『プラベート・ライアン』(1998年)
新作『フェイブルマンズ』(3月3日に日本公開)をアカデミー賞のノミネートに送り込み、最有力候補として受賞に王手をかけたスティーヴン・スピルバーグ。1993年に『シンドラーのリスト』で作品賞と監督賞、1998年に『プライベート・ライアン』で監督賞を受賞した名匠にして名プロデューサー。今年は作品賞と監督賞に加え、脚本賞にもノミネートされており、24年ぶりの受賞となるか、大いに気になるところだ。
『フェイブルマンズ』(2022年)
その『フェイブルマンズ』はスピルバーグの自伝的な物語で、映画が大好きな少年が家族との葛藤に悩み、傷つき、成長していく姿を描いている。そこには子供の頃から8ミリカメラで撮影を行ない、見た映画のショットを独自に研究して腕を上げていったスピルバーグの実体験も反映されており、ファンとしてはなんとも興味深い内容なのだ。
『E.T.』(1982年)
本作もそうだが、スピルバーグは子供を主人公にした映画を撮ることが多い。異星生物と子供の交流を描いた代表作『E.T.』(1982年)はもちろん、『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(2011年)、『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(2016年)、『レディ・プレイヤー1』(2018年)などのファンタジーの世界で、子供たちは実に生き生きしている。
厳密には子供ではなく大人である『未知との遭遇』(1977年)の主人公は夢見がちだし、厳密には人間ではなくロボットである『A.I.』(2001年)の主人公は子供そのままの姿で母の愛を求める。これらのファンタジーの一方で、『太陽の帝国』(1987年)はシリアスなドラマだが、戦時下の過酷な時代を生き延びる子供の生命力やバイタリティは印象的だ。
『フック』(1991年)
『フック』(1991年)では、大人に成長して仕事人間になってしまったピーター・パンが冒険を通して子供心を取り戻すドラマが語られるが、スピルバーグにとって“童心”は、きわめて重要なモチーフ。子供らしい遊び心や好奇心が大人になって失われてしまったとしたら、その後の人生は味気ないものになりはしないだろうか? そんな問いかけを受け止めてしまうのは筆者だけではないだろう。
『オールウェイズ』(1989年)
とはいえ、子供っぽいことが必ずしも良いわけではない。『オールウェイズ』(1989年)の飛行士や『ジュラシック・パーク』(1993年)の科学者らは大人になりきれていないキャラ。彼らがハードな体験を通して、大人として持つべき責任感に目覚めていく。そういう意味では、スピルバーグ作品を俯瞰すると、大人であり、子どもであることのバランスが大事なのではないかと思えてくる。
大人向けの見応えのあるドラマも少なくないが、『フェイブルマンズ』をはじめ多くは実話に基づく作品だ。『太陽の帝国』は原作者J・G・バラードの実体験を反映しているし、『アミスタッド』(1997年)は奴隷制度の実話のドラマ化だ。『シンドラーのリスト』はもちろん、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2003年)、『ミュンヘン』(2005年)、『リンカーン』(2012年)、『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015年)、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)は、いずれも実在の人物を主人公にしている。これらは歴史の1ページからドラマを見出すスピルバーグの着眼点の鋭さの表れでもある。
最後に、スピルバーグ作品の特徴を製作面から触れておこう。スピルバーグは“早撮り”の達人として知られている。プロデュースを兼任している作品も多いのでコントロールが効きやすいという事情もあるが、撮影が遅れることはほとんどなく、製作費も予算内にきっちり収めるハリウッドの優等生監督なのだ。
『宇宙戦争』(2005年)のようなSF大作は通常ハリウッドでは3年以上を製作に費やすところだが、スピルバーグは製作から撮影、編集を1年ほどで終えてしまったのだから驚かされる。『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、さらに短く9カ月! 機動力は映画製作における、スピルバーグの大きな武器なのだ。
Steven Spielberg[スティーヴン・スピルバーグ]
1946年生まれ、オハイオ州出身。テレビ映画『激突!』(1971年)で注目を集め、『続・激突! カージャック』(1974年)で劇場用映画を初監督。
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