パトリシア・ハイスミスの同名小説を映画化した『リプリー』(1999年)では、映画の冒頭から服が主人公の運命を暗示している。マット・デイモン扮する貧しく孤独な青年、トム・リプリーは、ピアノ弾きの代役として出席したパーティで、胸ポケットにプリンストン大学の紋章が入った借り物のジャケットを羽織っていたために、プリンストンのOBである大富豪の放蕩息子、ディッキー(ジュード・ロウ)の同窓生に間違われる。でも、そのジャケットを本来の持ち主であるピアニストに返却すると、トムは赤い襟と金ボタンが付いた白いジャケット、つまりトイレ係員の制服に着替えて、チップがもらえるのを待っている。
トムとディッキー、2人のワードローブの違いが住む世界や価値観の違いを表していて、そこが何度観ても面白いし、物語を劇的に切り替える鍵にもなっている。トムの常備服は、ニットタイにカーキ色のチノ、コーデュロイのジャケットだ。古典的なオックスフォード生地のボタンダウン・シャツは、ディッキーが豪勢な休暇を過ごすイタリアン・リビエラに渡ってからは、場違い以外のなにものでもない。一方、遊び慣れたディッキーはカジュアルな黒いニットの半袖シャツをノータックにし、ストーンカラーのプリーツパンツに白いローファーを合わせている。クラシックなサングラスにスチール製の腕時計、ゴールドの指輪がいかにもリッチそうで、どこに行くにもトラディッショナルなキャットアイ・タイプのメガネをかけているトムとは対照的だ。
極め付けはシチリアにあるモンジベッロのビーチでのシーン。恋人のマージ(グウィネス・パルトロウ)と並んで、プリントの水着を着て大胆な大股開きでデッキチェアに寝そべるディッキーに対して、水着を用意してなかったとは言え、トムは急いで買ったライムグリーンの水着に革靴で砂浜を歩く羽目になる。ビーチでは勿論、バカンスではディッキーのように素足にローファーが鉄則なのは言うまでもない。
監督のアンソニー・ミンゲラが水着に込めた皮肉な演出はさておき、映画の公開から四半世紀近くが経過した今、トムとディッキーが劇中で着こなす’50年代ルックが、時を超えて今もオシャレ好きの人気アイテムなのは紛れもない事実だ。トムが好んだアイビールックを取るのか、ディッキーのリッチなヨーロピアンカジュアル(〈グッチ〉の製品)を取るかは、人によってまちまちだとは思うけれど。
『リプリー』
製作年/1999年 原作/パトリシア・ハイスミス 監督・脚本/アンソニー・ミンゲラ 出演/マット・デイモン、グウィネス・パルトロウ、ジュード・ロウ