ルールやモラルに従って日常を送るのは、われわれの常識。一方で映画の登場人物は、無謀な行動に出ることもあり、観ているこちらは「自分も同じ状況になったら、どうなるのか」と激しく心がざわめいてしまう。これも映画の醍醐味。そんな“ざわめき度”が究極のレベルに達するのが、この『別れる決心』だ。
岩山から男性が転落し、死亡する事件が発生。現場に駆けつけた刑事のヘジュンは、被害者の妻ソレにも接触するが、彼女が妙に冷静な態度だったことを怪しむ。しかしソレの行動を監視し、尋問を繰り返すうちに、2人の距離はどんどん縮まっていき……。
刑事と容疑者という本来なら警戒し合う関係が、男と女の危険な愛へと変わる展開に、ヘジュンと妻のドラマ、中国から韓国に来たソレの過去なども交錯し、予想外の方向へ突き進む。ヘジュンとソレの視線がやたらと艶めかしく絡み合い、それぞれの妄想も盛り込まれたりと、全編とにかく妖しく心をかき乱す一作。
監督は日本のコミックを映画化した『オールド・ボーイ』など“復讐三部作”で知られる韓国の鬼才パク・チャヌク。衝撃的なバイオレンス描写を得意とする監督だが、今回はその部分は抑えめ。濃密なラヴサスペンスという印象だ。しかし死体の視線を表現するなど、センセーショナルな映像はたっぷり用意され、翻訳アプリの効果的な使用、ヘジュンが捜査する他の事件での壮絶なアクションも興奮を高める。
映画を観る側は、自分の仕事を忘れ、欲望に逆らえなくなるヘジュンに感情移入してしまうが、それもすべて、ソレを演じるタン・ウェイの魔性の魅力によるもの。2007年の『ラスト、コーション』に抜擢され、過激なラヴシーンにも挑んで世界的な注目を集めた彼女が、ヘジュンだけでなく観客すべてを翻弄するヒロインとして君臨する。事件が解決したかに思えても、その先の主人公たちの運命がさらに劇的で、観終わった後も、めまいの中にいるような余韻がしばらく続くはず。
『別れる決心』2月17日公開
監督・脚本/パク・チャヌク 出演/パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ 配給/ハピネット・ファントム・スタジオ
2022年/韓国/上映時間138分
文=斉藤博昭 text:Hiroaki Saito