『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』が映画界の残したものとは?【中編】 ツメアト映画~エポックメイキングとなった名作たち~ Vol.29
そんなある日、ウィルがバイト清掃員として勤務しているMITこと名門マサチューセッツ工科大学にて、“数学のノーベル賞”ことフィールズ賞の受賞メダルを持つ高名なランボー教授(ステラン・スカルスゲールド)が、数学科の学生たちに向けたスペシャルクイズとして廊下の黒板に証明問題を出題する。教授陣すら苦戦するフーリエ系の難問だったが、しかしあっけなく誰かが正解を書いていた。それをさらりと解いてしまった“謎の天才”の正体が、どの優秀な学生でもなく、廊下を掃除していたウィルだったことを知ってランボー教授は驚愕。「コイツは100万人に1人の逸材だ!」と、正式な教育をまともに受けていないのに天才的な能力を発揮したインドの数学者、シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(1887年生~1920年没)に喩える。そして若き日のラマヌジャンを学問の世界に導いた英国のハーディ教授のように、自分もウィルに正しい道を歩ませねばならないという使命感に駆られるのだ。ちなみにラマヌジャンの生涯に関しては『奇蹟がくれた数式』(2015年/監督:マシュー・ブラウン)という映画で詳しく描かれている。
しかし問題はウィルが頑なに心を開かないことだった。ランボー教授は何人もの有力なカウンセラーにウィルを合わせるが、頭の良すぎるウィルはこてんぱんに彼らを論破してしまう。そこで最後の頼みの綱とばかりに、ランボー教授が声をかけたのは学生時代からの旧友である精神分析医であり心理学講師のショーン(ロビン・ウィリアムズ)だった。
ショーンは現在、小さなコミュニティ・ガレッジで教鞭をとりながら、2年前に亡くした最愛の妻のことをいまも想って暮らしている。実はこのショーンとランボー教授の友情や確執も本作の大切な隠し味になっており、社会的な成功者となったランボー教授はシンクタンクや大企業への就職をウィルに勧める。つまり「才能を有用に使うべきだ」派の考え方。対してショーンは「自分が望む道を行くべき」派。ある時、場末のバーでショーンと顔を合わせたランボー教授はこう力説する。「1905年、宇宙の謎を探る高名な学者が続出した。だが世界を変えたのは、当時スイスの特許事務局で地味に働いていた26歳の若者。ひとりで物理を勉強していたアインシュタインだ。ウィルも同じ天分があるんだよ」。しかしショーンは、かつては数学の神童だったが結局は大学のキャリアを捨てテロリズムに傾倒した、爆弾魔ユナボマーことテッド・カジンスキーのような例もあると反論。無理強いするとロクなことがない、彼の人生は彼に考えさせるべきだと主張するのだが、ランボー教授はどうしても納得できない。
このエピソードの裏には、ランボー教授が秘かに抱えるコンプレックスも絡んでいる。世間的には数学の権威と認められているランボー教授だが、本当の才能は全くウィルにかなわないと誰よりも理解している。またショーンも元々天才肌で、ランボー教授は「かつては君のほうが優秀だった」と思わずこぼす。映画『アマデウス』(1984年/監督:ミロス・フォアマン)で言うと、ウィルは無防備な天才モーツァルト。ランボー教授は彼の才能に嫉妬する宮廷楽長サリエリに当たる関係性だ。おのれの凡庸さを噛み締めたサリエリはモーツァルトに水面下で牙を剥くが、しかしランボー教授はあくまでウィルを懸命にサポートしようとする違いがある。こういった細やかな部分まで、様々な史実の参照例に補助線を引きながらシナリオを構築した、デイモン&アフレックという当時20代の若者コンビの達成には改めて驚かされるばかりだ。
さて、ショーン(ロビン・ウィリアムズ)によるウィルのカウンセリングの日々がはじまる。だが根深いトラウマに囚われたウィルの心のガードは鋼のように硬い。彼は継父から幼少期に受けた激しい虐待で、複雑性PTSDを発症していた。自分の内面に他人が触れようとすると途端に攻撃的あるいは拒絶的になるため、せっかくできた素敵な恋人――同じボストンにあるハーバード大学の学生スカイラー(ミニー・ドライヴァー)との仲もこじれてしまった。それでもショーンはほとんど体当たりのような捨て身のカウンセリングを継続し、ウィルの心を徐々に溶かしていく。実はショーンもまた、少年期にDV親父から虐待された過去を持っていた。ショーンも自らの内面の傷をさらけ出すことで、メンターと患者というより、ウィルと対等な絆を結んでいくのだった。やがてショーンはウィルを抱きしめ、何度もこう呟く。「君は悪くない」(It’s not your fault.)――これは本作の名台詞として特に有名な言葉だ。
※続きは『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』が映画界の残したものとは?【後編】
※戻るなら『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』が映画界の残したものとは?【前編】
photo by AFLO