『ジョーカー』(2019年)
スーパーヒーローの活躍を描いた娯楽作は今やハリウッド映画の華とも言えるが、一方でヴィランを主人公にしたヒット作も増えている。『バットマン』の悪役をフィーチャーして掘り下げ、アカデミー賞候補にもなった『ジョーカー』を筆頭に、『スーサイド・スクワッド』『ヴェノム』『モービウス』などアメコミ原作の映画が続々。『スーサイド〜』は続編『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』も製作。その後スピンオフドラマ『ピースメイカー』も配信され、その世界観を広げている。ディズニーも『マレフィセント』や『クルエラ』などのクラシックアニメの悪役を主人公にした作品を送り出している。これらの作品を、現代の観客はなぜ支持するのか?
『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021年)
『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(2021年)
大衆が抱く世の中への不信が根底にあることは言うまでもない。格差の拡大や貧困という世界的な問題は21世紀以降、延々と叫ばれているのに、なかなか改善されない。中でも日本は深刻だ。2022年、インフレが家計を直撃しているのは世界共通だが、他国と異なるのは日本の平均賃金が下がり続けていること。これにコロナ禍と円安が追い打ちをかけ、貧困層が厚みを増していく。やってられんわ……という気持ちになる人も少なくないだろう。
『モービウス』(2022年)
『ジョーカー』はまさしく、そんな庶民意識を刺激した作品だった。主人公アーサーは雇われピエロの仕事をしながら、心臓を患う母とふたりで貧しい生活をおくっている。彼が耐えなければならないのは貧困だけではない。同僚、上司、エリート層から発せられるマウンティング。目下の者が目上に踏みつけられる社会の現実。この世界は生きづらい。我慢が限界に達したとき、アーサーは悪党ジョーカーになることを決意し、生きづらい世を笑い飛ばしてやろうとする。そして、それは社会に不満を抱く人々の心にも火をつけるのだ。
『マレフィセント』(2014年)
『クルエラ』(2021年)
『ジョーカー』で描かれた、世の生きづらさの根底にあるのは、権力を持つ者たちのモラルの崩壊だ。“大いなる力には大いなる責任が伴う”とは古くからの格言にして、『スパイダーマン』で有名になった言葉。現代における“大いなる力”が権力であるとすれば、権力者は“大いなる責任”を果たしているだろうか? モラルがなくても、法に触れなければ問題ない――権力を隠れ蓑にした、そんな“汚いヤツ”に、ヴィラン映画の主人公たちは立ち向かう。これは痛快ではないか。
『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』のスピンオフドラマ『ピースメイカー』で主演を務めたジョン・シナ
『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』は、服役している異能の犯罪者たちが米国政府の極秘機関によって招集され、より大きな悪に立ち向かう物語。異国の“汚いヤツ”=独裁者を打倒して任務を終えたはずの彼らだったが、ことはそれで終わらず、自国の“汚いヤツ”=政府が放置した、世界を滅ぼしかねない巨大モンスターにも立ち向かうことになる。このときに、世界を救ったのは誰か? ネタバレになるので詳細は省くが、世の“最下層”の生物であることは記しておく。”最下層をナメんなよ”という痛快さ、もしくは、最下層に愛情を注いだ者の勝利の輝きにグッとくる。
下には下がいるし、上には上がいる。あの人よりマシと思って我慢する人もいれば、這い上がりたい野心家もいる。現代人の価値観はさまざま。そんな中で、ヴィラン映画が支持を集めているのは興味深い現象だ。
『ブラックアダム』(12月2日公開)
『クレイヴン・ザ・ハンター』(2023年10月6日全米公開)の撮影に挑む主演のアーロン・テイラー=ジョンソン
今後も、DCコミック原作の『ブラックアダム』(12月2日公開)やソニー・ピクチャーズ製作の『クレイヴン・ザ・ハンター』(2023年10月6日全米公開)、MCU初のヴィラン映画『サンダーボルツ』(2024年7月26日全米公開)、『ジョーカー』の続編で精神病院が舞台となる『Joker: Folie à Deux (原題)』(2024年10月4日全米公開)などの大作の公開が予定されている。果たして、これらがどう受け止められるのか? ヴィラン映画がどう進化していくのか? 今後も注目していこう。
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