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CULTURE カルチャー

2025.03.22


【追悼】俳優ジーン・ハックマン エネルギーに満ちた破格の演技者【後編】

 

  

 

『ミシシッピー・バーニング』(1988年)

気迫と執念の90年代編
ハックマンの出演作を俯瞰したとき、ぎっしりと隙間のない70年代に比べて80年代はややインパクトに欠ける。これはなぜか。一つには70年代後半、同じような役ばかり舞い込むのに疲れて仕事を見つめ直すようになったことがあるようだ。時には演技から離れて、絵を描き続ける期間もあったとか。また80年代半ばには30年間連れ添った妻との離婚もあった。また、知られざる一面として、彼は『羊たちの沈黙』の権利を誰よりも早く取得し、脚色、監督、出演することを視野にプロジェクトを進めていたこともある(その後、撤退してしまうのだが)。

ただし、80年代の最後には、公民権運動家の失踪事件を調べるFBI捜査官を演じた『ミシシッピー・バーニング』(1988年)で俳優としてまたも凄まじい気迫を見せ、観客を釘付けに。彼はアカデミー賞主演男優賞候補入りを果たしたものの、しかし惜しくも受賞はならず。この時のオスカーに輝いたのは、盟友でもある『レインマン』のダスティン・ホフマンだった。
 

  

 

『許されざる者』(1992年)

イーストウッドの熱意に突き動かされて
この時期、もう一つの懸念としては健康上の問題があった。彼は1990年に狭心症の発作で手術を余儀なくされたことがある。

しかしそれでもオファーは絶えることがない。ここで舞い込んできたのが『許されざる者』(1992年)の脚本だ。ハックマンと同年齢のクリント・イーストウッドが監督を務めるという。その内容に目を通した彼には、それがあまりにも暴力的な作品に思えて、正直、やりたくなかったという。しかしイーストウッド 自らが説得にあたり、これが決して暴力の賛美などではなく、むしろその虚しさこそを描いた映画であると訴えた。その熱意に折れてハックマンは出演を決めた。

彼が演じる保安官リトル・ビルは非常に複雑な個性を持った人物だ。公明正大なように見えて、彼の中だけで完結した奇妙な理想や使命感がある。それに、こうと決めたら残忍なまでにこだわりぬき、笑顔で近づいたかと思えば、急に怒りを剥き出しにして、徹底的に相手を叩きのめしたりもする。

俳優として同時代を生きてきたイーストウッドが、この役を誰よりもハックマンに演じてほしいと切望した理由がよくわかる。彼はハックマンがどんな役を体現するときに最も深く大きく輝くのかを熟知していたのだろう。

結果、本作は90年代を象徴する傑作として幾つもの受賞に輝き、ハックマンはアカデミー賞助演男優賞を獲得する。『フレンチ・コネクション』以来となる約20年ぶり、二度目のオスカーである。
 

  

 

『ザ・ファーム 法律事務所』(1992年)

『クリムゾンタイド』(1995年)

同じ1992年の『ザ・ファーム 法律事務所』では、根っからの悪人に見えて実は極めて人間的な葛藤と苦悩を抱えた役柄を、印象深く演じた。続く『クリムゾンタイド』(1995年)では、老獪さたっぷりに潜水艦の艦長役を務め上げ、この極度に狭く薄暗い空間の中で、名優デンゼル・ワシントンと唾の飛び交う距離で真正面からぶつかり合った。やはり彼は相手が名優であればあるほど存在感を増す。ニヤニヤ笑いと激昂を交互に振りかざしながらどこまでもギラつく。俳優たるもの、互いに化学反応を及ぼし合うこの瞬間こそが何よりも至高のごちそうなのは間違いなさそうだ。
 

  

 

『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)
 
まるで映画さながらのMr.テネンバウム
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)は彼に突飛で画期的な機会をもたらした作品だ。従来であれば決して出演しないであろうタイプの内容で、彼自身、脚本を読んだが語り口が複雑すぎて良さが分からないと感じたらしい。だが、ウェス・アンダーソンにとってこれはハックマンが演じなければ意味のない役柄だった。その後も諦めることなく打診を続け、ようやく演じてくれることに。

しかしキャストの誰もが証言するところによると、撮影現場のハックマンはとにかくアンダーソン監督に対して激昂することが多かったらしい。心配した共演者は何かとハックマンの気をそらし、若き名匠をガードしていたとか。こうやってハックマンという巨大な存在に立ち向かう意味でも、キャストは固く結束した。この構図が奇跡的なまでに映画の内容と重なり、絶妙な効果を生んだ。

結果、本作は一人の男の生き様を描いた意味でも、ハックマンの喜怒哀楽の表情が惜しみなく詰まっている意味でも、まさにキャリアの総決算というべき作品と言えよう。ハックマンもアンダーソンも互いに「もう二度とごめんだ」と感じたかもしれないが、それでもこうして最高の作品が出来上がってしまうのだから、映画製作というものは本当に最後まで結末がわからない魔物だ。
 

  

 

『ニューオリンズ・トライアル』(2003年)

盟友との最初で最後の演技バトル
そしてもう一本、最後から2番目となる出演作『ニューオリンズ・トライアル』(2003年)でハックマンは、ついに忘れ物を回収するかのように、盟友ダスティン・ホフマンと初の共演を果たしている。

両者の共演は映画公開時に何かと話題になったものの、しかし本編では中盤ごろまでなかなか兆しは見えない。そしてついに待望の瞬間が勃発するのは、まさかの男性トイレの中。およそ4分間に及ぶ演技の応酬は「さすが……」の一言に尽きる。

かつて若き頃に「最も成功しない同級生」に選ばれ、ルームメイトであり、『卒業』での共演が幻に終わり、それ以来ずっと近い場所で別々の俳優人生を長く弛まず走り続けてきた彼らが、いまこうしてようやく映画の中で初めて人生を交錯させている。それは表面上は熾烈な場面でありつつ、内心、笑顔が込み上げてくるほどの幸福な瞬間であったことだろう。
 

  

 

『ムースポート』(2004年)
 
そして彼の生き様は伝説へ……
その翌年、『ムースポート』(2004年)という小さな映画への出演を最後に、ハックマンは映画界から去った。彼の心臓がもはや映画製作のストレスに耐えられない、というのが理由だった。

しかし引退後も彼は、ハリウッドの喧騒から遠く離れたサンタフェの自宅で、あくまで一個人の範疇で、自分のペースで進めることができる“小説家”として、表現への取り組みを続けた。回り道の末につかみ取った表現の喜び、楽しさを、最後まで決して手放すことはなかったのである。

彼ならではの流儀で“表現すること”への愛とこだわりを貫き通した名優ジーン・ハックマン。享年95。その生きた証、カラダにみなぎらせた破格の魂は、約80本の映画作品、それに3冊の共著と1冊の単独小説を通じて、これからも語り継がれていくことだろう。

前編を読む
中編を読む
【参考資料】
https://www.empireonline.com
https://transcripts.cnn.com
https://www.bbc.com 

  

 

 
文=牛津厚信 text:Atsunobu Ushizu
photo by AFLO
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