『ゴッドファーザー』
「お前はその本からどんな映画を作るつもりだ!?」
「……凍り付くように恐ろしい家族の物語」
「そいつはすごい!」
これは2022年にパラマウント+で配信開始された傑作ドラマシリーズ『ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男』(全10話/日本ではU-NEXT配信)のワンシーンに出てくる会話である(第1話『空席』より)。パラマウント・ピクチャーズの親会社ガルフ&ウェスタンのクセモノCEO、チャールズ・ブルードーンに対して、新米プロデューサーのアルバート・S・ラディが簡潔かつ刺激的な言葉でプレゼンし、見事に企画を通したのだ。実のところラディは、この席の直前まで“その本”のことを知らず、パラマウント副社長であるロバート・エヴァンスの指令をハッタリで引き受けてからあわてて読んだばかりだった。
写真左/プロデューサーのアルバート・S・ラディ
“その本”とは1969年、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストで67週間も1位の座を譲らなかったマリオ・プーゾの犯罪小説だ。イタリア系移民のニューヨーカーである彼が書いた血生臭いマフィア一族の物語を、やはりイタリア系である当時弱冠32歳の若手監督、フランシス・フォード・コッポラのメガホンで映画化。それが1972年3月に全米公開されたギャング映画の金字塔『ゴッドファーザー』である。
原作者マリオ・プーゾ
いまとなっては映画史上の頂点に燦然と輝く偉大な名作として知られ、実際あらゆるオールタイム映画ランキングでは最上位クラスの常連。映画ファンなら、誰でもニーノ・ロータ作曲の『ゴッドファーザー 愛のテーマ』(Love Theme from The Godfather)を口ずさめるほどのクラシックだ。しかし第45回アカデミー賞で作品賞・主演男優賞・脚色賞の3冠に輝くまでは、マジでトラブルしか起きない呪われた企画――史上稀に見るすったもんだの大嵐だったことは『ジ・オファー』がガッツリ描いている(もっとも事実関係はかなりシンプルに整理しつつ、一部脚色もあるが)。
『ゴッドファーザー』
そもそも原作小説の段階から、「ニューヨークに拠点を置く架空のシシリアン・マフィアの物語」と銘打ちつつ、本書を読んだフランク・シナトラが“臆病者の登場人物”ジョニー・フォンテーンについて「これ、俺じゃねえか!」と激怒。さらに原作者マリオ・プーゾはイタリア系移民と反社会的勢力の悪いイメージを結びつける裏切り者と非難され、映画化に当たっては、関係者たちに対するマフィアからの脅しや嫌がらせなど、本編の内容も真っ青の熾烈な抗争劇が繰り広げられたのであった。
『ゴッドファーザー』(撮影中)。写真中/監督のフランシス・フォード・コッポラ
しかし、ぶっそうな事件が多発したことで、『ゴッドファーザー』は前評判の段階からセンセーショナルに盛り上がっていった。リバイバル公開時(1990年)に発行された日本の劇場パンフレットにも『巨大な宣伝』と題された以下のようなコラムが掲載されている。
「1971年6月、ニューヨークでマフィアのボス、ジョセフ・コロンボが狙撃された。コロンボはニューヨークの5大ファミリーのひとつ、プロファッチー家の親分でイタリア系アメリカ人公民権連盟の設立者でもある。
この事件より3カ月前、『ゴッドファーザー』の製作者アルバート・S・ラディはコロンボや連盟の代表者たちに逢い、イタリア系アメリカ人に対する偏見をなくすため、この映画の中でマフィアやそれと同義語のコーザ・ノストラという言葉を使用しないと約束している。
当時、マフィアが事前検閲したということで全米の話題になった。
『ゴッドファーザー』上映中のある劇場にピストル強盗が押し入り、支配人に傷を負わせて1万3,000ドルを奪って逃亡するという事件が起こった。マフィアの仕返しか、それとも映画の宣伝かと、これも大いに話題になっている。
(中略)
映画『ゴッドファーザー』はマフィアの公私?にわたる協力を得て、映画史上空前のヒットとなったのである」
『ゴッドファーザー』
もっともマフィア関係だけでなく、撮影現場のトラブルも凄まじかった。これに関しても詳しくは『ジ・オファー』をご覧いただきたいが、とにかく『ゴッドファーザー』のチームにはハリウッド業界の名だたる問題児がそろっていたのだ。(中編に続く)
Photo by AFLO