『TITANE チタン』:製作年/2012年 監督・脚本/ジュリア・デュクルノー 出演/アガト・ルセル、ヴァンサン・ランドン
年の瀬も間近ということで、2022年に日本公開された外国映画を振り返ってみると、ホラー&スリラーファンとしてはどうしても、このジャンルの充実に目が行ってしまう。いや、それほどまでに今年は面白いホラーが多かった。今年一年の、そんなホラーの脈動を、ここに振り返ってみよう。
衝撃の点で特筆すべきは、フラン映画『TITAN チタン』。子どもの頃の交通事故により頭部にチタンプレートを埋め込んだ少女がクルマしか愛せなくなり、やがてクルマとの子どもを妊娠し、さらに数奇な人生を歩む……という奇抜過ぎる展開。セクシーな彼女に言い寄ってくる者は多いが、メンドくさい!とばかりに次々と惨殺する。一方で、彼女を息子のように溺愛する初老男との関係が異様な空気を醸し出す。バイオレントでインモラルな物語であるにもかかわらず、2021年のカンヌ国際映画祭では最高賞パルム・ドールを受賞し、論議を呼んだ問題作。『RAW 少女のめざめ』で注目された俊英ジュリア・デュクルノーは次代のデヴィッド・クローネンバーグとして注目された。
『ポゼッサー』:製作年/2020年 監督・脚本/ブランドン・クローネンバーグ 出演/アンドレア・ライズボロー、クリストファー・アボット、ロッシフ・サザーランド
クローネンバーグの息子ブランドン・クローネンバーグが『アンチヴァイラル』に続いて放ったカナダ&イギリス合作の『ポゼッサー』も、父の作品に負けず劣らず鮮烈な印象をあたえた。主人公は他人の意識の中に入り込み、その肉体を操ってターゲットを始末する女殺し屋。あるミッションの最中、思いがけぬ事態によって彼女は危機に追い込まれる。暗殺のバイオレンスはとにかくエグくて、肉体的な痛みを感じさせるに十分。どんどん追い込まれていくヒロインの心理の描写はサイコスリラー風でもあり、スプラッター場面を含めて、観る者の内面をグイグイと圧迫してくる。
『X エックス』:製作年/2022年 監督・脚本/タイ・ウェスト 出演/ミア・ゴス、ジェナ・オルテガ、マーティン・ヘンダーソン、ブリタニー・スノウ
ホラーの本場アメリカも負けてはいない。『ミッドサマー』をはじめ、作家性を重視した作品を次々と送り出して賞レースを賑わせるスタジオ、A24の製作による『X エックス』もスプラッター指数だけでは測れない怖さがあった。1970年代の米国の農場で、一攫千金を狙ってポルノ映画を撮影しようとする若者たちが、次々と殺人鬼の餌食になる。その殺人鬼の正体は、農場の所有者である後期高齢者夫婦! 意外といえば意外だが、そのバックボーンをしっかり描きこみ、殺人犯の動機を浮き彫りに。その成果もあり、ドラマとしてガッツリと見応えのあるものとなった。監督のタイ・ウェストは『サクラメント 死の楽園』などのホラー作品でソコソコの評価をされてはいたが、本作は興収面でも評価面でもキャリアハイ。前日談となる続編『Pearl(仮題)』への期待も高まる。
『ブラック・フォン』:製作年/2022年 製作/ジェイソン・ブラム 監督・脚本/スコット・デリクソン 出演/イーサン・ホーク、メイソン・テムズ
ホラーの快作を連打するハリウツドの台風の目、ブラムハウスの作品では『ブラック・フォン』が出色。こちらも時代背景は1970年代。子どもを狙った連続殺人に震撼する町で、マスク姿の犯人によって地下室に監禁された少年が奇妙な現象に遭遇する。地下室に備え付けられていた、壊れた黒電話から、死者が話しかけてきたのだ! シリアルキラーと霊という二つの要素を組み合わせ、孤独な男の子のジュブナイルストーリーに落とし込んだ、みごとなドラマ構成。『フッテージ』のスコット・デリクソン監督は、恐怖をドラマに結びつけるのが上手いが、本作もそれを証明した格好となった。
『紅い服の少女 第二章 真実』:製作年/2017年 監督/チェン・ウェイハオ 脚本/ジェン・シーゲン 出演/レイニー・ヤン、アン・シュー
『哭悲 THE SADNESS』:製作年/2021年 監督・脚本/ロブ・ジャバズ 出演/レジーナ・レイ、べラント・チュウ、ジョニー・ワン
アジアのホラーもいろいろと公開されたが、とりわけ健闘が目立ったのは台湾製ホラー。ネットフリックス配信で人気を博した『呪詛』や、本国で大ヒットを飛ばした『紅い服の少女』2部作はオカルトの恐怖を遺憾なく体感させる作品だった。何より仰天させられたのは『哭悲 THE SADNESS』。人間から理性を奪い凶暴化させるウイルスが、ある朝、台湾中で広まった。カオスと化した街で、引き離されたカップルが命を懸けて、パートナーを探し出そうとする。殺人、暴行、レイプなど、悪意があらわになったことで氾濫する暴力。浮き彫りにされた人間の醜さは、情け容赦ないバイオレンス描写によって悪夢的なインパクトを残す。
『ハッチング 孵化』:製作年/2021年 監督/ハンナ・ベルイホルム 脚本/イリヤ・ラウチ 出演/シーリ・ソラリンナ、ソフィア・へイッキラ、ヤニ・ボラネン
『女神の継承』:製作年/2021年 原案・製作/ナ・ホンジン 監督/バンジョン・ピサンタナクーン 出演/ナリルヤ・グルモンコルペチ、サワニー
ほかにも、幸福な家庭の欺瞞をモンスターが暴くフィンランド製の『ハッチング 孵化』や、ヒロインを徹底的に修羅の道に追い込んだリメイク版『炎の少女チャーリー』、土着信仰の恐怖を記録スタイルで描き込んだ韓国映画『女神の継承』など印象深い作品は多い。ここまで上げた作品に共通するのは、予想を軽々と超えてくること。オカルト、ゾンビ、スラッシャーなど、このジャンルにはそれぞれ予定調和的な型があり、それを楽しむのもひとつの見方だが、そうはさせない作り手のこだわりを感じられるのがイイ。このような作品が新たな礎となりジャンルを発展させていくわけで、そういう意味ではフロンティア的な作品と言えるだろう。
2023年も期待のホラーが目白押し。『新感染フイナル・エクスプレス』のヨン・サンホ監督が原作と脚本を手がけた『呪呪呪 死者をあやつるもの』、AI搭載の人形が暴走を繰り広げるブラムハウス製作の『M3GAN』、2018年の『ハロウィン』にはじまった三部作の完結編『ハロウィン THE END』、悪魔のような養子の凶行を描いたヒット作『エスター』の前日談となる続編『ORPAHN:FIRST KILLS(原題)』、『死霊館』ユニバースの最新作『THE NUN 2(原題)』、M・ナイト・シャマランの新作『KNOCK AT THE CABIN(原題)』、そして大御所デビッド・クローネンバーグの新作『CRIMES OF THE FUTURE(原題)』など、注目すべき作品が控えている。これらがどんな境地を切り開いてくれるのか? 楽しみに待ちたい。
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