判』
製作年/2020年 監督・脚本/アーロン・ソーキン 出演/エディ・レッドメイン、アレックス・シャープ、サシャ・バロン・コーエン、ジェレミー・ストロング、ジョゼフ・ゴードン=レビット、マイケル・キートン 配信/ネットフリックス
今を生きる我々に訴えてくる強靭なテーマをもった一作
妙にかっこいい響きの“シカゴ7”。これは1968年、ベトナム戦争への派兵に反対し、民主党大会でデモを起こそうとしたとされる活動家7人のこと。彼らが扇動したデモによって、警察側と激しい衝突が起こり、数百人の負傷者が出た。シカゴ7(セブン)と呼ばれた彼らの裁判は、全米の注目を集めることになる。
こんな風にストーリーを書くと、やや堅苦しい社会派の印象で、法廷での密室ドラマが予想されるが、映画の冒頭から裁判官とシカゴ7のやりとりがちょっと笑えたりして、脚本の巧さに引きこまれてしまう。監督と脚本を担当したのが、『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー賞脚色賞に輝いたアーロン・ソーキンなので。このあざやかさも納得!
裁判中に出てくる数々の証言や、意外な事実など、法廷の外での再現シーンもたっぷり。デモ隊vs警察のアクションは過激だし、手に汗握る緊迫感も充満する。やや複雑な人間関係も、それぞれが役者の魅力でキャラ立ちしているのですんなり理解できるはず。
特にベテラン陣の演技が味わい深く、本心を表に出さない弁護人のマーク・ライランス、実に嫌味な裁判官のフランク・ランジェラは今年の助演男優賞に推したいほどのインパクトなので注目を。終盤はいかにもハリウッド作品らしいエモーショナルな流れなのだが、素直に心が揺さぶられる人も多いのでは? ベトナム戦争時代の実話ながら、今を生きる我々に訴えてくる強靭なテーマをもった一作!
『弁護人』
製作年/2013年 監督・脚本/ヤン・ウソク 共演/イム・シワン、キム・ヨンエ、クァク・ドウォン
正義に目覚めていく弁護士を熱演!
1980年代初頭、軍事政権下の韓国、プサン。高卒だが独学で法律を学び、弁護士となったウソクは法廷には立たず、割のよい税務の仕事で家族を養っていた。そんなある日、恩人である食堂の女将の、大学生の息子が共産主義者のレッテルを貼られ、不当に逮捕・拘束されるという事件が発生。拷問を受け、自白を強要された彼を救うため、ウソクは弁護にあたる。しかし、それは自身を危険にさらすことを意味していた……。
後に韓国の大統領となったノ・ムヒョンの若き日の体験に基づく社会派ヒューマンドラマ。最初は家族のために金を稼ぐことしか考えていなかった弁護士が、法を逸脱した権力に怒りを覚え、社会正義に目覚めていく。そんな胸中の変化を、ガンホが鮮やかに体現する。法廷で怒りに突き動かされて怒鳴るのは常識的にどうかと思うが、ガンホが演じるとそこに人間味が宿る。彼の愛すべきキャラクターを再確認できるに違いない。
『クラッシュ』
製作年/2005年 原案・製作・監督・脚本/ポール・ハギス 共演/ドン・チードル、マット・ディロン、ジェニファー・エスポジート
演技力を存分に発揮!
基本的に明るい作品が多く、観た後に前向きになれるのが、サンドラ・ブロックの映画だが、その分、彼女が超シリアスな演技をみせると意外性で印象に残る。『クラッシュ』はそんな一作だ。クリスマスシーズンのロサンゼルスを舞台に、ある交通事故を発端に、さまざまな人種の人々の運命が連鎖していくドラマ。2004年度のアカデミー賞で、当初の予想を覆して作品賞を受賞した。
黒人刑事と同僚のヒスパニックの恋人、リッチな黒人夫婦、差別主義者の白人警官、家族のために銃を買うペルシャ人の店主……と、出てくる人物は、それぞれ心に不満がくすぶり、いつ爆発してもおかしくない。そんな彼らが事故や犯罪、人種差別によって衝撃の決断を下す瞬間が切実で生々しい。サンドラが演じるのは、検事の妻。黒人の強盗2人組にクルマを襲われたことから、それまで眠っていた差別意識、白人優位主義があらわになっていく。ふだんから、やや神経過敏で、満たされない孤独感を抱えているという複雑なキャラクターで、サンドラの演技力が満点に発揮。終盤は心を激しく揺さぶる名シーンも用意される。
『ザ・ホエール』
製作年/2022年 原作・脚本/サム・D・ハンター 製作・監督/ダーレン・アロノフスキー 出演/ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、サマンサ・モートン、タイ・シンプキンス
過食症の父親が娘との関係修復を願う
極端な状況に置かれた人物を描いた作品なのに、観ているうちに多くの人を共感させてしまう……。ヒューマンドラマの傑作は、そんな化学反応を起こすものだが、『ザ・ホエール』はその最高のサンプルと言えるだろう。主人公のチャーリーは、大学でオンラインの文学の授業を担当しているが、カメラの故障を理由に生徒たちに素顔を明かさない。彼は272kgの体重で、歩行器がなければ家の中も移動できない状態なのだ。肥満の原因は同性の恋人を亡くした悲しみと、その反動による過食。余命わずかと宣告されたチャーリーの月曜から金曜までの5日間が描かれる。
日常行動も満足にできないのに、気がつけばジャンクフードをむさぼるように食べてしまう。はっきり言って、チャーリーの状態は壮絶そのもの。しかし看護師や、突然の訪問客との交流によって、彼の本心が明らかになるにつれ、じわじわと“感情移入度”が上昇していく作りが見事だ。チャーリーが人生の最後の願いとして、元妻と離婚して以来、会っていない17歳の娘との関係を修復しようとするエピソードで、感動も頂点に達する。体重を増やし、特殊メイクも駆使した外見だけでなく、チャーリーの内なる変化を目の演技で見せきったブレンダン・フレイザーのアカデミー賞主演男優賞受賞は誰もが納得するはず。
『プレシャス』
製作年/2009年 原作/サファイア 製作・監督/リー・ダニエルズ 脚本/ジェフリー・フレッチャー 出演/ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー
壮絶な生い立ちの主人公に心が震える
タイトルは主人公の名前。“プレシャス=貴(とうと)い”という意味とは裏腹に、彼女は16歳にして信じられないほど痛ましい運命を送っている。すでに2回も妊娠を経験。しかもその原因は父親(母の恋人)によるレイプ。失業中の母親も彼女を日常的に虐待している。読み書きさえ満足にできないが、妊娠を理由に学校は停学となり、心を開いて話ができる相手もいない。そんなプレシャスがフリースクールに通うことになり、若い女性教師との出会いによって人生の希望を見出すのが本作のストーリーだ。
1980年代、NYのハーレム。その貧困層の一家で育ち、しかも“毒母”の仕打ちが半端じゃない。不幸を一身に背負ったようなプレシャスだが、どこかしたたかで、我の強さもある彼女のキャラクターは新鮮。プレシャスの妄想の映像も挿入されて、とことん暗くなりそうなドラマにブレーキをかけるなど、構成もうまい。プレシャス役、ガボレイ・シディベの他に類をみないインパクトの強さや、本作でオスカー受賞の母親役モニークの猛演に加え、マライア・キャリー、レニー・クラヴィッツらミュージシャンの意外な名演技にも心を打たれる。
『アメリカン・スナイパー』
製作年/2014年 原作/クリス・カイル、スコット・マクイーウェン、ジム・デフェリス 製作・監督/クリント・イーストウッド 製作・出演/ブラッドリー・クーパー 出演/シエナ・ミラー、ルーク・グライムス
PTSDに苦しむ凄腕スナイパーを描く
感動作とは別ジャンルだと思って観たら、じつはエモーショナルな味わいがメインの作品だった……。そのパターンにも、ヒューマンドラマの傑作は多い。本作も基本は戦争アクションながら、観終わった後、心を満たすのは深い“感動”の部分だ。2003年にイラク戦争がはじまって以来、4度も戦地に向かい、スナイパーとして無敵のテクニックで160人もの敵を射殺。米海軍“ネイビー・シールズ”の狙撃手、クリス・カイルの回顧録の映画化ということで、戦地での彼の活躍もたっぷり描かれる。
本作の最大の見どころは、クリスの心の軌跡だ。2001年のアメリカ同時多発テロをきっかけに祖国のために狙撃手になると決意。しかし戦地で目の当たりにする悲惨な現実と使命感のギャップで彼のPTSDは悪化をたどり、帰国後はむしろ戦場へ戻りたくなり、家族関係も崩壊していく。監督のクリント・イーストウッドは『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』と同じく、戦争映画とヒューマンドラマの融合で鮮やかな手腕を発揮。クリスが次の瞬間、どんな行動に出るか、予想もつかない緊迫感とテンションが保たれ、迎えるクライマックスは“感動”という言葉すら安易に使えないほど切なく衝撃的だ。
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』
製作年/2013年 監督/アレクサンダー・ペイン 脚本/ボブ・ネルソン 出演/ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ、ジューン・スキップ、ステイシー・キーチ
父親と息子が絆を深める感動のロードムービー
このところニュースで途切れないのが、特殊詐欺事件。手を替え品を替え、巧みな話術で高齢者の被害が絶えない状況が続くが、本作の主人公ウディもある日、“100万ドルの賞金が当たった”という知らせを受ける。どう考えてもインチキなのは明らかなのだが、ウディは信じ込み、賞金当選チケットを受け取るために自宅のモンタナ州からネブラスカ州へ向かうと言い出す。周囲の反対にもまったく意思を曲げないウディを、息子のデイビッドは仕方なく車に乗せ、父子の旅がはじまる。
全編モノクロで展開するせいか、ここまで穏やかな気持ちになるロードムービーも珍しい。頑固な父に付き合うだけあって、息子の性格は優しく、そこも本作のポイント。父親をバカにする人間に対し、息子が思わず怒りをあらわにするシーンでは、彼のキャラ設定のおかげで有無を言わさず胸を締めつけられる。そして行く先々で出会う親戚や知人によって、息子が過去の父を知るプロセスは、ロードムービーの見本のようで誰もがしみじみ感動に浸ることだろう。最後に息子がとる、ある決意も妙に清々しく、小品ながら珠玉のヒューマンドラマだ。
『海辺の家』
製作年/2001年 製作・監督/アーウィン・ウィンクラー 脚本/マーク・アンドラス 出演/ケヴィン・クライン、ヘイデン・クリステンセン、クリスティン・スコット・トーマス
余命3カ月の父親と息子の再生物語!
それぞれのプライドや自我で反目し合い、それでも血の繋がりから本能的に相手を理解する……。そんな父と息子の関係は、映画をドラマチックに仕立てるのにうってつけ。『海辺の家』も、父子ドラマの最高のパターンのひとつだ。父のジョージは、42歳の建築デザイナー。息子のサムは16歳。ジョージは妻とも別れ、微妙な年頃で自分を憎むサムとうまく関係が築けなくなっていた。しかしジョージは会社も解雇されたうえに、病気で余命3カ月と宣告を受ける。残された人生の時間を考えたジョージは、最後に自力で家を建てようと、嫌がるサムを強引に誘い、手伝わせることに。
そもそも父のジョージが破天荒&変わり者キャラ。映画を観るわれわれも、サムの目線で父をうとましく思いながら、徐々に親子関係が修復され、一緒に家を建てるまでの感情の流れに乗ってしまう。予想どおりの展開とはいえ、観ていて心地良い。サムを演じたのは『スター・ウォーズ』のアナキン役で大ブレイクする直前のヘイデン・クリステンセン。名優ケヴィン・クラインの父を相手に、16歳の複雑な心情を演じきった才能に改めて感心してしまう。家を建てる海岸の美しさが、父子に再生する絆と重なって、いつまでも記憶にやきつくことだろう。
『息もできない』
製作年/2008年 監督・脚本・出演/ヤン・イクチュン 出演/キム・コッピ、イ・ファン、チョン・マンシク
借金取りと女子高生の魂の結びつきに心が震える!
粗暴な借金取りのサンフン(ヤン・イクチュン)は、勝気な女子高生・ヨニ(キム・コッピ)と出会う。それぞれ心に傷を負った2人は強く惹かれ合い、魂と魂で結ばれていくが……。父親への激しい怒りと憎しみを抱えながら生きる男が、シンパシーを覚える相手との時間を経て自らの傷を癒していく。
主演も兼任したヤン・イクチュン監督による力強い演出の中で荒々しい描写が続くが、やがて見えてくるのは一筋の光。ボロボロの日常を送るサンフンとヨニは現状を抜け出し、幸せをつかみ取ることができるのか? まさに、息もできないギリギリのラインを進む展開が大勢の心を震わせ、各国の映画祭を席巻した。
『傷だらけのふたり』
製作年/2014年 監督/ハン・ドンウク 脚本/ユ・ガビョル 出演/ファン・ジョンミン、ハン・ヘジン、クァク・ドウォン、チョン・マンシク
異なる世界に生きてきた2人の運命は!?
高利貸しの取り立てをするテイル(ファン・ジョンミン)は、昏睡状態に陥った男の借金を娘のホジョン(ハン・ヘジン)に肩代わりさせることに。だが、テイルはホジョンにたちまち一目惚れ。借金を帳消しにする代わりに自分とデートをするよう、ホジョンに持ちかけるが……。
武骨で粗暴なチンピラが、堅気の銀行員に恋心を寄せるラヴストーリー。好き勝手に生きてきた男がピュアな想いを実らせようと、たどたどしく奮闘していく。異なる世界に生きてきた2人の関係の行方を追った展開に、心を揺さぶられる観客が続出。名優ファン・ジョンミンが切なくも愛おしい男泣きを見せ、見る者の涙も誘ってくる。
『オアシス』
製作年/2002年 監督・脚本/イ・チャンドン 出演/ソル・ギョング、ムン・ソリ、アン・ネサン、リュ・スンワン
轢き逃げ犯と被害者の娘の純愛に涙する!
轢き逃げ死亡事故を起こして服役し、出所したばかりのジョンドゥ(ソル・ギョング)。ある日、事故の被害者宅を訪れた彼は、被害者の娘であり、重度の脳性麻痺を持つコンジュ(ムン・ソリ)と出会う。社会に適応できないジョンドゥと日常生活もままならないコンジュはやがて惹かれ合い、確かな愛情を育んでいくことになるが……。
『ペパーミント・キャンディー』などの名匠イ・チャンドンが手掛け、ベネチア映画祭で監督賞などを受賞。はたから見れば特異だが、当人たちにとっては紛れもない純愛が見る者の価値観を大きく揺さぶり、問いかけてくる。主演を務めた実力派2人の魂のこもった熱演も見事。
『声もなく』
製作年/2020年 監督・脚本/ホン・ウィジョン 出演/ユ・アイン、ユ・ジェミョン、ムン・スンア
誘拐犯と少女の奇妙な絆に感動!
犯罪組織の下請けとして、死体処理を黙々とこなしながら生きるテイン(ユ・アイン)。幼い妹と2人で小屋のような家に住む彼は、身代金目的で誘拐された少女・チョヒ(ムン・スンア)を1日だけ預かることに。だが、トラブルが重なった上に、チョヒの親から身代金が支払われる気配はなく……。
社会の底辺で生きる男と家族に見放された少女が、疑似家族のような生活を始めるヒューマンストーリー。口のきけない主人公・テインの存在、彼と奇妙な絆で結ばれることになる少女、その両者の思いに胸をえぐられるラストが、弱き者たちの孤独を浮き彫りにする。独特のユーモアと切なさが入り混じる語り口も出色。
『嘆きのピエタ』
製作年/2012年 製作総指揮・監督・脚本/キム・ギドク 出演/チョ・ミンス、イ・ジョンジン、ウ・ギホン、カン・ウンジン
暴力的な描写と衝撃のラストに驚愕
極悪非道な手口で借金を取り立てることから、債務者たちに恐れられているガンド(イ・ジョンジン)。身寄りもなく、孤独に生きてきた彼の前にある日、母親だと名乗るミソン(チョ・ミンス)が現われる。当初は疑念を抱き、徹底して邪険に扱うガンドだったが、いつしかミソンの存在を受け入れるようになり……。
生まれて初めて母親の愛を知った男と、彼に無償の愛を注ぐ女のねじれた関係を描いていくヒューマンストーリー。監督を務めたキム・ギドクならではの痛々しく暴力的な描写と予想の斜め上を行く展開、衝撃のラストに心を疲弊させられる。ベネチア映画祭では審査員の支持を集め、金獅子賞を受賞した。
『スリング・ブレイド』
製作年/1996年 監督・脚本・出演/ビリー・ボブ・ソーントン
中年男性と孤独な少年の交流を描く!
少年時代に母親とその浮気相手を殺害し、精神病院に入れられたカール。25年を経て故郷に戻ってきた彼は、父親のいない少年フランクと親しくなる。穏やかな日々を過ごすカールだったが、フランクの母親が恋人から暴力を振るわれていると知り、ある行動を起こすことに……。
カール役のビリー・ボブ・ソーントンが監督・脚本を務め、アカデミー賞脚色賞に輝いたヒューマンストーリー。設定も展開も苦味のあるものだが、寡黙で純粋な中年男性カールと孤独を抱える少年フランクの交流に心を温められる。だからこそやるせない気持ちにさせられるラストまで、淡々と綴られていくストーリーが心に沁み入ってくる。
『行き止まりの世界に生まれて』
製作年/2018年 監督/ビン・リュー 出演/キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー
スケートボードで結ばれた不滅の友情!
舞台はイリノイ州ロックフォード。失業率の増加や人口減少が著しいこの都市で育ち、家庭内の問題に苦しみながらもスケートボードを唯一の拠り所として生きてきた3人の青年にカメラを向けた、10年以上に及ぶ歳月のドキュメンタリーである。なぜこれほどの長期にわたって定点観察できたのか。理由は簡単。3人の青年の一人が本作の監督であり、彼は映像作家を志す前から、ライフワークとして親友たちの素顔をずっと記録し続けていたからだ。
こうして撮り溜めた映像に加え、大人になった彼らの切実な現状や過去への述懐を紡ぎ合わせ、非常にレアで意義深い『都市と若者のクロニクル』になりえているところが驚嘆に値する。親友の回すカメラだからこそ、語られる言葉には親密さと真実味が溢れ、そして何より彼らがひとたびスケボーに乗ると、まるで羽根でも生えたかのように表情の憂いが消え、軽やかに解き放たれていく。その姿をスケボーで追いかけるカメラワークがこれまた秀逸。デビュー作ながらアカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞候補入りを果たした。
『わたしは、ダニエル・ブレイク』
製作年/2016年 監督/ケン・ローチ 脚本/ポール・ラバーティ 出演/デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ
人の尊厳を訴える巨匠の持ち味が炸裂!
個を踏みにじる社会状況に異を唱え続ける巨匠ケン・ローチが、イギリス北東部に暮らす一人の男に焦点を当て、その生き様を力強く描いたヒューマンドラマ。主人公ダニエルは心臓の病のため建設作業員としての仕事が続けられずにいる。そのため国からの給付を得ようとするも、得られた回答は「条件を満たしていません」の一点張り。問い合わせ電話は気が遠くなるほど待たされ、オペレーターの対応は何ら要領を得ない。役所へ足を運んでも理不尽な対応ばかりで話が前に進まない。そんな中、同様に役所で途方に暮れる母子との交流が生まれ……。
ローチ演出では、いつも俳優に状況説明と指示のみを与え、あくまで各々の自主性に任せてカメラの前で演じさせるのだとか。かくもドキュメンタリー的なリアリズムを貫きつつ、社会に屈しない人間の矜恃がじわりと染み出し、いつしか観る者の魂を大いに振るわせる。この不条理かつ冷たい世の中で人はいかに振る舞えるのか。切実な問題提起からこれほどまでに温かく気骨あるドラマを生み出せるのはローチ監督だけ。カンヌ映画祭最高賞に輝く傑作である。
『ベルファスト』
製作年/2021年 監督・脚本/ケネス・ブラナー 出演/ジュード・ヒル、カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン
紛争により住民同士が敵となる!
少年期を北アイルランドのベルファストで送った映画人ケネス・ブラナーが万感を込めて描く半自伝的な一本。’69年当時、かの地は北アイルランド紛争によって、プロテスタントとカトリックの住民同士の衝突が絶えなかった。カトリックの多い地域で暮らすプロテスタント一家の少年バディにとってみれば、どちらも善き隣人であることに変わりはない。しかし強硬派による暴力はとどまるところを知らず、そんな日々から逃れようと一家はイングランドへの移住を考えはじめる……。
バリケードを張りめぐらし、夜通し火を絶やさず交代で見張りを続ける住民たち。いつ何時、怒れる群衆が雪崩れ込んでくるかわからない緊張と恐怖が充満する一方、少年の暮らしは子供ながらの瑞々しい感性の発露と、目と心を楽しませるカルチャー体験でいっぱいだ。その一つ一つがブラナーの礎なのだと考えると無性に胸が熱くなる。さらに忘れがたいのは慈愛に満ちた祖父母の存在だ。「さあ行きなさい。振り返らないで。愛してる」。ジュディ・デンチが放つ力強く崇高なセリフが、モノクロームの世界を宝石のごとく輝かせている。
photo by AFLO