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CULTURE カルチャー

2024.12.26 NEW

『劇団四季創立70周年を超えて 浅利慶太が目指した日本のブロードウェイ』発売記念!
著者特別寄稿「私の劇団四季はここから始まった」

書籍発売にあたり、著者の梅津齊さんが約27年にわたって在籍した劇団四季での始まりを特別に寄稿。前著『浅利慶太―叛逆と正統―劇団四季をつくった男』でも、「二次試験の面接で、抱腹絶倒の余りに馬鹿げたことを仕出かし、周囲を呆れさせた……」としか記載されていない当時の入団試験でのエピソードが、今、明かされる。

私の劇団四季はここから始まった


午前の筆記試験は難しかった。というよりも、私にはナンセンスな問題ばかりだった。出題者は演出部の若手のフランス文学おたくが知識を試すためだけに作成したものだと思った。作者と作品名と登場人物を線で結ぶ形式とそれに類する設問が次々と続いているのを目にした途端、私は絶望した。ほとんどわからないのである。

私はシェイクスピアとチェーホフと日本の劇作家では田中千禾夫(たなか ちかお)、それに福田恆存(ふくだ つねあり)、小説では川端康成、漱石、鴎外、芥川に梶井基次郎など決まりきったものしか読んでいなかった。フランス文学辞典をはじめとする東西の名だたる文学書を今日の試験を前提として暗記でもしなければ、とても手が出ないようなこんな問題を一体どんな奴が考えたのか。こんなことを知っているかどうかで演出家の資質や適性が見分けられると本気で思っているのか。私は絶望しつつも猛烈に腹が立ってきた。シェイクスピアの全戯曲を翻訳した劇作家・評論家である私の尊敬する福田恆存が劇団四季に望むと、次のようにしたためていた。

度々書いたことだが、戦後、演劇運動の担い手としての名誉は獨り劇団四季にのみ帰せられる。
 (中略)
しかし、劇團四季のみが演劇運動の名に値する演劇運動を行ってきたと私が言うとき、その演劇運動の意味が右に述べたそれとは異なる。それは前衛演劇ではない。むしろ新劇史イクォール演劇運動史という図式の意図的な破壊運動であり、また戦後の、その図式の表面的消滅による自己欺瞞と空白状態とにたいする逆説的な覚醒運動でもある。最も本質的に言へば、演劇とは何か、いかなる演劇が可能であるか、今日それを問ふことの急務を自覚し、實踐を通じてその問ひをも發しつづけること、さういう意味での演劇運動を劇団四季が今後もなお自信をもって展開してゆくことを祈る。(『私の演劇教室』福田恆存著、新潮社刊)

あゝなんという力強い味方がいるものかと私は武者震いした。私は敬愛する福田恆存の言に従って、劇団四季で微力を尽くそう。そう思い、劇団四季のみに可能性を賭けての東京だったのだが、これですべてが終わったと思った。しかし、それは序の口だった。そんな私だったが、昼食時間に渋谷駅界隈をほっつき歩き、戻って午後の二次面接を受けて完全に東京との縁をきろうとしていた。

時間になって俳優らしい、同年代と思われる男が教卓の前に立ち、注意を一、二申し上げます、と言って始めた。
「演出部から始めます。名前を呼ばれた方は一度廊下に出てこの教室の後ろの教室に入ってください。面接者の前に椅子が置いてありますので、立ったまま名前を名乗り着席する。終わったらここへ戻り荷物を持って、お帰りください。合否の連絡は文書で通知します。4月初めになります」

一番めの男は、5、6分で赤い顔をして戻ってきた。それを見た私は彼がどんなことを聞かれたのかを想像した。それはほんの数秒のエアポケットだった。私は自分の名が呼ばれた気がしたとたん、立ち上がり席を外して後ろ向きになると迷いなく教室との境目のアコーディオンカーテンの取手を握った。後で何人かの「アッ!」という声があがったが、それと同時に私の両手は力いっぱい取手を引き分けた。その瞬間「しまった!」と思った。

教室の机や椅子が私の背丈よりも高く積み重ねられていた。机や椅子が作る格子の間から向こうが見えていた。こちら向きのふたりの右側が多分演出家の浅利さんで、左側の眼鏡を掛けた男は制作部か演出部とすれば、演出助手か。それは一瞬のことだったが私は1、2秒格子の間からふたりを睨み、何を思ったのか行く手をふさぐバリケードを少しずつ押しのけ、上を見、右を見、左を見上げ崩れないように注意しながら1、2分で遂に道をつけた。後ろのアコーディオンカーテンを閉めるのを忘れたと思った。

正面右の浅利さんらしい人物は、私から目を離さない風であったが、左手の眼鏡の人物は、顔を右に向け左手で顔の左側を押さえていた。多分笑いを堪えているのであろうと私は思った。そのまま歩いてふたりの前に座り深呼吸をした。私は自分がどこから冷静になれたのかよくわからなかったが、ただ、間違いなく完全に終わったと思っていた。

私はまっすぐ下宿に向かった。下宿の主も私の表情から不首尾と察しているようだった。すぐに札幌に戻り、指導教官にどこかに送り込んでもらう。だが私は福田恆存の折り紙付きの劇団四季と決めて上京したのである。それがダメならもう一度スタート地点に戻りやり直すか、諦められるものならば、諦めるのを待って全く別のことを考える。そんな堂々巡りの日々を1週間費やした。電報が舞い込んだのはそんな時だった。記憶では4月1日ではなかったというだけで、不思議なことに集合日も覚えていない。発信人の「ゲキダンシキ」の文字を目にした時の私の状態を正確に記すことは不可能である。2階の四畳半の窓越しにしばし空を睨んだまま私は叫んでいた。

−おお、アコーディオンカーテンよ、辛くも崩れなかった机よ、椅子よ、浅利慶太よ、劇団四季よ!−

確かにそう叫んだ。我ながら幼稚すぎると思ったせいで、今日まで忘れられずに記憶しているのである。

後々、浅利さんは一度ならず、お前も変な奴だなあと言ったものだった。

『劇団四季創立70周年を超えて 浅利慶太が目指した日本のブロードウェイ』
梅津 齊 著
発行:日之出出版 発売:マガジンハウス
2024年12月26日発売
価格:1980円(税込み)
【購入する/日之出出版ストア】

演劇とミュージカルを日本に定着させた
浅利慶太と劇団四季の道のりをたどる一冊!


約27年にわたり劇団四季に在籍し、退団後も浅利慶太氏と劇団四季を見つめ続けてきた著者。『浅利慶太―叛逆と正統―劇団四季をつくった男』上梓から4年経ち、若い四季ファンにも読んでほしいという思いから本書を執筆。長野県大町市にあるかつての山荘兼稽古場、また劇団創立70周年を迎えリニューアルオープンした「劇団四季 浅利慶太記念館」を訪ねるところから始まります。思い出は時を超え、劇団創立から日生劇場との関わり、転機となる数々の作品、本格的な全国公演が始まるまでの決して平坦ではなかった道のりを、生前の浅利慶太氏の、あまり知られていないエピソードを交えながら綴られています。巻頭カラー口絵では、本書に登場するいくつかの作品の舞台写真も紹介しています。

【目次】
一 半世紀を経て、信濃大町へ
1 思い出の「四季山荘」
2 記憶は“あずさ25号”に乗って
3 懐かしき山荘にて
4 長野・信濃大町で新たに知ったこと
二 新たな演劇への決意――劇団四季いよいよ始動
1 恩師の衣鉢(いはつ)を継いで
2 創作劇連続公演と新劇場の誕生
3 石原慎太郎さんのこと
三 浅利慶太の大計画
1 三島由紀夫氏のつまずき
2 思わぬ誤算
3 誹謗中傷と闘いながら
4 狙われた才能
四 全国公演を目指して
1 反省からの出発
2 本格的全国公演始まる
3 『ミュージカル李香蘭』―歴史の真実の一コマとして
4 幸運の『キャッツ』がやってきた
あとがき

【著者略歴】梅津 齊(うめつ ひとし)
1936年北海道稚内市生まれ。樺太泊居町にて終戦。北海道学芸大学卒。熊本大学大学院日本文学研究科修士課程修了。1962年、劇団四季入団、演出部。浅利慶太氏に師事。1970~1989年北海道四季責任者として劇団四季公演及び『越路吹雪リサイタル』北海道公演を担当。1985年、札幌市教委、札幌市教育文化財団の共同事業として、演劇研究所「教文演劇セミナー」(夜間二年制)を設立、指導。2005~2010年、熊本学園大学非常勤講師。1994〜2022年、熊本壺溪塾学園非常勤講師。著書は評論『断章 三島由紀夫』(碧天舎)、『ミュージカルキャッツは革命だった』(亜璃西社)、『浅利慶太―叛逆と正統―劇団四季をつくった男』(日之出出版)

 
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