『アステロイド・シティ』(2023年)
悩みや悲しみを内在した物語構造と、歳の離れた男どうしの不可思議な絆
ウェス・アンダーソンは、長編4作目『ライフ・アクアティック』(2004年)DVDのコメンタリーで「僕の作品で取り上げるのは、主に人間関係に悩む人や、愛情にもがく人だ」と語っている。なるほど、現在さらに7本の作品製作を重ねてもなお、この傾向はある意味で一向に変わっていないように思える。
『天才マックスの世界』(1998年)
アンダーソン作品の住人たちは多くの場合、何かしらの喪失の悲しみに耐えながら彷徨っているのだ。先述した『テネンバウムズ』以外にも、『天才マックスの世界』(1998年)ではコミカルなストーリーの反面で、主人公が母を亡くし、ヒロイン(小学校の教師)もまた夫を亡くしているという痛烈な人生模様がサラリと描かれる。
『ライフ・アクアティック』(2004年)
『ライフ・アクアティック』(2004年)ではオーウェン・ウィルソン演じるキャラクターの母親が死去した経緯が語られ、さらに後半ではさらに悲劇的な展開が待ち受ける。
『ダージリン急行』(2007年)
これが『ダージリン急行』(2007年)になると、物語に”死”の要素が色濃くのしかかり、そこに三兄弟の旅路と、行方知れずの母の捜索が折り重なっていく。作品を貫くこのテーマだけを見つめると、ちょっと戸惑ってしまうほど深刻で重い。しかしそこにウェスの魔法をひと振りすると、どうだろう。死という要素にインドのエネルギッシュな生命力という陽の要素をあえて組み込むことで、もはや悲しみは文字通りの暗い悲しみではなくなり、なおも人生は続いていくという躍動的で前向きな物語へと姿を変えていくかのようだ。
はたまた『ライフ・アクアティック』では、ビル・マーレイ演じる主人公が様々な人生の試練を経た末にぽつり、"This is an adventure."と口にする。このセリフはアンダーソン作品の美学を最も端的に現したものかもしれない。加えて、彼の作品では、歳のすごく離れた男どうしの絆が描かれるのも特徴的だ。一見すると父子のようだけど、父子ではない。ちょっと奇妙な関係性がそこにはある。
この基本形は1作目の『アンソニーのハッピー・モーテル』(1996年)ですでに確立されていて、窃盗集団のリーダーを演じるジェームズ・カーンはマッチョな包容力で主人公たちを心酔させるし、『天才マックス〜』ではビル・マーレイがなぜか高校生のマックスと世代を超えた友情を結ぶ(その後にケンカも)。
『ムーンライズ・キングダム』(2012年)
成熟期の『ムーンライズ・キングダム』(2012年)になると、ブルース・ウィリス演じる保安官と孤児の少年との関係性が見どころとなり、続く『グランド・ブダベスト・ホテル 』(2014年)の伝説のコンシェルジュとベルボーイの少年の師弟関係もこれと絶妙に重なって見える。
主人公とおじさん、しかも血の繋がらない二人の絆を、これほど何度も形を変えて描き続けているのはなぜだろう。ここにもやはり、幼い頃の父との別離が何らかの形で介在しているのだろうか。いずれにしても、築かれた関係性はひとつの核となり、そこにさらに多彩な人が寄り集まって、家族とはまた別の、新たな親密なる“集団”が生まれていく。それこそがウェス・アンダーソンワールドの真骨頂だと、私は思う。(後編に続く)
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