写真左からトッド・フィリップス、ホアキン・フェニックス
監督のトッド・フィリップス(1970年生まれ、米NYブルックリン出身)は、酔っぱらって記憶を亡くしたチーム中年男子の珍騒動を描く最高の馬鹿コメディ映画『ハングオーバー!』三部作(2009年~2013年)でブレイクした才人。実は彼、ニューヨーク大学在学中に異端中の異端パンクロッカー、GGアリン(1956年生~1993年没、享年36歳)の壮絶な姿を追った『全身ハードコアGGアリン』(1994年)という傑作ドキュメンタリーを撮っている。全裸でステージに上がり、ガラスの破片で自らの肉体を切り刻み、さらには排泄して糞尿を観客にまき散らすという凶悪なパフォーマンスと、その裏にある彼の素顔を見つめたもの。フィリップス監督にとってはGGアリンこそがジョーカーの原型だったのかもしれない。GGアリンの魂を喜劇王チャールズ・チャップリンの回路に通したら、アーサー・フレックが出てきた――とでも言うような。チャップリンへのオマージュは『ジョーカー』における重要なポイントのひとつ。劇中では製鉄工場で歯車のようにこき使われる工員をチャップリンが演じた名作『モダン・タイムス』(1936年)が引用され、それを大富豪トーマス(ブレット・カレン)が優雅に鑑賞しているシーンがあり(劇場の前では抗議デモが起こっている皮肉!)、同作挿入曲の『スマイル』も流れる。またアーサーが漏らす「自分の人生は悲劇だと思っていた。でも今わかったよ。クソ喜劇だってね」(I used to think that my life was a tragedy, but now I realize, it’s a fucking comedy.)という台詞は、チャップリンの名言「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」をもじったものだ。ちなみにジョーカーのメイクは、コミックライターのボブ・ケイン(1915年生~1998年没)が創造した時点から、ヴィクトル・ユゴー原作のサイレント米映画『笑ふ男』(1928年/監督:パウル・レニ)を参照したと言われている。
『タクシードライバー』(1976年)
ほかにも劇中の映画館で『ミッドナイトクロス』(1981年/監督:ブライアン・デ・パルマ)が上映されていたり(舞台が1981年のゴッサムシティなので)、いろいろとハイコンテクストな映画でもあるが、『ジョーカー』の最大の元ネタになったのが、マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の『タクシードライバー』(1976年)と『キング・オブ・コメディ』(1983年)だ。前者では鬱屈したヴェトナム帰還兵トラヴィス、後者ではコメディアン志望の妄想狂の青年ルパートに扮したデ・ニーロは、『ジョーカー』では“抑圧される側”から“抑圧する側”に回り、アーサーの憧れと憎しみの対象となるセレブ芸能人マレー・フランクリンを演じる(『キング・オブ・コメディ』で言うと、ジェリー・ルイスが演じた大御所コメディアンのジェリー・ラングフォードに当たる役だ)。ちなみにフィリップス監督が『ジョーカー』の企画をワーナー・ブラザースに持ち込んだ時、ジョーカー役にはレオナルド・ディカプリオ、監督にはスコセッシをワーナー側は希望した。結局はフィリップ自身が監督を務めることになり、彼が強力に推したホアキン・フェニックスが主演に抜擢されたのだが、映画製作とは本当に運や状況に左右される水物であり、もし会社側の要求がそのまま通っていれば歴史が変わっていたかもしれないのだ。
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(2024年) ※撮影中
ちなみに今更言うまでもなく、ジョーカーはそもそもDCコミックス『バットマン』に登場するキャラクターだが、『ジョーカー』並びに『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、マーベルにおけるMCUに当たる“DCエクステンデッド・ユニバース”には含まれていない。本流とは別枠扱いのラインなのだ。それこそ孤高あるいは極北の領域に立つ映画にふさわしい。『ジョーカー』は数々の選曲がもたらす意味も重要だが、劇中で数回使われるのがフランク・シナトラの歌唱で知られる『That’s Life』だ。この曲は次の一節を含んでいる。
「他人の夢を踏みつけて小躍りする奴らがいる。でも俺はそんなことにめげないさ」(Some people get their kicks, Stompin’ on a dream. But I don’t let it, Iet it get me down)
アーサー/ジョーカーはまた帰ってくる。次にはどんな衝撃を我々に突きつけるのだろうか。
『ジョーカー』
製作年/2019年 製作・監督・脚本/トッド・フィリップス 出演/ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、ビル・キャンプ
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