役所広司「大谷翔平選手は、全ての事柄を自分の力に変えるような才能を持っているような気がします」【映画『八犬伝』インタビュー】
伝奇小説の第一人者・山田風太郎原作の『八犬伝 上・下』が曽利文彦監督により『八犬伝』として映画化された。日本のファンタジー小説の原点とも言える『南総里見八犬伝』に着想を得て、作者・滝沢馬琴の執筆の過程と葛飾北斎との交流を描く『実』パートと、8人の犬士たちが戦う物語世界の『虚』を大胆に織り交ぜた本作で、滝沢馬琴の28年を演じるのが役所広司だ。
ファンタジックでヒロイックな『虚』に対して、『実』は正義が勝つ物語にこだわった馬琴の執筆への情熱と執念が丁寧に描かれ、馬琴の実直な人柄が伝わってくる。意外にもファンタジー作品には初出演となった名優・役所広司が、役作りのことや撮影秘話などをおおいに語る。
―――曽利文彦監督がいつか映画化したいと15年ほど温められていた企画ですが、オファーを聞いたときのお気持ちは?
「台本を読ませていただいて、『虚』のパートは日本映画でなら曽利監督しかできない世界だと思いました。僕はいわゆるファンタジー作品にはほとんど出演したことがないですし、『ピンポン』のときから曽利監督の作品は好きですから、ぜひ参加したいと思って出演を決めました」
―――出演の決め手は曽利監督だったんですか?
「そうですね。『虚』から『実』へ、逆に『実』から『虚』へ行くところは、台本を読んでいてもとても心地良かったです。それに曽利監督が、NHKの人形劇を観ていたときから、この『八犬伝』を映画にしたいと思い続けた情熱がありますよね。少年の頃に夢中になったものを、大人になってそのまま実現しようとした、監督の少年のような気持ちに添えるといいなと思いました」
―――役所さんは『虚』のパートには出演されていませんが、完成作をご覧になってどんなふうに思われましたか。
「『虚』のパートを観たらね、馬琴さんは本当に面食いなんだろうなと思いました(笑)。かっこいい男性ばっかり出てきてねえ。『実』パートになるとジジイふたりですから(笑)。だから、『虚』を楽しんでくれる若い人から、中高年の『実』の方も楽しめるような、幅広いお客さんが観てくださるんじゃないかと思いましたね」
―――『虚』と『実』ではちょっとタッチが変わりますよね。
「『虚』では色合いが鮮やかになりますね」
―――滝沢馬琴を演じるにあたってどんなことを意識されていましたか?
「劇中で描かれる20数年の変化を違和感なく表現できるといいなと思っていて、それはヘアメイクの方と衣装の方がいろいろ工夫してくださいました。準備に時間はかかりましたが、演じるときは本当に助けられましたね。馬琴は体格のいい人だったらしく、前半は肉襦袢のようなものを着て、年齢を重ねるにつれて、少しずつ肉をカットしていきました」
―――実在の人物という点で、何か考えられたことなどはありましたか?
「馬琴の写真はないので絵を見て、こんな感じの人なのかとイメージしたり、資料を読んだり。あとは、馬琴は町人として生きていますけど、武家の出身なので、武家としての精神を持っていて、いつかは自分の家を武家に戻したいという、そういう負い目があったんだろうなと思いながら演じていました」
―――どんな人物だと解釈されて演じていましたか?
「自分でも言っていますけど、偏屈な人だと思います。お百(寺島しのぶ)という妻にとっては、面白くもおかしくもない亭主で、自分の部屋にこもって、ただ飯を食うときだけ来て、おいしいとも言わないし、今日はきれいだねとも言わない(笑)。生涯、そんな調子です。それに武家に戻したいという思いがあるから、息子の宗伯(磯村勇斗)には厳しく侍の教育をして、それでしんどい思いをさせますよね。ただ、壮大な物語を完成させるべく、周囲が馬琴に手を差し伸べてサポートしてくれるから、偏屈は偏屈なりに、面白みがあって、何かしら魅力があったんだろうなと思います」
―――確かに馬琴さんはすごくチャーミングでした。それは役所さんが演じられたからこそかもしれませんが。
「本人は気付いていないかもしれないけれど、チャーミングな面もあったかもしれないですね。お百も愚痴を言って、言い合いになっても、本気のケンカにはなりませんし、息子の妻のお路(黒木華)にやきもちを焼いたりするわけですから。こんな偏屈オヤジでも、妻にそう思ってもらえる何かがあったんでしょうね」
―――馬琴役について、曽利監督から何かリクエストはありましたか?
「馬琴役というよりも、正義は必ず報われるということを表現したいとおっしゃっていました」
―――現場での演出について印象に残っていることは?
「最後、馬琴が亡くなるとき、八犬士が迎えに来てくれるシーンがあるんですが、そこで監督にとにかくこの八犬士たちが笑顔になるように笑わせてくれと言われまして(笑)」
―――確かにあのシーンは、八犬士の方々がすごく幸せそうに笑っています。
「そうなんですよ。だから僕はくだらない話をしたり、ちょっと下ネタの小話をしたりしながら(笑)、八犬士の皆さんを笑わせました。まあ、本当に面白くて笑ってくれていたのかどうかはわからないですけど。けっこう長い間カメラが回っていたので、ネタが切れそうになりました(笑)」
―――ちなみにその話は、その場でアドリブでされたんですか?
「そうです。アドリブというか、僕がもともと知っている小ネタですけどね。だから八犬士の方たちはその場で初めて聞いた話で、素の反応が垣間見えたかもしれません。でも八犬士を演じた皆さんは自分の演技でちゃんと笑えるのにと思ったかもしれないですね(笑)」
―――葛飾北斎を演じる内野聖陽さんとのやり取りもとても楽しそうでした。
「台本上でも書かれていたことですが、『実』の方もできるだけユーモアを拾っていこうという話を内野さんとも監督ともしていました。ファンタジーからの箸休めとして、ちょっと息がつけるといいなと思っていました」
―――馬琴と北斎は互いの才能に刺激されて、創作のレベルを上げていったという印象がありました。役所さんにとっても、内野さんはじめ、この作品でご一緒された方々との時間は刺激を受けるものでしたか?
「もちろんです。俳優はひとりじゃ何もできないので、例えばスタッフが準備してくれたものに刺激をもらったり、共演者の人たちにエネルギーやヒントをもらったり。これはどの作品でもそうです。映画はみんなと一緒にひとつの作品を作っていく作業なので。北斎と馬琴との関係も、馬琴が自分の言葉で語った物語を、北斎が具体的なイメージにしてくれてすごい参考になっただろうし、北斎も馬琴の言葉や物語のスケールの大きさに、実際にそれを見たいという気持ちが生まれただろうし。お互い、自分がこれから完成させようとしている作品に大きな力を与えられたと思います。馬琴さんも、自分が語るたびに北斎のような超一流が面白いと言ってくれることに勇気づけられたんじゃないかな。正義は必ず報われる――こういうテーマを面白いと言ってくれることが、馬琴にとっては幸せだったんではないでしょうか」
―――馬琴と北斎、素敵な関係ですよね。
「そうですね。お互いに創作する立場として面白がれる関係だったと思います」
―――内野さんとの共演はいかがでしたか?
「楽しかったですよ。凝り性内野さんですからねえ」
――――内野さんの凝り性はどういったところで感じたのでしょうか?
「セットの中で馬琴はほとんど座っているんですが、北斎は動いたり寝っ転がったり、いろんなアクションがあるんですね。内野さんは監督とこのシーンはどう動こうか、どうしようかとすごく話し合っていて、ディスカッションするのが好きなんですね」
―――役所さんと内野さんはもしかして俳優としてのタイプは違うのかもしれないですね。
「そうですね、違うかもしれないですね。やっぱり内野さんは演劇畑(文学座出身)ですから。細かく練って作るんのではないでしょうか?」
―――役所さんも無名塾のご出身ですよね。
「僕も演劇からスタートはしていますけど、短い間ですから。ほとんど映像の仕事しかしていないので、スタイルが違うんでしょうね。現場では仕事の話はほとんどせず、お互い特殊メイクで準備に時間がかかるので支度しているときにご飯がおいしかったとか、そういう無駄話をしていました(笑)。あとは、内野さんと(寺島)しのぶさんは文学座の同期なんです。だから、養成所に入ったばっかりの昔の頃のように楽しそうにおしゃべりしていました、冗談でお互いをけなし合いながら(笑)」
―――そうだったんですね! 寺島さんとの共演はいかがでしたか?
「本当に若い頃、しのぶさんが幽霊の役で、僕は霊柩車の運転手役で共演したことがあるんです。古いしきたりによって、幽霊のしのぶさんと僕演じる運転手が結婚しなくちゃいけないっていう面白い作品(1998年のドラマ『幽婚』)で共演したのが初めてで、それ以来、何度か一緒に仕事していますけど、しのぶさんはもう本当にさっぱりした人です。今回は夫婦役で、バーッと畳みかけるようにしゃべる役どころで大変そうでした」
―――馬琴の“いつでも正義が勝つ話を描きたい”と言うセリフが印象的でした。役所さんが印象に残っているセリフはありますか?
「正確なセリフではないんですが、やっぱり“正義が勝つ”というテーマは印象に残っていますね。『実』の世界は、正しいことをする人が報われないことが多いけれど、せめて自分が作る世界の中では正しいことをする人が報われる物語を読者には楽しんでもらいたいというようなことを言います。これは馬琴の作家としての軸になっている思いですよね」
―――『八犬伝』から話題は離れますが。昨年は『PERFECT DAYS』でカンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞されました。以前から『SAYURI』や『バベル』など、海外の監督と組んだり、海外の作品に出演されていますが……。
「いやいや、ほんの数本です」
―――と言っても、役所さんは日本を代表する映画俳優のおひとりなので、世界の映画事情の最前線に触れて、何か思われたことはありますか?
「自分が出た映画が海外で上映されることはありますが、俳優がその国のお客さんと交流することはほとんどないんですよね。監督はまたちょっと違うと思いますけど。でも『PERFECT DAYS』では、初めてと言っていいぐらい、映画と共に世界中に行って、その国の観客の方と交流できたので、改めて俳優として映画の力を感じました。この作品はヴィム・ヴェンダースというドイツの監督でしたけど、違う人種の人が、日本人と同じように映画を楽しんでくれているのがわかって、つくづく、自分たちは日本映画の質を上げて、いろんな国の人たちに楽しんでもらえる映画を作らなきゃいけないなと思いました」
―――そうなんですね。
「もちろんビジネスも考えないといけないので、商売としても成立する作品を作らないといけないんですが、映画は、日本人ってこんなことを考えているんだとか、日本はこんな国なんだということを紹介するいい手段だと思うんです。ただ、外向きの作品も作らなきゃいけないんだろうなとか、息の長い作品を作った方がいいんだろうなということも考えます。例えば世界のどこかの映画館で黒澤明監督の映画を上映することはあると思うんですけど、そういう作品を僕たちの時代でも作っていかなきゃいけないんだろうなと思います」
―――ありがとうございます。また話が変わりますが、多忙な日々を送られていると思いますが、お休みの日はどんなふうにお過ごしですか?
「ほとんど休みと言っても過言ではないですけど(笑)、僕たちの仕事は次の作品があると、その準備をしたり、自分で調べ物をしたり、そんなふうに過ごしていますね。次にやる作品に関係するものを、何かいいヒントになるものは落ちていないかなと日々キョロキョロしている感じかな。と言っても、1日中仕事のことを考えているわけではないですけどね」
―――では何もないときは……?
「今年はオリンピックがありましたけど、僕はあらゆるスポーツ観戦が好きなんです。夏は高校野球も観ます。なんでこうもスポーツ観戦が好きなのかと考えたら、やっぱり台本には書けない世界があるんですよね。この展開を台本に書いたら、こんなうまい話あるかと、それこそ馬琴さんの世界だと思われちゃいますけど(笑)、そんなうまい話が起こりうるのがスポーツの世界ですよね。だから観ちゃうんです。相撲も観ますね。若い頃は相撲の面白さがわからなかったけど、今は楽しめるようになって。先が読めない物語ですよね」
―――台本通りに演じる役者という職業とは逆ですね。
「そうなんですよね。大谷翔平選手の試合も観ていますよ。彼は、全ての事柄を自分の力に変えるような才能を持っているような気がしますね。彼がこれからどういう過程を歩むかわかりませんけど、成功者の素晴らしいモデルだと思います」
『八犬伝』 10月25日公開
原作/山田風太郎 監督・脚本/曽利文彦 出演/役所広司、内野聖陽、土屋太鳳、寺島しのぶ、磯村勇斗 配給/キノフィルムズ
2024年/149分/日本
(C)2024「八犬伝」FILM PARTNERS.