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CULTURE カルチャー

2023.12.21

ファッションの源流を紐解く、あのカルチャーの発火点。
Vol.4 夢と希望とジャックパーセル(後編)

毎回ひとつの服を取り上げて、古今東西の社会やカルチャーとどんな風に関わってきたのかを紐解くこの連載。4回目となる今回は、不朽の名作スニーカー“ジャックパーセル”について!



50年後の“返歌”としてのジャックパーセル
そのことを踏まえて『花束みたいな恋をした』を観ると、主人公の2人がジャックパーセルを履いていた意味もわかってくる。親の仕送りを受けて大学に通い、イラストレーターの夢を追う菅田将暉。中の上くらいの実家に住み、放任主義のユルい大学生活を送る有村架純。静かな東京の郊外で、趣味の世界にどっぷりと浸かりながら気ままに暮らす彼らは、現代の若者にとっての特権階級といえるかもしれない。その柔らかな繭に包まれたような生活を象徴するのが、お揃いのジャックパーセルだ。
 

 
彼らを包む繭はやがて破れはじめ、自由と希望の象徴であるジャックパーセルも一切登場しなくなる。いつしか玄関には就活用の革靴が並び、2人は否応なしに社会へと組みこまれていくのである。あのジャックパーセルは『卒業』へのオマージュであると同時に、少しシニカルな50年後の“返歌”でもあるのだ。
 
  

 

『花束みたいな恋をした』(2021年)/U-NEXTで配信中。(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

『花束みたいな恋をした』の後半は、現実の厳しさ、大人として生きることの大変さが繰り返し描かれる。それは周りの誰かの責任でもなければ、若者自身の怠惰が原因でもない。ただ“そういうもの”として社会に存在している。その正体不明の息苦しさこそがミレニアル世代のリアルなのだろうし、X世代以降の若者に共通する気分でもあるだろう。
 

 
『アニー・ホール』以外の3作品は時代こそ違えど、いずれも若い男女が社会に出ていく過程で直面する“理想と現実”が主題になっている。そしていずれも最後には現実の厳しさを思い知る(ことが示唆される)。『卒業』ではラストに不安げな表情の2人を映しだすことで、未来に立ちこめる暗雲を予感させる。『リアリティ・バイツ』はバンドマンの彼氏が「俺、真面目に働くよ」といわんばかりのスーツ姿で登場してハッピーに終わるのだが、観ているこちらが「お前ら、本当に大丈夫か?」とツッコミたくなる甘々なオチであった。
 
 
『花束みたいな恋をした』のラストが最もリアルで、悲壮感はなく、かといって高揚感もなく、人生の現実的な側面を見せられることになる。ネタバレになるので詳しく書かないけど、やっぱり『アニー・ホール』の影響が強い。こうして各作品のエンディングを比較するだけでも、その時代の輪郭がおぼろげに見えてくるから面白いものである。
  
 

 

『アウトサイダー』(1983年)

『アウトサイダー』のブーツとスニーカー
ジャックパーセルというと’80年代を思い出すX世代は多いかもしれない。当時はチノパンにポロシャツやボタンダウンシャツを合わせたプレッピースタイル(アイビーよりちょっと色鮮やかなお坊ちゃんスタイル)が人気で、その足元にあったのがジャックパーセルだった。そこへロゴTシャツやスウェットシャツ、バスケットシューズ、スタジャンといったスポーツアイテムが混ざっていき、少しずつストリートの色が濃くなっていく。’80年代半ばにはアメカジ(渋カジ)が台頭し、ジャックパーセルも根強い人気ぶりだったが、どちらかというとエンジニアブーツやモカシンを買えない若者が愛用したイメージがある。
 

 
渋カジブームのきっかけのひとつといわれるのが、フランシス・F・コッポラによる青春映画『アウトサイダー』(1983年)だ。その作中でも、20歳前後と思しき不良グループの若者たちが履いているのはブーツだった。彼らより年下の子たちは、みんなスニーカー。ちなみに14歳のポニー・ボーイは〈コンバース〉のオールスターだ。ただし、別のグループとの対決(つまり喧嘩)では、全員がスニーカーを履いている。蹴りの威力より機動力を優先したのか知らないが、コッポラ監督の細かい演出が光る。『アウトサイダー』の舞台は’60年代半ばのアメリカの片田舎。『卒業』の説明でも少し触れたが、この時代にスニーカーを履くのは、基本的に子どもや不良だけだったのだ。
 
 
話を日本に戻すと、‘80年代後半には〈ニューバランス〉の高級スニーカー“M996”などが登場したこともあり、ジャックパーセルの存在感も何となく薄れていく。ところが’90年代にカート・コバーンが登場して息を吹き返し、いまなおその余韻が残っている感じだ。当時はJ-POP全盛期で、ニルヴァーナを聴くような奴はあくまでも少数派。話の合う友達は少ないし、破れたジーンズを穿いていると周りに心配された。そんな空気感を知っているX世代にとって、『花束みたいな恋をした』の2人は懐かしくも羨ましい存在である。オタクというのはジャンルや世代を問わず、多少なりともそういう経験をしている。それが幅広い共感に繋がったということだろう。
 
  

 

『マッチポイント』(2005年)

エスタブリッシュメントのスニーカー
ジョージ・ハリスンやカート・コバーンが愛用したとはいえ、ジャックパーセルに不良っぽいイメージはまったくない。ロックな匂いが強いのは、むしろオールスターの方だろう。この違いは、ジャックパーセルがテニスやバドミントン、スカッシュといった英国発祥のスポーツのためのシューズとして、長らく上流階級に愛されたことが大きい。一方のオールスターは米国生まれのバスケットボール用シューズで、学生スポーツを中心に普及した。つまり対象となる競技の出自、そしてプレイヤーの層が違ったのだ。
 

 
これもウディ・アレンが手掛けた2005年公開の映画『マッチポイント』では、冒頭でロンドンの名門テニススクールの様子が描かれる。プロを目指すガチなコースもあるのだろうが、客の大半は趣味や健康のために通う上流階級の人々だ。ウインブルドンのマナーに従って、生徒もコーチも服装は真っ白。主要な登場人物が着ているのは〈ラコステ〉や〈フレッドペリー〉のウェアだ。この感じを見れば、テニスが本来どういうスポーツなのかがよくわかる。2000年代の作品なので、さすがにジャックパーセルを履いてプレーしている人は見当たらない。でも、ジャックパーセルは’70年代後半くらいまで実際にテニスの試合で使用されており、名門スクールの生徒の間でも定番だったはずである。
 
 
むろんジャックパーセルもオールスターも、時代とともにファッション・アイテム化していくのだが、そこに“育ちの違い”が反映されてきたのは間違いない。アメリカにおけるエスタブリッシュメント文化を受け継ぐジャックパーセルと、学生スポーツやユースカルチャーを想起させるオールスター。同じブランドの名作スニーカーでも、イメージはかなり違う。そのあたりを意識して履き分けてみるのも、きっと面白いはずだ。 
  

 

文=野中邦彦  text : Kunihiko Nonaka
photo by AFLO
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